四期一会

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四期一会

誠治:

 花が散ってから気づいたことがあるんですけど、聞いてもいいですか。


 美露さん。


美露:

 ええ、いいですよ。

 わたしとあなたは一度遭ったきりでそのままわたしはいなくなってしまったんですから。

 あなたとのやりとりは細大漏らさず成し遂げておきたいんです。


 どうぞ。


誠治:

 では、教えてください。


 真夏の暑いとろけるような午後に、僕と貴女が歩いた神社の中に、とてもあざやかなピンクの花がたわわに咲いていた木がありましたよね?


 あの木に花が咲くところを、一昨年も、去年も、今年も見たことがないんです。

 同じ真夏の日を選んで、僕と貴女が熱中症の危険を冒して歩いたあの道程を、僕は毎年なぞらえてきたんですけど、一度もあの美しい、少しだけ冗談みたいに大振りのピンクの花を、決して見ることはなかったんです。


 どうして咲かないんでしょう?


美露:

 あの花の木はですね。四期一会しごいちえと言って四年に一回しか華をつけない木なんです。

 今にして思えば暑さにへばりながらも写真に撮ってわたしのブログにアップしておくべきでした。


誠治:

 そうだったんですか・・・

 じゃあ、来年は咲きますよね?


美露:

 多分、咲くのでしょう。

 でも、誠治さん。


誠治:

 はい。


美露:

 貴方はもうわたしのことを記憶から消した方がよいですよ。

 このブログも、閉鎖してしまおうかと思っていますよ。


誠治:

 そんなこと言わないでください。

 それに、もう貴女は自分でこのブログを消すことは物理的にできないでしょう?


美露:

 そうですね・・・確かにその通りですね。

 では、わたしの母を使って消しましょうか。


誠治:

 やめてください!

 僕を、ひとりにしないでください。


美露:

 誠治さんは高校生になって、だからフルマラソンを走る許可も出るのでしょう?走る仲間もできて、おひとりではないじゃないですか。


誠治:

 僕は、美露さんがいいんです!

 僕にとって女性は美露さんだけなんです・・・


美露:

 困った方ですね・・・順次歳を重ねていたとしたら、わたしは今38ですよ?

 おばさんもいいところです。


誠治:

 僕のクラスメートの中に貴女みたいな子はいません。子供っぽくて、がさつで・・・


美露:

 ふふふふ・・・当たり前じゃないですか。

 その子たちはみんな10代なんですから。


誠治:

 時々ものすごく不安になるんです。

 美露さん。

 貴女は、僕にお情けで『好きになった』なんてブログに書き残したんですか?


美露:

 ・・・意地悪しないでください。

 わたしはほんとうに貴方が好きです。

 あの時、貴方と出会えたのに、わたしがいなくなってしまわなくてはならないことが本当に辛かったです。


誠治:

 ならば、ずっとこうして居てください。

 僕を絶望させないでください。


美露:

 ならば誠治さん。

 来年がその四年目です。

 来年、華が咲いたら、それでお別れにしましょう。


誠治:

 華が、貴女だと思っていいんですか。


美露:

 もちろんです。

 わたしはそのために思いっきりおしゃれをして・・・そうですね。

 花と同じピンクの頬紅を薄くつけてみましょうか。




 誠治はそれから一年間、フルマラソンに出場できる19歳の誕生日を迎えるまで、美露と歩いたその10kmの道のりを走り続けた。


 そして真夏の太陽があの日と同じように照っている、そのアスファルトの照り返しすら愛おしい美露との記憶として走り続けた。


 お盆近い今日、とうとうその木が、一輪のピンクの華をつけた。


「美露さん。不思議だ。どうしてこの木は真夏なのに、まるで春のような華を咲かせるんだろう・・・」


 神社の、木の真下から見上げている誠治のウエスト・ポーチが、ぶるん、と震えた。スマホに通知が入ったのだ。


「美露さんのブログの更新通知だ・・・どうしてこんな時間に?」


 美露がいなくなってから、ブログの更新は必ず夜だった。

 四年間、ずっとそうだったのに、今日初めて、真昼の時間に更新された。


 誠治はブログを読んだ。


美露:

 誠治さん。

 これでほんとうにお別れですね。


誠治:

 嫌です。四年後にはまた咲くんですよね?だったら同じようにしてまた四年間を僕は過ごします。


美露:

 四期一会しごいちえ死後一会しごいちえでもあるんですよ。わたしが死んでからたった一度。こうして遭えたんですから。


誠治:

 嫌です!もっとずっと貴女と一緒に居たい!


美露:

 駄々っ子だね。



 ?


「文体が、急に変わった・・・?」


 神社の、枝を支柱で支えられた老桜の木の木陰から、一人の少女が歩いて来た。

 スマホに忙しく文字を打ち込みながら。


 誠治を指差して、見て、と合図している。


美露:

 わたしは美桃びとう。美露おばさまの姪だよ。


「えっ・・・・・?」


 こんにちは、とその少女はスリーピースバンドの黒と黄色の濃いTシャツにも映えるぐらいのピンクの紅をさした頬に、にこっ、と笑みを浮かべた。


「もしかして、キミがブログを・・・」

「そうだよ。美露おばさまがリンパ腫で亡くなってお葬式が終わってもまだブログにコメントが入ってくるって美露おばさまのおかあさまから相談されてね。ほら、年配の方はSNSの使い方とか分からないから」

「なんでこんなことを・・・」

「ふふっ、よく言うよ。だって誠治くんの書いて来る文章、まるで今にも死んじゃうみたいに思い詰めてたんだもん」

「・・・僕をからかってたのか」

「なんでそう思うかな。それを言うなら誠治くんはほんとにおばさまが書いてる、って思ってたの?」

「いや・・・そんなことあるわけないって分かってたけど、でも、もしかしたら、って・・・」


 誠治は悲しみだけでない、言いようのない悔し涙をにじませた。


 どうして美露さんじゃないんだ、と目の前に突然現れた美桃に言われのない憎しみすら持ちそうな気持ちだった。


 だが、美桃は、余りにもあっけらかんと言った。


 まるで物語の始まりみたいに。


「ねえ、誠治くん。わたしって美露おばさまにすごく似てるって思わない?」

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