幻影遊園地にて
工藤 流優空
0話であり終章
夜の広場で、月明かりと古びたメリーゴーランドの照明だけが光っている。人通りのない真夜中、一つの足音が響き始める。
足音は、メリーゴーラウンドの前で止まった。回転灯の照明に照らされて現れたのは、一人の女性だった。
女性は、肩から下げていた鞄から、一つの封筒をとりだした。封筒には、
『招待状』
とだけ書かれている。女性は、封筒から便せんを取り出す。メリーゴーラウンドや、ジェットコースター、観覧車。遊園地を彷彿とさせる絵柄の描かれた便せんに書かれた文言を、女性はすでに覚えている。
『ご存知の通り、宝森ドリームワールドは、十六年前の今日、閉園いたしました。しかし四年に一度だけ、うるう年の年に、一日限りの復活をとげてまいりました。そんな宝森ドリームワールドが今宵、復活いたします。ぜひお越しください』
女性は文言を確認したあと、便せんを封筒になおすと、かばんにしまった。これは今朝、ポストに投函されていたものだ。自分宛てに送られてきたこの手紙を、最初は女性は悪い冗談だろうと思った。
宝森ドリームワールドというのは、十六年前の二月二十九日に閉園した遊園地のことだ。閉園した年、女性は十歳の子どもだった。今は、社会人となって働いている。
宝森ドリームワールドの面影は、当時からそこにあったメリーゴーラウンドのみだ。現在跡地の周りは高級マンションが立ちならび、様々な店が軒を連ねている。
おそらく、ここに遊園地があったことを記憶している人は年を経るごとに減っていくのだろう。女性は、メリーゴーラウンドを見つめる。
白い屋根に金の縁取りをされたメリーゴーラウンド。当時はきれいだったはずの白い塗装は、今は黒ずみ、変色してしまっている。
宝森ドリームワールドの象徴的なアトラクションの一つだったメリーゴーラウンド。これだけを跡地に残し、他のアトラクションやオブジェなどはすべて、閉園と同時に撤去されてしまった。
女性は、もっとよく見ようとメリーゴーラウンドに一歩ずつ近づく。その時だった。
「……それ以上近づくと、招待状が発動するぞ」
静かな声。振り返ると一人の青年が腕組みをしながら女性を見つめていた。薄い茶色の髪がさらさらとゆれている。
「どういうことでしょう」
女性が怪訝そうに尋ねる。
「そのままの意味だ。アンタの持っている招待状が発動して遊園地に連れて行かれる。それだけだ」
そう言ってから、青年は真剣な目をして女性を見る。
「こちらの世界に戻ってこられる保証はない。それでもかまわないというんなら、オレは止めない。アンタの好きにしな。でも」
青年はメリーゴーラウンドをにらむ。
「その覚悟がないんなら、今すぐ引き返せ」
その時だった。静寂に包まれていた広場に、大音量の音楽が流れ始める。女性と青年がメリーゴーラウンドを振り返ると、無人であるはずのメリーゴーラウンドが稼働し始めていた。
それを見て、青年はきっと女性をにらんだ。
「……もう、時間がない。その気がないなら今すぐここから離れろ。取り返しのつかないことになる」
「……行きます」
女性の答えに、青年の目が大きく見開かれる。
「なんか、よく分からないですけど。でも、このままここにいれば、遊園地に入れるってことなんでしょ?」
青年は黙っている。女性は言葉を続けた。
「正直、今の生活から抜け出せるんなら、なんでもいいわ」
「……それは肯定の意味だと、遊園地は受け取るぞ」
青年はため息をつくと、女性から距離をとる。そして冷たく言い放つ。
「……お望み通りの結末になるといいがな」
ぎしぎしと音を立てながら回っていたメリーゴーラウンドからきしむ音が消え始める。さっきまで黒ずんで年季を感じさせていたメリーゴーラウンドが、少しずつ美しさを取り戻し始める。
ほこりっぽかったメリーゴーラウンドの馬や馬車、しまうま、きりんの乗り物がかがやきを取り戻し、金の装飾も光沢を放ち始める。
女性がうっとりと眺めていると、メリーゴーラウンドの回転速度がどんどん上がり始め……。まぶしく光った。一瞬、女性の視界が真っ白になった。
そして次の瞬間には、メリーゴーラウンドも、青年の姿も消えていた。そして目の前には、大きな看板。
そこには大きな文字。
『宝森ドリームワールド』
そして、窓口があってそこには、チケット販売のおばあさんがいる。窓口のとなりの入場口からは、奥の様子が見えた。今はもう失われたゴーカートの乗り場。それは、幼いころ、何度も両親と訪れた宝森ドリームワールドの様子に間違いなかった。
おばあさんは、女性を見ると、にっこりほほえんだ。
「おやまぁお客さんかえ? 今宵は特別開放。招待状が入場券替わりさ。……さぁさぁ、このばあさんに招待状を見せておくれ」
言われた通りに、女性はおばあさんに持ってきた招待状を見せる。おばあさんは、招待状を受け取ると、一枚のチケットを女性に手渡した。
そのチケットを見て、女性はあっと声をあげた。当時の宝森ドリームワールドの入場券と同じだったのだ。ドリームワールドのマスコットキャラクターが描かれたチケット。昔自分が受け取ったものと違うのは、大人用となっているところだけだ。
女性がチケットを持って入場口に立った時である。先ほどの青年の言葉が頭をよぎった。
「こちらの世界に戻ってこられる保証はない。それでもかまわないというんなら、オレは止めない。アンタの好きにしな」
これはどういう意味だったのだろう。女性は思った。しかし同時にこうも思った。今の生活とさよならできるのなら、あとのことはどうでもいい。
入場口を通ろうとするとき、窓口のおばあさんの言葉が風に乗って聞こえて来た。
「気をつけていくんだよ」
その後女性がどうなったか知る者は、みな口をとざす。
幻影遊園地にて 工藤 流優空 @ruku_sousaku
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