母なるスケトウダラを讃えよ〜カニvsカニカマ〜

三浦常春

嗚呼、カニカマ

 その日、惑星スリミを歓声が震わせた。カニカマが宿敵、甲殻類カニの総大将を討ち取ったのである。


 カニカマとカニは長らく戦争状態にあった。


 カニカマの宿願は、カニとして食卓に並ぶ――つまりカニに成り代わることにあった。そのためにカニの駆逐を目論み、凹凸のない身体をビタビタと跳ねさせていたのである。


 対するカニはカニカマなどコバエも同然に打ち払う。カニにとってカニカマは偽物である。だから前提として己が勝っているし、そもそも勝負する必要がなかった。


 しかしカニカマはそんなこととは露知らず、赤の皮膚と白い繊維に構成された身体をカニの甲羅へ貼りつけていた。


 カニカマとカニは、幸いにも同じ惑星に住んでいた。その名もスリミ。元の名をコウカク。カニカマは自らの夢を定めた時、手始めに拠点の名称を制圧したのであった。


 さて、本題はカニカマ史ではない。歴史に残る勝利を収めたカニカマの、その後である。


 ひっくり返ったカニの総大将(とカニカマたちは呼んでいる)を囲むのは無数のカニカマ。皆一様に身体をビタビタと打ち付けながら、細い喉を震わせた。



〽母なるスケトウダラに捧げる

〽母なるスケトウダラに捧げる


〽ああカニカマ

〽カニカマ カニカマ


〽憎きカニに成り代わり

〽皿道を切り開け



 カニの下に敷かれたかまぼこ板に火が近付けられる。


 一本のカニカマの頭頂部に刺されたマッチと、それに灯る小さな炎は、板の表皮を舐めるばかりであったが、やがて少しずつ――本当に少しずつ延焼する。


 火がカニの甲羅に近付くにつれ、カニカマの熱はさらに高まった。己の繊維が解けるほどに。



〽ああカニカマ

〽カニカマ カニカマ


〽赤い皮膚に白い肉

〽繊維は解けても身は溶けぬ


〽ああカニカマ

〽カニカマ カニカマ


〽母なるスケトウダラに捧げる

〽スリミが主スケトウダラに捧ぐ



 甲羅の隙間からじわじわと泡があふれる。空腹をそそる芳ばしい香りがカニカマの鼻をくすぐった。


 カニカマたちは鼻に相当する部位から繊維を――触手を伸ばす。一滴でも一抹でも、かの宿敵の断末魔を嗅ぎ取ろうと。


 繊維と繊維を繋ぎ、カニカマは踊り出す。中には興奮のあまり分裂して、子を成す者も現れた。こうしてカニカマは、自分たちの生を全うしても種を絶やすことなく、子孫代々皿への夢を抱き続けるのである。


 突然、待ち切れないと、一本のカニカマがカニの足へ取りついた。肉体を構成する繊維を器用に動かして、関節から肉を抉り出す。その様子を見ていた周りのカニカマも、未だちらつく火の上を這い、カニへ縋る。


 カニカマはせっかちだが、案外律儀なのである。


 東西南北、四方向に列を伸ばし、「まずは三口だ」――そう誰からともなくルールを取りつけ、順番にカニの血肉を啜っていく。それだけでカニカマは湧き立つ野望を宥めることができた。十分なはずだった。


 しかしある時、誰がが言った。


「カニを食べ続けたら、我々は真のカニになれるのでは?」

「実質我々はカニなのでは?」


 彼の言い分はこうだ。


 カニを食した。食物は消化された後、身体に吸収される。カニを吸収し続ければ、自らのカニカマ成分はカニに置換され、カニ同然の存在になるのではないか。


 この妙案にカニカマたちは色めきだった。カニカマにとってカニは倒すべき敵ではあったが、同時に憧れの存在でもあったのだ。偽物が本物に成りたがるように、その地位を虎視眈々と狙うように。


 しかしこのカニカマ、排泄のことを全く考えていなかった。


 一本のカニカマの、鶴の一声のごとき呟きは、波のように拡散する。


「カニになれるってよ!」

「カニになれるの?」

「カニになれるなら」

「かなりカニだよ、これ!」


 始まるのはカニ争奪戦であった。


 律儀であったはずのカニカマは一斉に天を向くカニへと飛びかかり、ありとあらゆる隙間から捕食管を捻じ込む。混沌と化したかまぼこ板の上では手元、もとい口元が狂う者も多々現れた。


 幸いにもカニへ辿り着いた者はなけなしの体液を啜り、カニに在りつけないものは手近のカニカマを吸う。こうして惑星スリミは勝利の宴の後、カニカマによるカニカマのための蠱毒こどくを味わうこととなった。


 時間にして三日。赤い皮膚と白い繊維の絡まる大惨事は、静かに幕を降ろす。


 残されたのは、たった一本のカニカマである。生死を競っていたカニカマに捕食管を突き刺し、ぽってりと丸くなった身体を伸縮させる。


 辺り一面に散らばるのは、カニカマだったもの。萎び朽ち果て、全身を覆っていた瑞々しい光沢は微塵も見られない。乾燥して硬くなった捕食管が、勝者の肉体に踏まれてクシャリと音を立てた。


 カニカマは空を見上げる。天上にあるは青々とした空、たなびく雲。その隙間を縫うように、黒い板状のものが飛んでいる。新入りの“うなぎの蒲焼風練り物”であった。


 同じ惑星スリミの住民として、そしてまだ見ぬカニカマの可能性に向けて、“うなぎの蒲焼風練り物”に接近してみるのもよさそうだ。


「最高の祭りだったぜ……」


 カニカマの頂点にしてカニになったカニカマは、今は亡きカニカマの上を行く。


 地べたを這うカニカマは過去のカニカマだ。己はもう、ただのカニカマではない。カニのエキスをたらふく含んだ高品質なカニカマ――いや、カニだ。誰かが言ったように、実質カニなのである。


 実質カニということは、カニであることとほぼ同義。そう、もう自分はカニなのである。カニカマなどという模造品ではない。


 自分はカニ。


 カニなのだ。


 カニだろう?

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母なるスケトウダラを讃えよ〜カニvsカニカマ〜 三浦常春 @miura-tsune

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