年上彼女に僕がいう「一人スタンドバイミーだと思ったら一人インディジョーンズだったよ!」

玉椿 沢

第1話

 不意に襲ってきた振動で起こされた。


 でも電車で居眠りしていた事、これくらい疲れていた事よりも、聞こえてきてアナウンスに驚かされた。



「終点、河口湖~。どなた様もお忘れ物のないように――」



 僕が行きたかったのは、東京駅から新宿駅であって、河口湖ではない。そもそも河口湖は山梨県だ。都内すら出ている。


「どういう事?」


 呟きに答えてくれる人なんて、車内にもホームにもいなかった。


 終電の終点だ。しかも東京から河口湖まで移動するなんて、酔っ払いでもなければいるはずがない。


 ――確かに、東京と新宿は色んな手段があるからねェ。


 真っ暗なホームで電話したのは、五つ年上の彼女だ。


 ――山手線でも中央線でも行けるしね。


 その彼女・孝代さんはケタケタと笑い、


 ――勿論、富士急でも。


「その富士急に乗ったよ」


 携帯電話に表示されていた最短、最安値が、これだったから乗ったんだ。


 ――東京新宿って一駅で、15分でしょ。何があったの?


 孝代さんのいう通り15分だ。


 ――何があって、3時間も乗り続けたの?


「寝た」


 ――終電で寝ないで。


 ……ごもっとも。


 15分で爆睡して、そのまま3時間も寝続けた結果、ここだ。


 ――線路沿いに歩いたら、そのままUターンして帰ってこられるんじゃない? スタンドバイミーみたいに。知ってる? 映画。


「知ってるよ」


 多分、まだ僕は寝ぼけてたんだと思う。





 孝代さんがいったのは沿だった。


 でも僕が歩いているのは線路のだ。


 スタンドバイミーの印象が、線路の上を歩いているシーンばっかり残ってるからだ。


 22時過ぎは深夜という程じゃないけれど、河口湖周辺は本当に何もない。昼間は観光地だからタクシーもあるんだろうけど……。


 見上げれば月と星ばかりの空。


 そんな空の下に響いてくる音と、振り向いて視界に飛び込んできた光景は、多分、一生のトラウマだ。


 電車のレールは常に滑らかでなければならないため、定期的に研磨する必要がある。


 しかしヤスリでも使って人海戦術でやる訳じゃない。


 深夜に研磨車けんましゃを走らせるんだ。



 その時、僕の背後からは火花を上げて研磨車が走ってきている!



「おいおいおいおい!」


 何が起きたかと走り出した僕だったけど、真っ直ぐ走るのはどう考えても選択ミスだ。


「おおおーッ!」


 雄叫びというか悲鳴というか、よく分からない大声を上げて、僕は横っ飛びに飛び退いた。


 線路から離れ、しかも着地の体勢なんて考えずに跳んだものだから、派手に転び、転がり落ちる事になったけれど、研磨車に巻き込まれるような事はなかった。


 肩で息をしながら、震える手で上着のポケットを探る。


 携帯電話を取りだし、リダイヤルなんて機能がある事に感謝しつつ――まともにボタンが押せるような状態じゃなかった――最後に通話した相手に電話する。


 ――はい、もしもし。


 寝ようとしていたのか、孝代さんの声は間延びしていたけれど、それはこの際、知った事ではない。


「孝代さんが一人スタンドバイミーでもして帰ってこいっていうから、いつの間にか一人インディジョーンズになってたよ!」


 ――どういう事?

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年上彼女に僕がいう「一人スタンドバイミーだと思ったら一人インディジョーンズだったよ!」 玉椿 沢 @zero-sum

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