四年後の君を想うと。

アイオイ アクト

四年後の君を想うと。

 僕が最初に好きになるのは、いつも髪の毛だった。


「髪……ですか? 自信がないです」


「ゴワゴワしてしまったので、短くしました」


「へへ、今日はトリートメントしてきたからフワフワでしょ?」


「ちょっとクセができちゃってさ」


 長くても短くても、ふわっとしていても、カチっとしていても、ウェーブを描いていたって、似合っていればどうでもいい。

 愛しいその髪の毛にドライヤーをかけたり梳かしたり、時にはアイロンを当てたり。ヘアサロンに来てるみたいと言われることもあれば、時間をかけすぎじゃないかと怒られることもあった。

 本当はもっともっと時間をかけたいところを我慢しているのに。



 続きに好きになるのは、耳。

 僕はいつも耳掃除をさせてくれとせがむ。


「え? 綿棒で表面だけにしてくださいね」


「耳掃除って頻繁にしないほうが良いんですよ?」


「信じるからね、そんなに奥を攻めないでくれる?」


「もう。また耳掃除したいの?」


 綿棒で耳の形を堪能していると、くすぐったいと笑われたり、しつこいとちょっと怒られたりもする。でも、やめられないんだよ。

 僕の膝に乗せられる反対側の耳の感触も好きだ。愛する人の耳の形はいつだってっきれいで、いつだって心地よい感触を僕の膝に残してくれる。



 その次は爪。


「爪……えと、ネイルサロンに通おうとは思っているんですけど」


「ネイルですか? やっぱりやめておこうかと」


「え? 爪を? 明日プロにきれいにしてもらうんだけど」


「ごめん。ネイル行ってきちゃった」


 本当は素のままが好きだけれど、ネイルをしていても構わない。それは僕によく見られたいと思ってしてくれているかもしれないから。

 ネイルサロンへ行く前にはちょっとだけ爪を切らせてもらって、ポリッシャーをかけさせてもらう。させてもらえないことがあると、わざと機嫌を損なったような態度を取ってしまうのは僕の悪い癖だ。



 肩から首のラインも、いつの間にか好きになる。

 肩もみには自信があった。


「ありがとうございます。気持ちいいです」


「あの、肩、またお願いしてもいいですか?」


「え? そんなに凝ってないんだけど」


「ねぇ、肩揉んでよ」


 肩の筋肉の返してくる感触に応じて力を加減する。心底リラックスしてくれている表情が、とても好きだ。

 いつの間にか眠ってしまう時もあるけれど、それはそれで愛おしい。

 一時間でも二時間でも肩に触れていたいと想うのは我ながら気持ちが悪いけれど。



 そして最後に好きになるのは、決まって心だ。

 その美しくて純粋で、優しい心に触れたくなる。

 気持ちの中に土足で踏み込むようなことをするわけじゃない。ただその心に触れたいんだ。直接、この手で。


 一年ずつ、四人の心に触れた。

 どれもきれいで、将来を誓い合ったのに、心に触れた瞬間、二度と言葉を発してくれなくなる。

 髪を梳いても、耳掃除をしても、爪を整えても、心に直接触れても。


 だから僕はこれからも、たくさんの人の心に触れたいと思う。

 たとえ、二度と話してくれなくなったとしても。


 艶やかで、瑞々しくて、真っ赤で、鉄の匂いが香る美しいその心に。

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