サ バ ト

ヒトリシズカ

魔女集会

 遂に、この日がやってきた。

 一年に一度のこの日を、ずっと心待ちにしていた。


 ◆


 十月三十一日ハロウィーン

 もとはケルトの祭りだが、現代ではただ仮装を楽しみ大勢で騒ぐ祭りと化している。


 そんな今日この日の為に私は、人の子らに紛れ、正体を隠し、ありとあらゆる策を講じ、思いつく限りの準備を行なってきた。

 それはもう、色々と。

 楽しみすぎて一時間ほど前には会場のセッティングを終え、テーブルの真ん中では大鍋がグラグラと煮えている。


 後は古い友人たちがやって来るのを待つばかりなのだが、中々訪問を告げるベルが鳴らない。


 何処をフラフラしているのやら……。


 気を紛らす為に、私は窓へ寄り階下を眺めた。


 私の正体は魔女だ。

 見た目は黒髪に色素の薄い銀の瞳、外見年齢は二十五歳ほどで止まっている。

 今年でいくつになるか正確な年齢はとうに忘れたが、少なくとも魔女狩りという名の異端審問には何度かかけられて、何度か火炙りと湖に沈められる経験はしている。全く、私の作る薬やまじないは欲しがるのに、その作り手を燃やしたり沈めたりしたいと思う心理はどれだけ時間が経とうとも理解出来ない。

 しかも本当の魔女だけならともかく、魔女ではない女も手当たり次第に殺すのだからタチが悪い。髪の色が私とそっくりだというだけで燃やされた娘がいると聞いたときは、流石に開いた口が塞がらなかった。

 あまりの胸糞の悪さに私は辟易し、国の外に出た。海を渡り、そしてこの小さな島国に降り立った。

 最初の頃は中々愉快だった。

 山深い洞窟でいつものように暇つぶしで薬を煎じていたら、ボロボロの身なりの人の子が必死に助けを求めてきたので気紛れにその薬を渡せば仙女と崇められ、気晴らしに空を飛べば神だと恐れられた。

 もちろん愉快なことばかりだけではなかったが、結局私はそのままこの地に根をおろした。


 それから人の世は目まぐるしい速度で変わっていった。

 あれだけ薄暗かったこの国は今では街中にありとあらゆる色の灯りがともり、夜でも昼のような明るさだし、何より人の子が人外のものを恐れなくなった。

 現に、夜の帳の降りた窓の外では人の子が化け物の仮装をして街を練り歩き、夜更けまで騒ぎ倒している。その逞しさと愚かさを可愛かあいらしいとさえ思いつつ、私は黒いカーテンを閉めた。そしてセッティングが終わった部屋を振り返る。その風景を見て私は、口唇が持ち上げるのを止められなかった。


 そう、そんな馬鹿騒ぎは人の子と、人の子らに紛れる一部の酔狂な者たちに任せておけばいい。こちら魔女こちらで大事な祭りが控えているのだから。


 今日は現代の魔女にとって、大事な祭り。年に一度の魔女集会サバトが行われるのだ。


 昔はちょくちょく開かれていたのだがこのご時世、各々の仕事の都合をつけるのが中々難しく、数十年前から十月三十一日この日のみの開催となっている。

 毎年持ち回りで行われるこの集まりの今年の当番は私だ。だから、いつも以上に気合を入れて臨んだ。


 屋外ではないから昔のように山羊は用意出来ないが、代わりに私の使い魔の十三匹の黒猫が部屋の中で好き勝手に寛いでいる。彼らのたてる微かな声は外の喧騒と違い、耳に心地良く響く。

 もちろん、会場となる部屋の飾りつけにも妥協はしていない。

 よく冷えた黄金色の酒に、麗しい食器たち。部屋を飾るのは血のような深紅の薔薇と、芳しいキャンドル。そして黒いクロスをかけた卓の上には煮え立つ大鍋……。


 まさに、年に一度の祭り・魔女集会サバトに相応わしい最高の出来だ。


 私はそれらにゆっくりと近づき、卓の上に並ぶある物を見つめて、ほう、と頬を染めた。

 それは肉だ。それも、この祭りに相応わしい最高級の肉。

 私はこの祭りで、とりわけ肉にこだわる。

 一年に一度しかないこの祭りを最高のものにする為には、それ相応の物が必要だからだ。

 よって今年も、用意したのは若い肉。年端も行かない子どもの肉だ。余計なものを食べていない子どもの肉は大人のものと比べ甘く、柔らかく、それこそ舌の上でとろける。

 キラキラと輝く天鵞絨ビロードのような肉の山を見つめていると、自然と頬が緩んでくる。


 ……まだアイツらは来ないのか?


 玄関扉を睨むがベルはまだ鳴らない。

 この、年に一度の肉の為に昼を抜いたのが、空腹に拍車をかけた。折角のドレスなのに情けなく腹が鳴る。

 私は極上の肉と、目の前でグラグラと湯気をたてる大鍋を見下ろし、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


 嗚呼、もう、耐えられない……!いつまでも待たせるアイツらが悪いのだ!


 私は卓に並べたカトラリーをガッと掴んだ。それで目の前の肉を挟むと、煮え立つ大鍋の中へ突っ込んだ。しゅわりと縮む赤い肉を赤さが残ったまま掬い上げ、上品な皿に移し胡麻だれを絡ませると一息で口の中に放り込む。

 口の中いっぱいに、肉の甘さと胡麻の香ばしさが広がる。噛むまでもなくとけていく肉を全身で味わい、身悶える。

 

「んんふぅ〜〜〜〜!」


 堪らない!まさに極上っ!!今年も一年頑張ってきて良かったっ!!!


 私は箸を握ったまま右手を高く高く挙げた。

 その時だった。


「あーーー!また先に食べたわねルイーザ!」


 ベルは鳴ることはなく、代わりに喧しい声が部屋に響き渡る。口内に残っていた肉片を飲み干すと、私は我に返った。出来るだけ平静を装って誤魔化してみる。


「……アミーリア、スノウ、いらっしゃい。遅かったわね」


「遅かったわね、じゃないわよ!もう!すぐ私たちのこと待たないで食べちゃうんだから」


 栗毛のアミーリアが仁王立ちでぷりぷり怒った。


 ……ち、バレたか。


 右手に握った箸をバッチリ目撃されてしまったので仕方がない。その斜め後ろで、金髪のスノウが盛大に溜め息をついた。


「だから早く行こうって言ったのに……アミーリアったら、スーパーに寄るって聞かないんだもの」


 見れば二人の手には大きなビニール袋が二つ。

 何を買ってきたのだろう?

 不思議に思って見つめていると、アミーリアはまだぷりぷり怒りながら勢いよく袋の中に手を突っ込んだ。


「こんな事なら、朝から買い出しに行ってれば良かったわっ」


「アミーリア、それ毎年言ってる」


 同じくビニール袋に手を入れたスノウが的確にツッコミをいれる。

 ガサガサと鳴る音に私も黒猫たちも興味津々だ。


「何を買ってきたの?」


 思わず声をかけた。

 今回の私は、準備に絶対の自信がある。一体、何が足りないと思われたのか。二人の手元をジッと見つめていると、それはいきなり私の鼻先に突きつけられた。


「はい!追加のお肉!」


 二人のビニール袋から出てきたのは、肉だった。それも——。


「仔牛肉だわっ!!」


 昔の私は人間の子どもの肉が一番だと思っていたが、ここ二百余年間最近は人間の子どもは食べなくなった。何を食べているのか知らないが、格段に不味くなっているからだ。ついでに言えば、大人のものは毒の塊のようで食べられた物ではない。

 代わりに私が百年程近年愛してやまないのが、この小さな島国の牛肉だ。その名も和牛。

それが招いた二人の魔女友人から差し出された為、私は思わず叫んでしまった。しかも今日準備してある肉より、更に量が多い。

 ……でも一体、何故?

 私は、あまりの肉の美しさに鼻息が荒くなるのを感じながらも、不思議そうに目を瞬いた。

 するとアミーリアはぷいっ、と顔を背けながら呟いた。照れ隠しをするときの彼女の癖だ。


「……あんた、今年で五百五十五歳でしょう?ささやかなお祝いよ」


 対してスノウは、緩い口調で言葉を継いだ。いつもと変わらない、安定の緩さだった。


「そういうことよ、はい。記念年おめでとー」


 アミーリアは仏頂面で、スノウはニコニコ顔で特上の仔牛肉のパックを差し出した。

 艶々の肉を見て、私の顔はだらしなく崩れた。

 肉、肉、肉だ!

 微かに震える手で肉のパックを受け取ると、私は叫んだ。


「ありがとう二人とも!やったー!今日は肉祭りよー!!」


 現代を生きる魔女は、魔女友人たちからもらった特上牛肉のパックを持って、喜びのあまりその場で踊った。そして私の足元では、使い魔の黒猫たちが私と一緒に合唱した……。


 ◆


 その後、改めて開かれた魔女集会で私はいつもの三倍の牛肉を口いっぱいに頬張った。人の子が言うには、牛肉には幸せホルモンなるものがあるんだそうな。よって今の私は最高に幸せだ。



 五百年来の付き合いの魔女仲間友人のおかげで、今年の魔女集会サバトは、最高の魔女集会肉祭りになりましたとさ。





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サ バ ト ヒトリシズカ @SUH

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