ママの話 14
ディモン
ヨモックさんが、ディモン。
母さんが言ってた。
神樹イグドラシルを、焼き滅ぼそうとする者たち。
それが、ディモン。
そんな・・・あんなに親切でいろいろ知恵を貸してくれたのに。
ヨモックさん、どうして・・・。
苦痛の杖を突きつけながら取り囲むエルフ兵たちの中心で
ゴブリンのヨモックさんは胡坐をかいて座り込んでいる。
その瞳に恐れは感じられない。薄ら笑いを浮かべて、
今にも鼻歌を歌い出しそうだ。
その前に黒衣のエルフが歩み寄った。エルガ守護官長だ。
他のエルフ兵よりひときわ太く長い苦痛の杖を掲げ 、エルガも
ヨモックさんと同じく薄ら笑いを浮かべている。
その瞳には残忍な光でいっぱいだ。小さなゴブリンを見下ろし、
勝ち誇った口調で彼は言った。
「ついに捕まえたぞ。ファンタジアンの叛逆者め」
だがヨモックさんはこともなげに言い返した。
「まさかとは思うが・・・俺一人だと思ってる?」ヨモックさん。
黒衣のエルガ守護官長は笑い声をあげながら言った。
「もちろんまさかだ。害虫が1匹のはずがないだろう。それはこれから貴様の体に答えてもらうさ。イグドラシルに仇成す害虫はもれなく駆除せねばな!」いうやエルガは苦痛の杖を軽くヨモックさんの腹に押し付ける。
「うぐっ・・・くはっ」苦痛に顔をゆがませ、ヨモックさんは地面に転がった。「言え。仲間はどこだ?何人いる?」杖を押し付けながらエルガ。「・・・どち・・・らも・・・答え・・・られねぇな」脂汗を流しながらヨモックさん。「なぜ・・・なら」
「俺たちの仲間は、どこにでもいるから、場所がわからねえ」
「俺たちの仲間は、大勢いるから、人数がわからねえ」
「今のファンタジアンは、その”ありよう”をおかしいと思うやつらであふれかえっているから・・・ぐぅっ」言い終わらないうちに言葉は途絶えた。エルガがうずくまるヨモックさんの頭を足で踏みつけたからだ。見下ろす暗い眼差しが嘲りの言葉を放つ。
「黙れ!おかしいのはお前らの頭だ。下等種族の狂信者どもが。”ありよう”だと?笑わせるな。われら選ばれしエルフの民が正しく躾けなければお前らゴブリンなど喋る獣でしかない」???あなたが喋れって言ったんじゃない!同じことを思ったのだろうヨモックさんは「・・・おいおいなんだよ?、俺の口を割りたいのか?痛めつけたいのか?こいつはこの仕事には不向きなようだ。任命を間違えたな」こぶとあざだらけの顔を上げ、笑いかけた。「あんたに言ってるんだぜ、エルフの女王様」御使い様に向かって!
「・・・・・・・」御使い様は黙っている。
代わりにエルガが口を開いた
「その薄汚い口を閉じろ。貴様ごときが話しかけられるお方ではない!」そしてヨモックさんの胸ぐらをつかむと無理やり立たせた?
「もういい!この場で処刑してやる!」いうなりエルガはヨモックさんを殴りつけた!「ぐはっ」ゴブリンの歪んだ口元から鮮血が飛ぶ。
「お~痛い。拳に血がついてしまったぞ。汚いなあ。おい!アレだ!」黒衣のエルガは口元をゆがめて命ずると
「はっ」守護官の一人が箱から黄金色に輝く小さな粒を取り出しエルガに渡した。あれは・・・聞いたことがある。”ゴルドルの実”!
血を吸って芽生え、肉を糧として育つ悪魔の樹。それを植え付けられた者は生きながら血肉を吸収され。やがて人樹として樹に飲み込まれる。中央イグドラシルの”処刑用具”
ヨモックさんの胸ぐらをつかんでつるし上げたエルガは、血まみれのその口元に黄金色の木の実を突きつけニヤつきながら言った
「貴様の脳ミソが根っこで搔き回されるのを他の叛逆者ディモンどもに見せつけてやる。さあ口を開けろ!」固く結ばれたヨモックさんの口をこじ開けようとしたその時!
「待ちなさい。その者には、まだ訪ねたいことがあります。」静かな、でも抗えない声が響き渡った。”御使い様”だ。
エルガはいぶかしげに振り向いた。気のせいか、その瞳には御使い様へのイラつきがあるように見える。「でしたら今ご質問を賜りとうございます。このゴミにいかなる問いがあるのか存じませんが。」
御使い様は表情を変えずに言った。
「遠回しに言ったつもりですよ。守護官長。私は 処 刑 な ど 見 た く な い のです。その叛逆者たちはまとめて中央イグドラシルに連行し尋問するとします」
「しかし・・・!」なおも不服気なエルガに「同じ事を二度言わせるつもりか!」御使い様の凛とした声が飛ぶ。凄い圧だ。お母さんが怒った時にそっくり!私なら泣いちゃうかもしれない。「・・・御意」地面に崩れ折れたゴブリンに黒衣の守護官長は「命拾いしたな。ゴミクズ。だが今死んだ方がマシだったかもしれんぞ。そう思えるほどの拷問法が我々には山ほどあるのだからな。おい!」いうや部下に命令した。「こいつとその火トカゲを縛り上げて浮舟に乗せろ!」
エルフ兵たちが、あざとコブだらけのヨモックさんを小突いて立ち上がらせている。父さんは右腕で私を、左腕で母さんの肩を抱いてうずくまったまま、苦痛の杖を携えたエルフ兵たちを睨みつけている。その前に御使い様がやってきた。
優しい笑顔で、私達3人を見下ろしている。本当に母にそっくりだ。でも、私ははっきりと思った。確信した。
こ の 人 は お 母 さ ん じ ゃ な い
「すぐに支度なさい、」御使い様はいった。私が黙っていると
「逃げようなどと思わないこと。そそのかしにも乗ってはいけません。私はあなたを見つけた。もう世界のどこにいようとも、決して見失うことはない。このファンタジアンに、あなたの隠れる場所などないのです。」静かな口調だが、私ですらはっきりわかるほどの自信が言葉の端々に満ち溢れている。
「これは忠告です。無視すればあなたには悲しい結果が突き付けられるでしょう。そしてあなたの家族や友達が”責任”を負うことになる」
その言葉が”嘘”でも”誇張”でもないということを私はお腹の底からこみ上げてくる冷たい感じで実感した。
すべての逃げ道は塞がれた。”従う”という一つの道を除いて。
「こんな子供を脅すというのか!卑怯者め!」怒りに満ちた父が、突き付けられた苦痛の杖をもはねのける勢いで立ちあがろうとした時!それ以上の怒号が轟いた。「我に近づくな!下衆共!」
轟火竜バナウスだった。朝陽色の鱗に覆われた巨体を捻じり、自らを絡め取っている鎖を引きちぎろうとしている。しかし鎖は、バナウスの巨躯に比べればあまりにも細い糸のような代物にも関わらず、何故かちぎれない。きっと”魔法”がかけてある鎖なんだ。
守護官エルガがせせら笑う「やめておけ。糸切り肉のように自らをバラバラにするつもりか?それはそれで見もの・・・ぐあっ」次の瞬間エルガはころんで尻餅をついた。唯一自由に動ける部分だった棘だらけのバナウスの尾が鞭のようにしなりエルガの足元をすくったのだ。
「我から”自由”を奪えると思うな!イグドラシルに魂を吸われた哀れな人形どもめ!。」轟火竜は吼えた。
「我は轟火竜バナウス!気高き竜族の末裔!この身もこの心も
貴様らの思いどおりになどさせぬ!己の運命は己が決める!」
言うやドラゴンはその鋭い牙が並ぶ口を開いて息を吸い込み始めた。
膨らんだ胸の奥で爆炎が渦巻き始める。昨日崖下で見た時と同じだ。
自らの炎で自分を内側から焼き尽くすつもりなんだ!でも竜の覚悟を決めたその叫びは、何もできずに震えている私に突き刺さった。
” 己 の 運 命 は 己 が 決 め る ”
その言葉を聞いた時、私の奥で何かが動いた。そうだ、私の運命は私が決める!怯えていた心が拳を固め、すくんでいた体に力が戻る。立ち上がった私は父と母の元から走り出した。鱗の隙間から炎が漏れ出している竜の傍らへ!。
駆け寄ってきた私をバナウスは驚いたように見つめた「離れるのだリピア、私はこれから」「わかっています。だから来たの」そして周囲を取り囲むエルフ兵たちを振り向いた「私もあの人たちの思い通りになんかさせない!」その向こうに静かに佇む”御使い様”に聞こえるように「バナウス、あなたの炎で、 私 も 焼 き 消 し て !」怒鳴った。
「な、何を言い出すのだ!そんな事」うろたえるドラゴンを背後に御使い様を睨んだまま私は「どんなお願いでも聞いてくれるんでしょう?あなたは誓ったはず。それともウソなの?”永遠の忠誠”ってそんなものなの?これがその願いよ、できないなんて言わないで!」
一気にまくしたてる。守護官エルガが「おい、取り押さえろ!」私と竜をめがけて何本もの苦痛の杖が矢のように飛んでくる。私は両の掌を突き出した。手から光色の煙が吹き出し、膨れ上がった”力の壁”が風に巻かれる小枝の様に苦痛の杖を弾き飛ばす!
御使い様は微笑んだ「あらあら。困ったわねえ」
そうだ。ヨモックさんが言ってた。”自分で自分を人質に取ることができる”私は言った「や、約束してください!。私はあなたたちに従います。”よりしろのみこ”になります。だから、私の家族と友達に決して手を出さない、と!誓ってください!」「ふざけるな、お前ごとき小娘がが」口をはさんできた黒衣の守護官長エルガに「あなたに話してるんじゃない!出しゃばらないで!」私は怒鳴りつける。「答えてください。御使い様!」
「・・・・・・・」少しの沈黙の後、御使い様はにっこりとほほ笑んだ。そして母の方を向いて「リミア、どうやらあなたの娘は、このわずかな時の間に随分と大きく、賢く、そして強くなったみたいよ。」「とっても素敵。私の後を継ぐ者はそれくらいでないとね」
そして私をまっすぐ見た。「いいわ。誓いましょう。この場にいる者が証人です。」「私は御使い。神樹イグドラシルの代弁者の名に懸けて、あなたが憑代の巫女の務めを果たしてくれるなら、あなたの家族の安全は保証すると、約束します」「あ、あの、それだけでは」を挟もうとした私を遮って「ただし、そこのゴブリンとドラゴンは叛逆者ディモンである事を認めました。捨ておくわけにはいかない。」
抗えない声が私に降り注ぐ「中央イグドラシルに連行し、然るべき処遇を受けさせます。これが最大の譲歩。いいわね?」
私はうつむくしかなかった。その時、背中からバナウスが話しかけてきた「また助けられたな、エルフの子よ」。怒りは消え、静かな唸り声で。私は答えた「ごめんなさい、私・・・」「私も約束しよう。必ずお前をイグドラシルの呪いから救い出す。その時までどんな苦痛に見舞われようと、いかな恥辱に塗れようと、絶対に自らを滅ぼしたりしない」私は笑った「それが一番うれしいです。せっかくできた友達を無くしたくない」向こうでエルフ兵にねじ伏せられたままこちらを見ているあざだらけのヨモックさんが、かすかにうなずくのが見えた。
エルフ兵に連れられ、浮舟に乗せられようとした私を、か細い声が呼び止めた「リピア!」振り向くと、父と母が駆け寄ってきた。
二人の間に挟まれ、私は両親に抱き着いた。きっとこの温もりをこの身体で感じる事は、もう、無いのだろう。
「リピア・・・リピア・・・うっ、ううっ」父さん泣き顔なんて初めて見た。かっこ悪!私は口を開いた「だいじょうぶ!必ず帰ってくるよ。イグドラシル様に体をささげたら、心だけになっちゃうけど。そしたら風に乗って飛んでこれる。だから二階の窓は開けておいてね!」精いっぱいの強がりで元気を装った。父は答えない。涙をポロポロこぼしながら私を抱きしめている。
その時私に何か柔らかいものが押し付けられた。
見ると真っ白な布を母が差し出している。これは・・・魔法布!「お母さん、これ・・・」私「持って行って」母は言った。「母さんの全部をこれに託したわ。きっとあなたを護ってくれる」私はその布を握り締めた。懐かしい匂いがする。屋根裏の匂い、糸巻の匂い、母の匂い、家族の匂い。「ありがとうお母さん、大切にする」
「おい!早くしろ!」エルガの声が私たちを引き裂く。無表情のエルフ兵が私を取り囲み、私は目の前の巨大な樹木の器”浮舟”に乗せられた。ミシミシと枝が擦れあうような音とざわめきと共に地面が離れてゆく。私を見上げている、父と母の顔がどんどん小さくなっていく。
不意に私の心がひしゃげた。行きたくない!帰りたい!”よりしろのみこ”なんてなりたくない!今ならまだ間に合う。ここから飛び降りて家族の元へ!一人でなんか暮らせない!私には・・・無理・・・
ふらふらと船べりに手をかけた時、首の後ろで何かが動いた!私の髪の毛に隠れてささやき声がする!「しっ、振り向かないで、奴らにバレる」プリムさん!そこにいたの?
「大丈夫、あたしが付いてる。どこまでも一緒だよ、リピア」
フェアリーの言葉に潰れかけた心が再び膨らみだす。
そうだ。私は独りじゃない。
プリムさん、ヨモックさん、バナウス。
力になってくれる仲間が、友達がいる。そして・・・
私は抱きしめた。母から託された”魔法布”を。
「ありがとう」つぶやいた私に
「当然でしょ!だって私たち、ずっと友だち、だもんね!」
故郷の村は、もう森の隙間の空き地のようにしか見えない程に小さくなっていた。
・・・・・・あれから何年経ったんだろう。
眼下に広がるエルフの町を、神樹イグドラシルの御使い様の廊下からぼんやり眺めながら、私は故郷の事を思い出している。
私はリピア。ファンタジアンのエルフ族。そして
”憑代の巫女”。もうすぐ執り行われる「降神の儀」で私はこの身を神樹イグドラシル様に譲り渡し、次の”御使い”として生まれ変わる。
そうしたら、心だけになったら、風に乗って故郷の村に帰れるんだろうか。父さんと母さんは二階の窓を空けていてくれるだろうか。
でも、その前に・・・・・・「ふひ~っ、ここ高すぎぃ!」
「上がってくるだけで、羽がつりそうだよぅまったくぅ!」聴き慣れた愚痴と共にフェアリーが窓辺に腰かけている。「プリムさん!」私は駆け寄った「それで、あの人は?」「大丈夫、生きてるよ。」息を切らしながらプリムさんは笑った。「肥溜めの海に落っこちて溺れかかったけど、ヨモックのオヤジに拾われたみたい」「ヨモックさんが!・・・よかった」私は胸を撫で下ろした。
生きている。
・・・あの人は、生きている。
”異世界から来たニポン人のダイガクセイ”
信也さん。
つづく
異世界トンネルSA 椎慕 渦 @Seabose
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