帰り際の一コマ 〜一コマシリーズKAC2020−3

阪木洋一

お家の前にて


「花火、楽しかったですね」

「……うん」


 夏祭りの、帰り道のことである。

 虫の鳴き声がささやかに聞こえる夜道にて、平坂ひらさか陽太ようたは自転車を押して歩きながら、一つ年上の先輩で、男女のお付き合いをさせてもらっている少女――小森こもり好恵このえと、先ほどの花火遊びについて語り合っていた。


「……陽太くん、子供みたいにとってもはしゃいでいて。とっても、可愛かったよ」

「あ、いや、可愛いと言われるのも、男としてはどうなのかと思いますが……まあ、嬉しいッス。そういう好恵先輩も線香花火の時とか、めっちゃ綺麗だったッスよ」

「……ふふ、ありがと」


 陽太の言葉を受けて、好恵先輩はちょっとだけ照れ笑い。

 そしてその可愛い笑顔を見て、陽太はまたも胸をときめかせてしまう。彼女と付き合ってもうすぐ三年、もう何度も何度も味わった感覚だ。

 ……昼間は緊急事態につき、この町より約八十キロ離れた田舎の方に行っていた陽太なのだが。

 事態が事なきを得たので、こうやって自転車で大急ぎで戻ってきて、よかったと思う。

 本当に早急のUターンだったので、本命である町の名物の打ち上げ花火の大会には間に合わなかったものの……先ほどに好恵先輩と楽しんだ花火セットでのお遊びは、陽太にとってまた一つ増えた、大事な大事な思い出だ。

 そして、これから先、彼女との思い出をもっと増やしていけると思うと、陽太はやはり幸せな気持ちになる。


「……もう、着いちゃった」

「え? あ、ホントだ」


 そうこう話してるうちに、二人は小森家と、三軒挟んで向こうに平坂家が見える路地にさしかかっていた。

 楽しい時間は、あっという間だ。


「……陽太くん、送ってくれて、ありがとう」

「おやすいご用ッスよ。なんてったって、ご近所さんですし」

「……そうだね。それにしても陽太くん、とっても遠くから自転車で走ってきたって話だけど、疲れてない? 大丈夫?」

「え? ああ、ちょっと疲れましたけど、平気ッス。鍛えてますんで」

「……そうなんだ。今日は陽太くん、お家で一人だけだから、ちょっと心配で」

「ああ、それも平気ッス。夕食とかお風呂とか、一人でも一通り出来ますんで」

「……それはそれで、わたしの出番がなくて、残念かも」

「ははは。なんなら好恵先輩、オレの家に泊まっていきます?」

「……………………え」


 ふと、思ったことを陽太は言ってみると。

 それを受けて何を思ったのか、その眠たげな半眼をいっぱいに見開いていた。

 ……はて? 自分は何か、拙いことを言っただろうか?


「……あの、陽太くん。泊まっていけっていうのは……」

「え? あ、はい。好恵先輩がよければなんスけど。好香このかさん達にもすぐに言ってこれると思いますし」

「……そ、それって、つまり……!」

「せ、先輩?」

「~~~~」


 と。

 好恵先輩は少々丸みのある顔全体を、カァァァァッと、みるみる赤くしていく。

 これには、陽太は面食らったのだが、理由については推し量れていない。

 だが、



「……陽太くんと、お部屋で、二人っきり」

「……………………あっ!」



 次の好恵先輩の一言で、陽太はようやく、彼女の言いたいことに思い至った。

 つまりは、だ。

 ――実のことを言うと、既に二人は経験済みである。

 だが、まだまだ浅い。

 果てしなく浅い。

 思い返すだけで赤面したり、いざその時になってお互い顔を見られなくなってしまうくらいに、ものすごく浅い。

 だからこそ、今、この場に於いても、お互いに真っ赤っかになってしまうのは、詮無きことだった。

 しかも、初めてが陽太の部屋だったこともあって、気恥ずかしさは倍率ドンさらに倍。


「そ、そのっ、別にそのつもりで言ったんじゃなくてっ!」

「…………」

「かといって、もちろん好恵先輩に魅力を感じないわけでもなくっ!」

「……………………」

「その、なんと言いますかっ、好恵先輩ともっと一緒にいたいというのも素直な気持ちでっ」

「………………………………」


 陽太、パニックである。

 本音と言い訳が混ざりに混ざって、もはや自分で何を言っているかわからない。

 でも、何かを言わないわけにはいかない。

 そんな気持ちで、どうにか好恵先輩の気を静めようと、なおも何かを言おうとしたところで、


「……よ、陽太くんっ!」

「は、はいっ!」


 好恵先輩が顔を上げて、わりと大きい声でこちらを呼んできた。びっくりした。

 でも、顔は相変わらず真っ赤っかだ。こんな時だというのに、すごく可愛いと陽太は思ってしまったのだが、それはともかく。


「……そ、そういうのは、また今度っ!」

「え?」

「……今日は、その、もう帰るねっ!」

「あ……」


 それだけを言い残して、好恵先輩はぴゅーっとものすごいスピードで、小森家の方に走っていってしまう。

 そんな彼女の後ろ姿を、陽太は自転車を押した姿勢で立ち尽くしたまま、見送るしかない。


「……………………」


 ミスった。

 果てしなくミスった。

 ほとんど思いつきだっただけに、まさに不用意な誘い文句だった。

 もっと言うこと考えろよ、オレ……次先輩と会う時、どんな顔して会えば……!

 そんな風に、後悔に後悔を重ねて、陽太はがっくりと肩を落とした……のだが、


「……?」


 見送る先、ぴゅーっと走っていた好恵先輩が、小森家の門の前でぴたりと止まって。

 そのままUターンして、こちらに全力で引き返してきた。


「え……こ、好恵先輩」

「……よ、陽太くんっ」


 そして、その全力の勢いを乗せて、好恵先輩はこちらの頬に両手を置いてきて。

 ――眼を閉じて、おもむろに、唇を重ねてきた。


「……!?」


 いきなりやってきた甘さと柔らかさに、陽太、身体を硬直させるしかない。

 押していた自転車が横倒しになったのがかろうじて認識できたくらい、その感触が、今の陽太のすべてだ。


「……あ、あのっ」


 そして。

 その感触は十秒で終わり、好恵先輩は未だに真っ赤な顔のままで、


「……また今度というのは、また今度という意味だからっ」

「え……」

「……べ、別に、いやとかそういうわけじゃなくて、今日は心の準備してなかったってだけでっ」

「あ……は、はい」

「……だから、今日はキスだけっ。じゃあっ、お、おやすみなさいっ」


 と、信じられないほどの早口で言うだけ言って、好恵先輩はまたもUターン&全力ダッシュ。

 今度こそ、小森家の方に入っていった。


「…………………………」


 一方、残された陽太はというと。


 嫌われていなかった、という安堵感と。

 何度味わっても柔らかくて甘い、彼女の唇の感触と。

 何よりも、全力で逃走かと思いきや、Uターンからの精一杯の気持ちの吐露という、彼女の何とも言えないいじらしさに。


「はああああああああぁぁぁ…………」


 陽太、その場で大きくため息を付いて、全身真っ赤になりながら、その場で崩れ落ちた。

 もはや、何も考えられず、十分ほどそうしてるしかなかった。

 そして、十分経った後も。


 ――やっぱ、あのUターンからの展開は反則だよなぁ……。


 そんな風に悶々とすることが多くて、陽太は、今夜は眠れなかった。

 本当に。

 過去、彼女にときめいた回数は数えきれず。

 これから彼女にときめくであろう回数も、数え切れなさそうだ。

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帰り際の一コマ 〜一コマシリーズKAC2020−3 阪木洋一 @sakaki41

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