【KAC20202】最高の謝肉祭

八百十三

最高の謝肉祭

「それでは、これよりルピア暦2147年の謝肉祭カルナバールを、開催いたします!!」


 壇上に立つ僕の宣言が終わるや、割れんばかりの歓声が交易都市ヴァンドの街を包み込む。

 宗教上のシンボルたる三大神の使徒として、一年で一番重要な仕事を失敗なくやり遂げた僕、エリク・ダヴィドは、胸を張ってステージから引っ込んだ。

 ステージ裏に戻ると、僕のパートナーである二人が、にこにこと笑みを浮かべて迎えてくれる。


「お疲れ様でした、エリク」

「堂々たる開会宣言でしたねぇ、立派でしたよー」


 三大神の一柱、カーン神の巫女で僕の姉であるアグネスカと、同じくカーン神に仕える神獣、月輪狼ハティのアリーチェが、揃って僕の頭や頬を撫でてきた。

 仕事を終えて褒められるのは悪い気分ではないが、もう十七歳。大人の仲間入りをした僕が子ども扱いされるのは、なんとなく気に障る。

 そっと二人の手から逃れて、二人と一緒にステージ裏に控えていた、隣国バタイユ共和国の使徒、ダニエル・バイルーの傍に寄った。


「今年で四年目だもん、僕だって慣れるよ」

「ラコルデールの使徒殿は流石ですなぁ。立派な後継ぎが育ってくれて、私も嬉しいですぞ」


 僕とは祖父と孫以上に年の離れたダニエルが、いよいよ頭髪が薄くなりつつある頭を嬉しそうに前後させた。

 その隣でバタイユの巫女であり、ダニエルの妻であるラシェルも静かに笑っている。


「本当に。巫女様も神獣様も立派にお役目を果たしてくださって、これでようやく私達も、バタイユに引き籠もれるというものです」

「そんな、ラシェルさんもダニエルさんも、まだまだお元気なのに」


 突然の引きこもり宣言に、僕が慌てて両手を突き出して振ると、ダニエルはゆるりと首を振った。


「いやいや、謝肉祭カルナバールのような中心的行事こそ、年若い人々にどんどん担ってもらわなくては」

「使徒様が就任なされてからというもの、ヴァンドの謝肉祭カルナバールは参加者も屋台の数も右肩上がりと伺っています。これも偏に、皆様のご尽力の賜物なのですよ」


 ダニエルもラシェルも、二人揃って僕と、アグネスカとアリーチェを褒め称えている。首をすくめて恐縮する僕の目の前で、アリーチェが大仰に胸を張った。


「えっへん。何しろエリクさんとアグネスカさんには、神獣たるこの私が付いていますからね!」

「はいはい、ありがとうねアリーチェ。それじゃあダニエルさん、ラシェルさん、僕達はこの辺で。屋台を回らなきゃ」


 自慢気に言うアリーチェの手を慌てて取りながら、僕はバタイユ共和国の二人に頭を下げた。

 既に開会式は終わっている、このままここでアリーチェに自慢気にさせていたら二人にも申し訳無い。

 無言でアグネスカが頭を下げるのを見ながら、ダニエルとラシェルはにこやかに笑って手を振った。


「はい、いってらっしゃいませ」

「楽しんでくるんですぞー」


 二人の声を背中に受けながら、僕達は謝肉祭カルナバールが始まって人が歩み始めたヴァンドの街へと繰り出していった。

 ルピア三神教の重要行事である謝肉祭カルナバールの時期は、毎年どこの開催都市も大いに賑わうが、大陸西方において最大規模を誇るヴァンドの謝肉祭カルナバールは、他の国のそれを大いに凌駕する。

 都市間、国家間の人の行き来が活発でないこのルピアクロワで、万単位の動員を叩き出すだけでも驚異的なのに、それに加えて数百という屋台が街路に軒を連ねる。

 故に、一年で最もこの都市が活気づく一週間なのだ。


「今年からは仮装行列の先頭に立たなくていいから、去年よりもゆったりできるね」

「ざーんねん、エリクさんがイヴァノエの背中に乗ってパレードの先頭に立つ雄姿が、もう見られないなんて」


 屋台の並ぶ街路を歩きながら僕が言うと、隣を歩くアリーチェが頬を膨らませた。

 昨年までは、謝肉祭カルナバール初日の仮装行列の先導役を、僕と僕の伴魔である大イタチギガントウィーゼルのイヴァノエが務めていた。

 十七歳になり、大人になった今年からは、後任として去年からヴァンドの聖域に下働きに来ているリディにその役目を任せている。

 側についてあれこれと指導をしていたアグネスカが、アリーチェに冷たい視線を向けた。


「アリーチェ、そんなこと言うとリディがまたむくれますよ」

「はぁい。リディちゃん、今日を楽しみにしてましたもんねぇ」


 アグネスカの言葉に、アリーチェがぺろりと舌を出した。こうして見ると、本当にどちらが姉でどちらが妹なのか分からない。

 そんなやり取りをする二人に背を向けながら、僕は道の両側に連なる屋台に目を向けた。


「それにしても凄いよね、今年、いよいよ出店する屋台が四百を超えたんでしょ」

「正確には四百と三十九、だそうです。国外からの申請が増加したのが一因だそうで」

「メッテルニヒ王国も食肉業界で有名になりましたもんねぇ。使徒様さまさまです」


 僕の言葉に、アグネスカが淡々と事実をのべて、アリーチェが人間的な所感を述べて。

 確かに、今年の街路の喧騒は昨年以上だ。ヴァンド市内の宿も軒並み満員だと、市長が話していた記憶がある。

 お祭り時、街が賑わうのはいいことだ。それが自分の故郷とあれば尚の事だ。


「楽しみだなぁ、今年もいっぱい、美味しいお肉が食べられそうで」

「エリクは使徒なんですから、どんどんいろんな屋台を巡ってお買い物するんですよ。そうすればその屋台に人が集まり、ますますこの町の謝肉祭カルナバールが賑わいます」

「『使徒様が買い物した屋台』となれば、間違いなく人気が出ますからねー。同じカーン神の使徒でも、ダニエルさんじゃ出来ないことですよ」


 屋台から立ち上る肉のいい匂いに鼻をひくつかせる僕に、側に立つ姉二人がにこやかに声をかけてきた。

 確かに、大陸全土で信仰されているルピア三神教の主神の一柱、カーン神の名代たる使徒。その使徒が商品を買っていった屋台とあれば、箔がつくのも当然だ。

 そして、そうして屋台に箔をつけていくのが、僕の謝肉祭カルナバールでの大きな仕事とも言える。

 そんなものだから僕達三人には、あちこちから呼び込みの声がかかっていた。


「使徒様、巫女様! うちの串焼きはいかがですか!」

「神獣様、こっちに美味いコトレットありますよ!」

「うちのサンドイッチも見ていってくださーい!」


 もう、僕とアグネスカとアリーチェの姿を見るや、他の一般客そっちのけでこちらに声がかけられている。

 しかし無理もない、何しろ宗教上のシンボルがそこにいるのだ。一般客すら僕達に視線が釘付けである。

 そんな声に手を掲げて応えながら、僕は心底から悩んでいた。


「でも、こう方々から声がかかると、どこから寄ろうか、すごく迷うなぁ」

「幸せなことですよ、エリクがカーン神の使徒として、しっかり国民に認知されていることですから」

「私だってヴァンドの神獣として皆さんに認知してもらってますけどね! えっへん」


 苦笑する僕に微笑みかけてくるアグネスカの視線の先では、アリーチェがふんすと鼻息を鳴らしながら胸を張っていた。本当に、この姉の自信はいったいどこから来るのだろう。

 アリーチェの言葉を聞き流しながら、僕は腰の財布に手を添えた。銀貨がぎっしり詰まった革製の財布は重たい。

 使徒としての収入もあることだし、今日の散財は聖域からも許容されている。お財布のことは考えなくてもよいだろう。


「ん、分かった。とりあえず片っ端から見ていって、気になるもの一つずつ買おう」

「おっ、行っちゃいますー?」

「押し並べて、ですか。毎度毎度、エリクは心優しくて素晴らしいですね」


 そうして僕達三人はそれぞれ視界に入った屋台へと向かっていく。目についたメニューを買って、隣の屋台に顔を出して。

 各々が木の皮製の皿を三つほど手に持った状態で合流しては、街路に面したベンチに腰掛けて肉を頬張る時間だ。

 ムトンの串焼きにプレの干し肉。ヴァーシュのコトレットに鹿セーフの肉を使ったサンドイッチ。

 どれもこれも、味が濃く、それでいて繊細で、肉の旨味がよく引き出されていて、美味い。


「あー、美味しい……」

「む、この串焼き、香辛料が効いていて食欲をそそりますね」

「んーっ、このサンドイッチ、中のソースが美味しいー!」


 そうして僕達が食事をする様子を見て、道行く一般客が僕達の訪れた屋台に向かって。

 経済は回っていく。ヴァンドにお金も落ちていく。屋台は名を売れて、僕達は美味しいものを食べられる。

 これを、最高と言わずして何と言う。


「やっぱり、この町の謝肉祭カルナバールは、一年で最高の一週間ですねー。

 ね、エリクさん、アグネスカさん?」

「うん、その通りだ」

「アリーチェもたまには、真っ当なことを言いますね」


 アリーチェの朗らかな笑みに、僕もアグネスカも同意しながら頷いて。

 僕達はまた、手の中の肉に大口を開けてかぶりつくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20202】最高の謝肉祭 八百十三 @HarutoK

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ