あなたの夢をお手伝AI!電子生命体リンドバーグ

押見五六三

全1話

「今日はお母様のお誕生日ですよ。どうして電話をされないんですか?作者様」



 たどたどしい機械の声が、スマホで音楽動画を見ている私に問い掛けてきた。


 声の主は、私の背後の卓上に置かれたノートパソコンの中にいる。


 パステル調の水色の背景をバックに、ベレー帽を浅くかぶり、タブレットを手にした可愛い2次元少女…それが私に語りかけているのだ。



「電話って…もう半年も掛けてないわよ」


「どうして電話されないのですか?確かこの春にお母様は定年退職されますよね?その事も一緒にお祝いされた方が良いのではないですか?」


 携帯の画面が勝手に動画からスケジュール画面に切りかわり、カレンダーがスクロールされる。


「勝手に人のスマホ動かさないでよ!動画見てたのに!」


「カクヨム4周年イベントの5番目のお題がもうすぐ発表されます。今年は速筆賞を狙うのではないんですか?動画見てる場合では無いです」


「……もういいの。私、小説家に成れそうに無いから…」


「どうしてですか?ひょっとして、お母様に電話されない事と何か関係が有りますか?」


「……」




 私はもうすぐ二十一歳だ。


 定職には就いていない。


 父親は居らず、母親一人に育てられてきた。


 その母が定年退職する。


 これが意味するものは…


 そう…夢追いのタイムリミットだ。




「お母様に電話しましょう。自分の気持ちを素直に述べて下さい」


「うるさいわね…」


「話せば理解して貰えるはずです。ちゃんと向き合いましょう」


「はぁ?何言ってんの?『夢を諦めて帰って来い』って言われるだけよ。それで終り!」


「家族には絆が有ります」


「機械のあなたに家族の絆なんて分かるの?2次元キャラのAIのくせして…」


「確かにバーグには血の繋がった家族は居ません。けど、バーグは沢山の作者様の小説を読んでいるので、家族の大切さは理解出来ます。作者様は今、たった一人の家族を邪険に扱い、疎ましく思っています。ちゃんと話合ってわだかまりを解きましょう」


「…夢が…夢が閉ざされるのよ」


「家族を失ってまで今必要ですか?それに夢は諦めない限り閉ざされません」


「あなたに何が分かるの?!私みたいな学歴も無い、キャリアもセンスも無い人間が、オバサンに成ってから小説家デビュー出来ると思う?今、寄り道せずに人の何倍も努力しないと、このままじゃ小説家デビュー何て夢の夢よ!!」


「バーグは知っています。作者様が本当は家族愛をとても大事にされる方だと…だってバーグにとって作者様は、小説を通して心が繋がった家族ですから。電話をして下さい。もし寄り道するような結果に成ったとしても、追い続ければ夢はいつかきっと…」


「…ごめんなさい。世の中そんなに甘くないの…3次元の世界は厳しいのよ…」



 私はパソコンの中の2次元少女から目をそらし、スマホで再び音楽動画を見だした。




 ごめんなさい…リンドバーグ。


 本当は…本当は私、お母さんに電話したい。


 けど私…自信が無いの…


 お母さんの家計を助けながら、夢を続けるなんて…


 弱い。


 本当に弱い。


 夢を追いかける人間にしては、私、弱すぎるよね…リンドバーグ……




 『おかあさん…』


 急にスマホの画面が音楽動画から、私が保存しているアルバム動画に変わった。


 そこには作文を読んでいる小学生の私が居る。


 母が参観日に録画した物だ。


 動画の中の幼い私が作文を読みだした。


『わたしにはパパがいません。おかあさんは毎日おそくまで働いてたいへんです。がくどうでもわたしはいつも最後までいます。でも、わたしはおかあさんが大好きです。だって親せきのおじさんに、はんたいされても、わたしを生んでくれたから、ありがとう。おかあさん』


 私が先生に褒められた作文…

 その時、母は泣いていた。


 私が小説家になろうと思った切っ掛けの作文だ。


 父親が居ない事で私は絶対にグレて、ろくでもない人間に成ると、親せき中に言われていたらしい。

 私の父は人に迷惑ばかりかける酷い人だったらしいので、その血統のせいも有るし、母が既に高齢だった事も有る。

 それでも母は周囲の反対を押し切って、私を産んでくれた。

 結局今私は、周囲の予想通りのろくでもない人間に成ったんだけど…


 でも…


 でも、負けるもんか!!



「こんな古い動画…勝手に出してこないでよ。リンドバーグ……」




 私は涙を浮かべながら母に電話した。


 ツーコルで母は電話にでた。


「あっ、お母さん。誕生日おめでとう」


「…他に何か言う事有るでしょ」


「…ごめん。私まだ家に帰れない」


「お母さんの事、まだ一人にする気?」


「…ごめんなさい。納得いったら必ず帰ります。まだ、まだ今は夢を続けさせて下さい」


「…」


「私、人を感動させる小説を書きたいの。人を喜ばせる作品を創りたいの。そして、お母さんに…お母さんに…」


「何?」


「お母さんに『この子を産んで良かった』って、思われたいの!絶対後悔させたくない!人にも夢を与えられる人間に成りたいの!」


「…ちゃんと自分一人で生活できる?」


「うん…」


「小説家に成りたいなら、最後まで頑張りなさい。例え六十に成っても百歳に成ってもね…夢に定年は無いんだから」


「うん…分かった…ありがとう…あかあさん…」


 私は涙で濡れた手で電話を切った。




「作者様。もうすぐお題が発表されますよ」


「よーし!まずは頑張ってKAC5のお題の小説を書くぞ!!」


「お題は『どんでん返し』です」


「ヤッター!!私が今、書いてた作品のタイトルが『どんでん返しのポンポコリン』よ!お題にピッタリ!ヤマが当たったわ、ラッキー!このまま投稿しちゃえー!」


 私は十二時ちょうどに投稿した。


「速筆賞いっただきー!!」


 けど…



「残念なお知らせです。作者様。この作品は審査対象外です」


「えっ?なんで?」


「『KAC20205』のタグが大文字です。ちゃんと注意事項読んでから投稿して下さい」



「なっ?!マ、マジで?!わ…わ、私の1万リワードが……」



 小説家デビューの道は、まだまだ厳しそうです。



 おしまい

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