金魚の尾ひれに牡丹の着付け

花岡 柊

金魚の尾ひれに牡丹の着付け

 今年も賑やかな季節がやってきた。年に一度行われる、大きな、大きな、お祭りだ。神社のある場所から、出店が何十メートルも続いている。その一つ一つを見て歩くだけでも満足できるほどの、楽しくて最高のお祭りだ。

 聴こえてくる音色は、笛の音に太鼓の音。楽しげに話すたくさんの人の声。子供も大人も動物も。みんなウキウキとし、ワクワクとし、この雰囲気を楽しんでいる。

 ポチャンッ

 飛び出した尾ひれは散りばめられた灯かりを受けて、綺麗な光と色をなす。

 ポチャンッ

 いつもよりずっと大きな水槽の中から、彼女はこれからの自分に思いを馳せる。


「さあ、こっちにおいで」

 姉さんが、整った尾を振りそばに来る。

「あなたに似合うのは、これだね」

 にこやかな笑みと共に、キュッと尾ひれに着付けをしてくれる。

「これは、なぁに?」

 柔らかそうな花びらの飾りが、ふわりと重なっている。

「これはね、牡丹という花だよ」

 キュキュっと絞りを入れると、牡丹の花びらをなぞらうと、尾ひれは優雅に波を立てる。

 姉さんが着付けてくれている薄いピンクを動かすと、透明な波が水面を揺らした。

 ポチャンッ

 嬉しくなって、ほんの少しだけ跳ねてみた。

「しとやかに」

 おてんばな私を、姉さんが窘める。

「おぼえておきなさい。牡丹の花言葉は、風格と高貴だ。あなたのように、顔も体も整っている子にしか、牡丹は似合わないんだよ。特別なのさ」

 自分のことのように得意げな表情で私の姿を眺めると、姉さんはまたキュキュと尾ひれを絞める。柔らかな牡丹の花びらが、風にそよぐように揺れ動く。

「真ん中にある黄色が、チャーミングでしょ」

 姉さんは、そこがポイントなんだとウインクをする。そんな姉さんのほうが、ずっとチャーミングだと私は思う。

「あたしももう少し若かったら、この牡丹を上手に着こなしたんだけどねぇ」

 そんな姉さんの尾ひれには、綺麗な紫色が揺れている。

「菖蒲(アヤメ)?」

「よく知っているね。大人の柄でしょ?」

 菖蒲の花言葉は、優しい心。いつも私のことを一番に考えてくれる姉さんに、ぴったりの言葉だ。

 姉さんは、菖蒲の尾ひれを優雅に揺らし、水の中をスイスイと行き来する。

 幼い頃は、姉さんから何度も泳ぎ方を教えてもらった。こんな風にすると、水を波立たせることなく、しとやかに、優雅に、流れるように泳げるんだよ。

 そう言って、素敵に泳いで見本を見せてくれた。

 私はそんな姉さんの泳ぎに見惚れてしまって、いつだってうっとりしていた。

「さぁ、できた。どうだい?」

 得意げな笑みを向け、我ながらよくできていると、私の尾ひれを眺めて頷いている。

「とても、素敵」

 綺麗に着付けてもらった牡丹の尾ひれは、ひらひらと、ゆらゆらと、水の動きに沿って揺れている。

 教えてもらった泳ぎを姉さんに見てもらおう。しとやかに優雅に。そして、流れるように。水は、体の一部のように私の曲線を撫でて通り過ぎ、着付けてもらった牡丹の尾ひれが喜んでいるみたいに生き生きとする。

 ああ、なんて素敵な牡丹の尾ひれ。高貴なこの柄に見合うような、素敵な女性にならないと。

「見てごらん」

 姉さんさんに言われて、視線を移した。そこには、赤や青。黄色や緑。数え切れないほどのカラフルな色がこの場所を彩り、賑やかで楽しい声達が溢れかえっている。

「さぁ、今宵は最高の祭りだよ。あんたはきっと、今日デビューする」

 確信を得たように言い切る姉さんの言葉に、私は力強く頷いた。

 心臓がドクドク言っている。浮き足立つような舞い上がる心と、これからを考えると不安になる心がない混ぜになる。

 みんなから離れるのは、とても寂しい。特に、姉さんとはずっと一緒にいたい。

けれど、それは叶わないだろう。

 まだ、牡丹が似合う年頃ではなかった頃、離れ離れになる子達をこの目でたくさん見てきたから知っている。今までは、手を振り送る側だった私だけれど、今日はきっと違う。私が送られる側になるだろう。

 姉さん、離れてしまうのは寂しいよ……。

 口をついて出そうになる弱気な言葉を、一生懸命に飲み込んだ。

 ぷくぷく

 ぷくぷく

 小さな泡が、波間に浮いては弾けて消える。

 この世界の外に、私は今日旅立つんだ。

 姉さんがいなくても、きっと私は大丈夫。

 離れてしまっても、姉さんは心の中にいる。

 そして、いつだって菖蒲のように優しく私を見守ってくれる。

 弱気になりそうな心を囃し立てるように、夜空に大きな花が咲いた。お腹の底に響くようなその音は、しっかりしなさいと勇気をくれる。

「さぁ、準備はいいかい」

 姉さんの言葉に頷きを返し、牡丹の尾ひれを揺らして私は泳ぐ。

 しとやかに優雅に、そして流れるように。

 程なくして、大きな白い皿のような物が水の中を波立たせた。

「さぁ、お行き。あなたならきっと、可愛がってもらえるよ。なんせ、あたしが着付けた牡丹の尾ひれなのだから」

「ありがとう、姉さん。いってきます」

 さようなら、姉さん。

 今までありがとう。

 姉さんが着付けてくれた牡丹の尾ひれは、きっとこの子に気に入ってもらえるよ。


「見て。とってもきれいな尾ひれの金魚。お花みたいね」



 姉さんのいない水の中は、とてもとても寂しかった。

 どんなに上手に泳いでも、どんなにお天馬に跳ねても、姉さんはもうそばにいて何か言ってくれることはない。

 けれど

 可愛いね。

 綺麗だね。

 そう言って、眺めてくれるこの子はとても愛らしい。笑った顔は、少しだけ姉さんに似ている気がするよ。

 姉さんの着付けてくれた、牡丹の尾ひれをうっとりしたように眺めてくれる。私はこの子と一緒に生きて行く。

 ねえ、素敵でしょ。

 姉さんが、私に着付けてくれた尾ひれだよ。

 柔らかな牡丹の花びらのような尾ひれを揺らし、私はこの子の前で、しとやかに優雅に、そして流れるように泳ぎ続ける。

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金魚の尾ひれに牡丹の着付け 花岡 柊 @hiiragi9

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