卓袱台の上のポテトチップス

秋野トウゴ

卓袱台の上のポテトチップス

 コンソメ、うすしお、サワークリーム、エトセトラ、エトセトラ……

 コンビニのポテトチップスのコーナーは斜め45度に傾いていた。

 否、傾いているのはそれを眺める彼女の視線。

 

 中山なかやま佑里ゆうり。23歳。

 生まれた土地の隣の県にある大学を卒業して、そのままその県にある小さな出版社に就職した。

 もうすぐ社会人1年目も終わろうとしている金曜日の夜。

 佑里はすっかり着慣れたスーツに身を包んだまま、自宅近くのコンビニを訪れていた。

 どれでもいいのに。そんなにこだわる必要なんてない。

 でも、ポテトチップスの味が決めきれずにいた。

 

 5分ほど、首を傾げた末に選んだのは、うすしお。

 これだけ悩んで結局、定番の味を選ぶなんて私らしい。

 佑里は苦笑する。


 次に向かうのは、ドリンクコーナー。

 今度は迷わない。

 ガラスの戸を開いて、350ミリリットルのソルティードッグを手に取る。

 これで、準備は完了。

 レジへ向かおうと振り向いてから、気付く。

 うすしおと、ソルティードッグって、どれだけ塩が好きなんだろう?

 けれど、今さら選択を変えるのも面倒くさい。

 だから、そのまま会計を済ませる。


 コンビニから一人暮らしのアパートまではほんの数分の距離。

 ふと見上げた夜空に、一筋の流れ星が走る――。

 なんて、ドラマチックな展開は彼女に訪れない。

 だけど、少しだけ欠けた丸い月が夜道を明るく照らしてくれている。

 それだけでも、十分。

 佑里はてくてくと歩く。

 

「ただいま」

 誰もいない家に着き、そう声を掛けても当然返事はない。

 就職したころは寂しかった。

 慣れない仕事。

 疲れて帰ってきて、話す相手もいないというのは、つらかった。

 でも、今ではそれが当たり前。

 そんなもんだと、いつの間にか割り切ってしまった。


 ちょっとぬるめに温度を設定してお風呂のスイッチを押す。

 ベッドにぽふんと横たわり、スマホを手に取る。

 何となく眺めるのは、ツイッターのタイムライン。

 学生のころは、日常のどうでもいいことまでつぶやいていた。

 けれど、最近は人の投稿を見てばかりいる。

『これから合コン』

 目を引くツイートは、学生時代から派手に遊んでいた女の子のもの。

 ほかの友達は、どこかのニュースサイトをリツイートしたりとかしてるだけ。

 スマホをスリープさせると、真っ暗になった液晶に自分の顔が映る。

 何となく、意識して、口角を少し上げる。

 

 もうすぐ1年か。

 そんなことを考えていると、どこか間の抜けたメロディーが流れる。

 風呂が、準備をできたことを教えてくれていた。

 さっと、服を脱ぐ。

 しわにならないようにスーツをハンガーにかけるのも、いつも通り。


 1週間の疲れを誤魔化すために、いつもよりゆっくり湯に浸かった。

 風呂から出ると、タオルを髪に巻いたまま、冷蔵庫からソルティードッグを取り出す。

 火照った体。缶から手を伝ってくる冷気が心地よい。

 小さなテレビの前に据えた丸い卓袱台。

 その前に座ると、うすしおのポテトチップスを開く。

 誰かとシェアするわけでもないのに、パーティー開き。

 両手を重ねて大きく伸びをする。

「さて」

 ソルティードッグのタブを引くと、ぷしゅっと音が響く。

「最高のお祭りを始めようか」

                                   (了)

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卓袱台の上のポテトチップス 秋野トウゴ @AQUINO-Togo

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