なぜ犯人は現場に戻ってくる《Uターンする》のか?

詩月みれん

なぜ犯人は現場に戻ってくる《Uターンする》のか?


 私はコートをはためかせてバリケードテープを乗り越えた。

 閑静な住宅街の空き家に、男の死体がある。空き家の持ち主は既に故人で、被害者ガイシャとも無関係だった。

 この事件、臭うぞ。

「うっ……」

 思わず臭気に鼻をつまむ。

 というか……、被害者ガイシャに向かって、扇子でパタパタ煽いでいる着流し姿のこいつは誰だ! 臭気がめっちゃ漂ってるよ。

「部外者を入れるな!」

 部下に言ったら、部下たちは、

「すいません、照済てりすみ警部補」

「だって、この人、超絶名探偵だって自称して入り込んじゃって……」

と口ごもる。

「何、名探偵だと?」

 私はこみ上げたニヤつきを抑えて渋い顔を作り、着流しの男を睨みつける。

「違いますよ。ちょーうぜつ、名探偵、ですよ。あたしは超絶名探偵、散柳亭担楽さんりゅうていたんらくと申します」

 着流しの男が飄々とした調子で言った。なんだか落語家のような名前だが、雰囲気には合っている。担楽は自分で起こした臭気を防ぐためか黒いマスクをしていて、目元しか見えないが、整った顔立ちであることは見てとれた。

「で、その超絶名探偵とやら、一体何をしているんだ」

 聞くと、担楽の目つきがスッと細くなった。

「こうして、犯人をおびき寄せているんでさ」

「どういった原理で?」

「犯人は現場に戻ってくると言いますでしょ」

「言うには言うが……」

「刑事さん、どうしてだか、ご存じで?」

「心理的に、犯罪を犯した者の不安からの行為だな。現場に戻って、自分が犯人だとバレていないか、証拠を残していないか確かめたくていてもたってもいられない気持ちなのだろう」

「ほーう、でも、それは犯人の話ですよね。この男性を葬った犯人は違う」

「まあ、怨恨や金銭絡みではないだろうな。私の見立てだと、殺人鬼……」

 おっと、刑事がなかなか口にしないワードをこぼしてしまった。センセーショナルな意味合いを持つ「殺人鬼」と。

「惜しい。惜しいですねぇ刑事さん。どっちかってーと『鬼』ではなくって『天使』でさ。あたしに言わせりゃですよ」

「天使?」

「ええ。普通の犯人であれば、戻ってくるかどうかは、本人の元々の気質によります。小心者なら不安で戻ってくるし、刑事さんの仰った殺人鬼であれば自分の芸術ころしが周りにどう見られるのか楽しむために戻ってくるでしょう。しかし、『殺人天』たちは違う。彼らは必ず現場に戻ってくるのです。」

「どうして言い切れる」

「帰巣本能です」

「帰巣本能って、そんな犬みたいな……」

「殺人天の彼らにとって、殺人を犯した場所は、自分の家なんですよ。本来住んでいた家があったとしても、殺人を犯した瞬間に殺人天の家ではなくなってしまう。どこへ行っても落ち着かない。殺人現場だけが殺人天の居所なのです」

 自信たっぷりにそう言われると、そんな気になってしまう。担楽は歌い上げるように言った。

「待っていれば、必ず彼奴きゃつは帰ってきますよ……」

「待て。お前の理屈は分かったが、何故ここで煽ぐ必要がある」

「それは、を拡散させるためですねぇ」

「あ、やっぱり臭いを立てていたのか!」

「殺しの濃厚な匂いが漂っていれば、その懐かしさに殺人天はたちまちホームシックに襲われる。匂いを嗅げば嗅ぐほど、帰りたくなる。刑事さんが住宅街でカレーの匂いを嗅ぐと、家に帰りたくなる心境と一緒です」

「なるほど、その感覚か……」

「ウフフ、貴方面白い」

「ん?」

「あ、犯人が戻ってきますよ。隠れて」

 担楽の言うがままに、私たちは身を隠した。

 実際、……犯人と思しき男が、すぐに帰ってきた。男は、被害者ガイシャの姿を見ると、ほっとした顔を見せた。そして被害者ガイシャの傍らに、寄り添うようにうずくまった。

 まるで、仔犬が母犬の横で眠るように――。

「『殺人天』はね、初めて殺した相手を親だと思っちゃうんですよ。ひよこが初めて見た相手を親だと思い込んじまうのと同じ。刷り込み効果ってぇやつです。そんな、悲しい生き物なのですねェ」

 担楽が、声を潜めて呟いた。


 こうして、「空き家デソレイト・ハウス殺人天事件」と後に名付けられたその事件は、幕を下ろした――。

 ところで私は何故か超絶名探偵・散柳亭担楽に妙に気に入られ、ことあるごとに付きまとわれることになった。

「……担楽、お前も何らかの刷り込み効果で私を親だと思ってしまったんじゃないか?」

「さあてね。ウフフ」

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