へたれ怪談 第100話 百物語の会
尾八原ジュージ
第1話 発端
それは6月も終わりに近付いた、蒸し暑い日のことだった。
「ふっかさーわくーん」
僕が学食で、本を読みながらのぼっち飯を楽しんでいるところに、現代日本文学ゼミの同期である三浦が声をかけてきた。
「おっ、星新一読んでる。さては試験終わったな」
「残念ながらあと1個あるよ。飯食ってるときくらい、試験と関係ないもの読ませろよ」
そう言いながら、僕は本を閉じた。やはりぼっち飯派である三浦がわざわざ僕に声をかけてきたということは、何か折り入って話したいことがあるに違いなかった。
「わりーわりー、隣失礼」
三浦は日替わりランチの載ったお盆を、僕の右側に置いた。席につくやいなや、味噌汁のお椀を持って口に当て、
「お前、今年も実家帰るよなぁ?」
と言ってズズッと一口すすった。
「そりゃね。あ、今年も来る?」
Y県にある僕の実家には小さな離れがある。去年の夏休みには、三浦含む3人の友人が観光がてらやってきて、その離れに泊まっていった。古い建物だが、小さなキッチンとトイレがついているので、母屋にいる僕の家族に気兼ねなく過ごすことができる。もっとも客好きな僕の父は、早々に酒瓶と麻雀セットを持って離れにやってきたので、気兼ねもなにもなかったが……。
「おう、話早いな。悪いんだけど、今年も1泊させてもらえないかなーと思ってさ」
「全然構わないよ。うちの親父なんか、お前の友達は次いつ来るんだ? なんて言ってるし」
「お前の父ちゃん、おもしれーよなぁ」
「人恋しいんだよ。うち、母親亡くなってるしね。おまけに今年からは、妹も大学入って家出ちゃってるから」
「そりゃ喜んでもらえそうでよかった。実はさ、今年は人数が多くなりそうなんだけど……いいかな?」
「別にいいとは思うけど、何人かによるかな」
「8人くらいかな」
「8人? ひとり頭一畳か。雑魚寝になるなぁ」
「そこは全然構わないんで! 頼む! この通り!」
三浦は味噌汁を置いて、僕に手を合わせた。
「親父に言っとくよ。また城とか見に行くの?」
「それもいいけど、実はさぁ……」
三浦は声を潜めた。「百物語をやりたいんだよね」
「は? うちの離れで?」
「あそこ、ぴったりだと思うんだよ! 頼む! 俺の課題のためなんだ!」
「……課題ってあれか? 夏休み明けのプレゼン準備か?」
僕たちのゼミでは、夏休み中にひとり5分程度のプレゼンを準備して、休み明けに発表するという課題が出ていた。テーマは文学にかすってさえいれば何でもよく、自由度がかなり高い。
この夏休み明けプレゼンはゼミの伝統行事みたいなもので、特に成績に重大な影響を与えるものではない。しかし毎年、力を入れて準備する生徒が不思議と多いのだ。凝った資料を作ってきたり、プロジェクターを借りて参考映像を流したり……三浦は去年、テレビの通販番組風の発表原稿を作ってきて、その通りにやりきった勇者である。僕たちはともかく、教授は爆笑していた。
「それよ! 俺のテーマは怪談、それも百物語をやりたいんだ。いやいや、バカにしたもんじゃないぞ?」
僕の顔を見て、三浦は慌てて手を振った。
「色々作法があるんだよ。ただ怖い話をするだけじゃなくて、皆でルールを守って『場』を作るんだ。そういう特別な場ではさ、たとえつまんねーような話でも、やたら怖く感じるなんてことがあると思うわけ。だから実際に百物語をやって、どんな風に感じたかアンケートをとる! それをプレゼンで使いたいんだ」
「はぁ……」
「なんだよ、そんな胡散臭そうな顔すんなよ」
「ごめんけど……ていうかアンケートの母数少なくね?」
「統計学のゼミだったら制裁対象だろうが、現文だしあの教授だから大目に見てくれるだろ。それに、休み中にあと2、3回やるつもりなんだ。それで母数を増やす」
なるほど、学内の演劇サークル「黄沙旅団」のほか、フットサルと学内新聞発行のサークルにも入っていて、おまけに飲み会をこよなく愛する三浦はやたらと顔が広いから、そういうことも不可能ではなさそうだ。
しかし呆れた。こいつはこの大学三年の夏休みを、百物語の幹事をやって過ごすつもりのようだ。
「特に深沢邸では、栄えある第1回目を開催するつもりだ!」
「全然嬉しくないよ。それに、そんなのメンツ集まるの? 百物語って、そんなに人気のイベントか?」
「集めるぜ! おーい井上!」
突然三浦が声を上げた。学内新聞発行サークル所属の二年生・井上が、少し離れたところでカツ丼を載せたお盆を持って立っていた。
「え? なんすかなんすか」
独特のヒョコヒョコした歩き方で近づいてくる。僕は彼とも面識があるので、こいつがどんな奴か知らないわけではない。百物語と聞いたらきっと……。
「井上、夏休みに百物語やら」
「うおー! やりましょう!」
三浦の問いに、井上はかなり食い気味に答えた。途端に目が輝き始める。
「深沢の実家がY県にあってさ、そこでやるんだけど」
「全然オッケーですよ! 行きます行きます! いつですか!?」
「井上、ちょっと落ち着いてここに座れ」
井上はひさしぶりに散歩に出された犬のようにはしゃいでいたが、促されると案外大人しく三浦の隣に腰を下ろした。
「いやー最高っすね! オバケ出ますかね!? 本物の!」
社会学部で民俗学を専攻する井上は、自他共に認めるオバケ大好き男である。大体民俗学を専攻している理由からして、「カッパに会いたい」なのだから呆れる。こいつなど、百物語に「来るな」と言っても押し掛けてくるだろう。
「カッパは多分来ないぞ」
「それでもいいですよ! やべぇ楽しみ! で、いつですか!?」
「それをこれから決めるんだよ。な?」
三浦がニヤニヤしながら俺をつついた。
「な、頼む!」
「マジか。マジでやんのか」
「やりましょうよ深沢さん! 俺、女の子にも声かけてみますんで! で、何日にします?」
二人は、まるで夏休み直前の小学生のように、嬉しそうに百物語の計画を始めた。もう僕の了解はとった気でいるらしかった。
僕は口を挟むことを諦めて、学食の薄いお茶をすすった。
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