第4話 開会

「えー、それでは僭越ながら、わたくし三浦晃が音頭をとらせていただきます」

 円形に座った一同を前に、一人立ち上がった三浦が、もったいぶった口調で言うと、誰からともなく拍手が湧き起った。僕の隣に座った父が「よっ! いいぞ!」と野次を飛ばす。

「それでは、まず会を始める前に、進行方法についてご説明させていただきます。すでに共有済みの事項もありますが、確認のためお聞きください。

 まず、百物語が始まったら、この離れの出入りは禁止させていただきます。怖くなった方が逃げ出すだけでなく、途中でお化けが入ってきてもいけませんので、玄関と窓はあらかじめ鍵を閉めさせていただきました」

 そう言いながら、三浦は玄関と窓を芝居がかった動作で差し示した。くすくすと笑い声が上がった。演劇サークル所属だけあって、さすがに三浦は口上が上手い。

「トイレはあちらで、軽食や飲み物のご利用はこちらのテーブルで、各自タイミングを計って行ってください。なお、こちらのお菓子や飲み物は、深沢くんのお父上のご厚意でご用意いただきました」

 ふたたびの拍手と共に、「太っ腹!」「男前!」などの声が飛び交った。父は満面の笑みを浮かべ、一同に手を振り返した。

「また、誰かが話している最中は、どなたもお話しにならないよう、お静かにお願いいたします。必要なときは、私から指示を出させていただきます。

 自分の話を終えた時は、『私の話はこれでおしまいです』と宣言していただき、こちらに並べてあるライトを、どれでも結構ですので、一度叩いてください。このように」

 三浦はライトをひとつ手に取り、軽くポンと叩いた。少しだけ光が暗くなる。

「10段階で調整することができます。よく言われる『100本の蝋燭』の代わりだとお考えください。ライトの調光が終わりましたら、次の話者の方はお話を始めてください。基本的に時計回りに順番を回していきますが、たまに僕とこの井上くんが、ピンチヒッターを務めさせていただきます。その場合は、僕の手元にあるこの順番表に従って、僕が進行させますので、ご承知おきください」

 三浦は、エクセルで作ったらしい順番表をちょっと掲げて皆に見せた。それからそれを置くと、手に持っていたライトをポンポンと叩いて最大光度にし、元の位置に戻した。

「無事百話目が終わりましたら、真っ暗のまま1分間待機いたします。すぐに明かりを点けてしまうと、お化けが出損ねてしまうかもしれませんので……それでは皆さま、説明は以上です。開始の前に何かご質問はございますでしょうか?」

「はい!」井上が元気よく手を挙げた。

「百物語の最中に、怪しいものが出たことに気付いた場合はどうすればいいですか!?」

 まるでアホな小学生のような聞き方だった。三浦は経験豊かな先生のようにうんうんと深くうなずいた。

「いい質問ですね。先ほども申し上げた通り、百物語中は、話者以外の方にはお静かに願っております。従って幽霊や妖怪の類を見かけても、ぐっとこらえて騒いだりせず、黙ってお過ごしください」

「わかりましたぁ! あ、もうひとつすいません」

 井上は突然アホな小学生キャラをやめて、一同をぐるりと見渡した。

「俺、怖い話とか不思議な話を人から聞いて、集めるのが趣味なんす。なので、皆さんの話も記録しておきたいんですが、いいでしょうか?」

 そう言いながら、ポケットからICレコーダーを取り出す。よく見れば、彼の膝の上にはノートと筆箱まで置かれている。

 僕も含めて皆、そのことに異論はないようだった。「なんか変な音とか録音できたら、後で貸せよ」と、三浦がニヤニヤ笑いながら言った。

「さて、ほかにご質問のある方は? いませんね?」

 いよいよ百物語の始まりだ。僕は我知らず、胸いっぱいに息を吸い込んだ。怖い話に格別興味があるわけでもないのに、なぜだろう、とてもワクワクしていた。皆の顔を見ても、瞳に普段とは違う輝きが宿っているような気がする。

 何だろう。僕は何を期待しているんだろうか。ふと、父さんの声が頭の中で響いた。

(母さんが出てこないかなと思ってな)

「おっと、言い忘れておりましたが、お手元の携帯電話の電源はお切りになるか、機内モードにしていただくようお願いいたします……はい、そろそろいいでしょうか? ではこれより、百物語を開始いたします!」

 三浦がよく通る声で言い、深くお辞儀をした。僕たちはまた拍手をした。

 その拍手が収まるのを見計らって、トップバッターの井上が咳払いをひとつした後、話し始めた。

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