第8話 百話
「まずは皆さん、僕が発案した百物語会にご参加いただき、ありがとうございます。さぞお疲れのことと思いますが、もう少々お付き合いください。
驚いたことに、皆さんの中にも不思議な体験をされた方が、何人もいらっしゃいますね。実は僕にも、おかしな体験がひとつありまして……この話、実は今日は話さないつもりでいたんです。何しろ小さい頃の話だし、夢でも見ていたんじゃないかという気が、半分くらいはしているからです。でも、皆さんの話を聞いているうちに、僕も自分の実体験らしきものを無性に語りたくなってきてしまいました。
これは、僕がまだ保育園に通っていた頃の話です。両親は仕事で夜遅くまで帰らないことが多かったので、僕は近くに住んでいた父方の祖母に世話になっていました。確か毎日夕方の4時くらいに祖母が保育園に迎えにきて、それから祖母の家で夕食を食べたり、お風呂に入ったりして両親を待っていたんです。
僕は祖母のことは好きだったんですが、祖母の家にある『あるもの』だけは、どうしても好きになれませんでした。祖母の家には、客間になっている六畳間があったんですが、そこにある茶箪笥の上に、女の頭が乗っかっていたんです。
生首というよりは、頭という感じですね。というのもそれは鼻から上、つまり上半分しかなかったんです。鼻から上の目鼻立ちと、長い髪の毛が茶箪笥の上にふわっと広がっているので、僕はそれを女性だと判断していました。
女の頭はかなりリアルだったんですが、いつも目を閉じていて、ちっとも動かなかったので、僕は置物のたぐいだと思っていました。
仮にそれが置物でなければ、祖母は大騒ぎするでしょうし、僕にも何か言うでしょう。その祖母が何も言わないということは、きっと趣味の悪い人形かなにかに違いない、とそう思うことにしたんです。第一、普段は僕が入ることのない部屋にあるものですから、気にさえしなければいいくらいのものでした。
ところが、ちょうどこのくらいの季節、何もしなくても汗ばむような夜のことです。トイレにいった祖母がなかなか戻ってこないので、僕は居間を出て、家の中を祖母を探して回りました。そのとき、うっかり例の六畳間の襖を開けてしまったんです。
開けてすぐに、あっ、例の部屋だと思いました。そうすると自然に、茶箪笥の上に目が向いてしまいます。そのとき、僕はひどく驚きました。今でもその、全身の毛がぞわっと逆立つような感覚を覚えています。
あの女の頭がかっと目を開いて、僕の方を見ていたのです。黒目の小さい三白眼で、僕の方を横目でぎろっと睨んでいました。
僕は悲鳴を上げて逃げ出しました。すると今までどこに行っていたのか、廊下の向こうから祖母が姿を現したのです。晃ちゃんどうしたの、なんて言って……。
僕は祖母に抱き着くと、六畳間を指さしました。祖母は『あれ、襖が開いている』なんて言いながら、部屋に近づいていきます。困りました。部屋に近づくのも嫌だけど、祖母から離れるのも怖い。結局祖母の背中に貼り付いて、僕も一緒に部屋を見にいきました。
味方を得て、少し強気になっていたのもあるでしょう。僕は祖母の後ろから、ふたたびあの六畳間を覗き込みました。
すると、今度は茶箪笥の上に、あの女の頭が見当たらないのです。必死になって祖母に訴えたのですが、祖母は『そんなものはないよ』と言ってきょとんとしていました。何度も訴えたのですが、結局わかってもらえず……そんなことをしているうちに、母が迎えに来て、僕は家路につくことになりました。
元気な祖母に会ったのは、その日が最後でした。祖母は僕と別れたすぐ後、脳卒中を起こして倒れたのです。たまたま訪れた近所の方の通報で病院に担ぎ込まれたのですが、僕が両親に連れられて見舞いに行った時には、とても話ができる状態ではありませんでした。皆で回復を祈ったのですが、結局祖母は、次の日の夕方に亡くなりました。
だから僕はその日以来、祖母の家を訪ねることはありませんでした。父か母が、遺品整理のために家に入っただろうと思うのですが、誰も六畳間の茶箪笥の上に女の頭があったなどという話はしていなかったから、やはりなかったのかもしれません。
だからあの頭のことは、結局何もわからないままなのです。あの女が誰だったのか、それから女が目を開けていたことと、祖母の死とは関係があるのか……それどころかあのことは、幼い僕だけが見ていた幻だったのかもしれないのです。
でも僕は未だに、あの時のことを思い出しては、祖母に尋ねてみたくてたまらなくなるのです。祖母には本当に、あの女が見えていなかったのかどうか……。
これで僕の話はおしまいです。
それでは皆さん、明かりを消して1分待ちましょう」
そして、最後の明かりが消えた。
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