第2話 企画
三浦や井上の前では、あまり気が進まないような顔をしてはみたものの、実家で百物語の会を開催することについては、僕もさほど嫌なわけではなかった。ただ、子供のようにはしゃいでいるふたりに、混ざりたくなかっただけなのだ。
確かに僕は、三浦や井上のようなオバケを愛する人間ではないが、かといって嫌いというほどでもない。ネタなら適当にネットで探せばいいだろうし、顔の広い三浦にここで恩を売っておくのも悪くない。
何より、実家で一人暮らしをしている父にとって、いい気晴らしになりそうだ。進学のためとはいえ、あんなに仲がよかった母を喪った父を、ひとりぼっちにしていることに罪悪感がないと言ったら嘘になる。
案の定、父のゴーサインはあっさり出た。しかも「暇だったら混ざっていい?」という条件つきで。それを三浦に伝えると、彼はこう言った。
「構わないけど、百物語って途中入場や退場はできないんだよ。それに今回は、眠くなったりしたら困るから、酒は飲まないつもりなんだ。親父さん、それでもいいか?」
僕は念のため、そのことも父に確認した。そして、「そういうことなら構わない。代わりにお茶やジュースを用意しておく」という回答を得た。
「じゃあ深沢と深沢の親父さん、井上に、俺の4人か」
「他は?」
「今あたってる」
東京から特急電車でおよそ2時間かけて、わざわざ百物語をやりに行きたいという酔狂な奴が、果たして何人集まるものか……と思っていたが、意外にもメンバーはそれからすんなりと集まって、総勢10名での怪談会開催が決定した。日時は夏休み中の7月××日。時間は夜8時スタートということになった。
「百物語の作法について、井上と話し合ったぞい」
試験結果の返却が粗方終わった日の昼下がり、食堂の椅子に並んで腰かけた三浦は、僕の前に手書きのプリントを出してきた。曰く、
「・進行役は三浦が務める。他のメンバーは、自分が怪談を語る時以外は話してはいけない
・青っぽい服を着用すること
・話者は最低5話の怪談を用意すること。なお足りない分は三浦と井上が補う
・百物語が始まったら、終わるまで離れから出てはいけない
・話者は怪談を語り終えたら、『これで私の話はおしまいです』と宣言し、明かりをひとつ消す
・眠くなったり、騒ぎたくなるといけないので、飲酒は禁止」
ということらしい。
「明かりを消すって、あれか? よく言う、100本の蝋燭を灯しておいて……」
「って言うけどな。実際にお前んちの離れでそれやったら危ねーわ。まず酸欠になるだろうし、火事になったら最悪だしな。大体よっぽど大きな蝋燭でなきゃ、100話語り終える頃には溶けて消えちゃってるだろうし」
「昔は蝋燭じゃなくて、行灯の芯を1本ずつ抜いてったらしいっすよ! うっす!」
いつの間にか近づいてきた井上が、僕たちの間からにゅっと顔を出した。こいつはなぜか足音をたてないのだ。
「行灯なんてうちにはないなぁ」
「だろーな。そこでコレよ」
三浦はカバンの中を引っ掻き回して、手のひらサイズの白い大福みたいなものを取り出した。
「小型のライトだ! タッチセンサー式で、光の強さは10段階の調節が可能。電池式だからコンセントも不要だ。リサイクルショップをやってる親戚のツテで、こいつを10個用意した」
「えらい近代的だな」
「これなら10個あっても、そんなに場所取らないっすね。ひとつ話し終わったら、こいつをポンっと叩くわけか」
井上はほうほうとうなずきながら、三浦の手のひらに置かれたライトを眺め、唐突に「そういえば」と言った。
「10段階調節可能ってことは、こいつを最高光度にしといて、10回叩いたら消えるってことっすね?」
「そうだよ」
「そいつが10個あるってことは、三浦さん、きっちり100話語るつもりってことっすね」
「そりゃーそうよ。今更何言ってんだ」
「何だ井上? 100話語るんじゃまずいのか?」
僕が尋ねると、井上は憐れむようなまなざしを向けてきた。
「深沢サン、百物語では100話怪談を語ると、マジもんの怪異が訪れると言われているんすヨ……」
「お、おう。聞いたことあるわ」
「あ、知っててそのリアクションなんすね! じゃあいいや」
井上はニカッと笑って、右手の親指を「いいね!」のアイコンのように突き出した。
「何だ何だ急に、その態度は」
「いや、深沢さんは嫌じゃないんすか? 百物語を深沢さんちでやるってことは、自分ちにお化け呼ばれるのと同義ですよ?」
「お前、まさか……」
僕は呆れた。こいつが沖縄妖怪に会いたいという理由でバイトにいそしみ、その結果単位をひとつ落としたと聞いたときくらい呆れた。「マジで出ると思ってらっしゃる?」
「深沢! 貴様ー! 貴様はなんとロマンのない男だ!」
突然三浦がでかい声を出した。演劇サークル所属だけあってよく通る声だ。近くを歩いていた女の子が、ビクッとしてこちらを見た。
「三浦、でかい声出すなよ」
「いいだろう! 我々の百物語によって、貴様の実家にガチ怪異を召喚してやる! 親父さんに謝る準備でもしとけ!」
「しねえよ」
「まぁまぁ三浦さん」と、井上がなだめにかかった。
「ロマンなき深沢さんに何を言っても無駄っすよ。どうせ百物語で話す怪談だって、適当にネットで拾ってこようとか思ってんすよ。まぁ、それでもいいんすけどね」
井上がわざとらしく肩をすくめた。推測が当たっているところがまた腹が立つ。こいつは僕をあおっているのだ。
「ねぇねぇ深沢さーん。何かしら怪しいことが起こるってのは、百物語の華っすよ! 華!」
予想通り、井上は軽薄そうなしゃべり方で僕にからんできた。
「はいはい」
「ノリ悪いなぁ。もしもオバケが出たら、女性陣がキャーキャー言って抱き着いてくるかもしれませんぜ?」
「お前、うちのボロ離れにギチギチ詰まってやる怪談会に、出てくれる女子なんているわけねーだろ」
「え? いますけど」井上は得意げに言った。
「新聞部の赤池さんとぉ、『黄沙旅団』の小泉さん。どっちも三年生っすね」
僕はそれを聞いて固まった。
「赤池って、赤池みずき?」
彼女なら、三浦つながりで知っている。小柄でタヌキ顔で、明るく人見知りしない女の子だ。性格がいいだけでなく、かわいくて胸がでかい。そして小泉さんと言えば……。
「小泉京香といえば、去年のミスコンで優勝した逸材だからな! あの子、結構ホラー好きなんだよ」
「美人でホラー好きとか、マジ最高っすね」
盛り上がっているふたりに向かって、僕は思わず叫んだ。
「そういうことは早く言え!」
「え?」
「客間を用意しなきゃなんねーだろうが! 女子を離れで、男どもと一緒にザコ寝させる気か!」
「ああ、そうだな! 深沢は気が利くなぁ」
「利くなぁ、じゃねえよ!」
僕は急いで父に連絡をとった。「客間を掃除して、布団を念入りに干しておく」という返事があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます