四年に一度の能力者

九十九 千尋

Continue...?


「もう大丈夫だよ、鋼太こうた


 そういって、泣きじゃくる僕に幼馴染の杏那あんなが手を差し出した。


「ありがとう。ごめん。ごめんなさい」


 泣きじゃくる僕に、杏那はため息交じりに僕に僕に言う。


「じゃあ、いつか代わりにいつか助けてくれれば、それでいいよ」


 僕は、このことをずっと覚えていた。








 のだが……

 当時小学三年生。現在は高校二年生。時の流れとは早いもので、この思い出話を遠回しに杏那に聞いてみたところ、返ってきた言葉は……


「そんなのあったっけ?」


 僕の八年来の思い出は忘れられていた。

 確かにああは言われたものの、僕が彼女を助けに入る機会は一度として訪れなかったから仕方がないかもしれないが、時間の流れが彼女を変えていたのも原因だろう。

 杏那は高校に入るころには、髪も染め、ピアスも空ける不良になっていた。昔一緒にカブト虫を取りに行ったのが懐かしい……


 何よりも衝撃的だったのが……彼女は、悪役ヴィランになっていたことだ。






 八年前、誰かが噂をしていた。


「ゲノム研究で、人間に特殊な能力を付与することができるようになったらしい」


 あるいは、ニュースで言っていた。


「ゲノム改造の技術がネット上で拡散し、誰でも超人になれるらしい」


 更に近年の情報番組では……


「日本では銃刀法はあるが、特殊能力保持に関する法整備が追い付いていない。自衛のために進んで自身のゲノムを改造するべきだ」



 そして、人々は三種類に分けられた。

正義の味方ヒーロー」と「悪役ヴィラン」、そして「市民ノーアビリティ」だ。


 能力は実際に遺伝子ゲノムを見るまでは、得られるかどうか、どういう能力を得るかも未知数だった。

 己の欲望の為に能力を振るう悪役と、それによって被害を受ける市民を守る正義の味方、という構図が出来上がったのは近年の事だ。


 実在するヒーローを人々は受け入れた。彼らの記事が世論を席巻し、彼らの善行を連日連夜ニュースは取り上げている。


 何かしら特別な能力を得たなら正義の味方になるべきなんだ。

 だが……幼馴染は、悪役をやっている。そうだと僕は気づいている。なんとかして、彼女を説得しなければ。じゃないと、彼女が正義の味方に討たれてしまう。その前に……




 などと考え事をしている僕を、嫌な声が現実の学校の教室に引き戻した。


「おい、何してるんだよ」


 そう言って、いじめっ子が僕のスマホを横取りし、見ていた記事を音読し始める。


「『正義の味方の代名詞、閃斬光せんざんこうの二つ名を持つ、藤成ふじなり とおるが主催する四年に一度のヒーロー集会。いつも通り四月二十九日開催』だってよ。お前、明日参加すんのかよ、市民ノーアビのくせに」


 そう。“僕の遺伝子は何の能力も得られない”と聞かされたのはもう何年も前だ。


「ヒーローの集会日時とか気にするなら、何か能力手に入れてからにしろよ」


 直後、僕のスマホは横から現れた幼馴染の杏那がかっさらい、僕の手に返された。


「はい、鋼太。携帯。あ、でさ、ちょっと話したいことがあるんだけど……」


 杏那はいじめっ子を完全に無視して僕に何か話を切り出そうとしたが、いじめっ子が杏那の肩を掴んだ。


「おい!」

「え、何? ごめん。悪い人って私気付けない体質なの。どっかいってくれる?」


 いじめっ子が解らせてやると言わんばかりに拳を振り上げたが、彼の目の前に火花が派手な音を共に広がる。爆ぜた光が彼の前髪を焦がし、その威嚇に彼は思わず尻もちをついた。

 場所を移そうと彼女に言われ、僕は杏那に連れられてその場を後にした。








 彼女に連れられ学校の屋上に出た。本当は屋上も出入り禁止のはずなのだけど。


「よし、ここなら満足に話せるね。明日の二月二十九日、鋼太の誕生日に……」


 彼女は校則を破ることも厭わなくなっているのだろうか? それは、本当に悪役ヴィランだからなのか……ピアスだって……


「ちょっと? 聞いてる?」

「あのさ!」


 彼女の言葉を遮って僕は言った。


「杏那、もしかして……その、能力を悪いことに使ってる?」


 空はとても青く、気持ちの良い風が吹き抜ける。風の音と生徒たちの遠い雑踏の音。それがしばらく流れた。

 そして、彼女は口を開いた。


「そっか。鋼太は気づいたか。そうか。えへへ」

「何笑ってるんだよ! 悪役ヴィランなんて、正義の味方ヒーローに倒される存在なんだよ! 犯罪者みたいに扱われるんだ! 僕はそんなの、杏那がそういう風にされたら嫌なんだよ!」


 へらへらと笑った彼女の顔から、笑顔は消えきらず、だがなんとか口を真一文字に結ぼうとしながら、杏那は僕に言った。


「OK、言いたいことは解った。それなら、お願いなんだけど、良いかな? このお願い聞いてくれたら、私、正義の味方ヒーローに転向してもいいから!」




 そのお願いを聞いたばかりに、僕は翌日、二月二十九日にフレイムロータスと名乗る悪役ヴィランと共に住居侵入、器物損壊といった行動をとることになった。


「もう少し僕の外見何とかならなかった?」

「我慢して。それぐらいしか男の子でも着れそうなの無かったんだから」


 彼女が昔試作して失敗した変装の一つだという、真っ黒な燕尾服に黒い仮面というなかなか恥ずかしい姿の僕を、赤いタイトなライダースーツのような姿の杏那が、とある場所へと導いた。


「でもなんで、よりによってここなの!?」


 そう、よりにもよって、ヒーロー集会の会場、その楽屋の天井裏になのか。


「静かに。この下には“閃斬光”が居るんだから」

「“閃斬光”って、あの藤成 透!? 触れずに物を斬る能力者の正義の味方ヒーローじゃないか!」

「待ってね。……ほら、聞きやすくなった」


 そう言って彼女は小さなアンテナを自身のスマホに差した。すると画面にノイズが走り、徐々に誰か、複数人の男性の話し声が聞こえてくるのが解った。罪状に盗聴も増えるようだ。

 その声が言うには……


「藤成さんのおかげで視聴率は上がっています。スポンサー協力も引く手数多。これからも我がテレビ局をお願いします」

「いや、せっかくならうちの新聞社に」

「うちはネット記事を書いております」


 それらの声を制するように誰かが、テレビで聞いたことのある声が言う。


「困ります、皆さん。その言い分ではまるで“正義の味方ヒーローがお金のために活動している”かのようではないですか」


 その言葉に笑い声がおき、続けて誰かが言う。


「何をおっしゃる。正義の味方ヒーローなんて居ませんよ。全部、我々メディアがでっち上げた物だ」

「民衆も助かっているのですよ。悪役ヴィランの方の中には、“予め依頼していた被害”をしっかり出してくれる人もいるじゃないですか。大事なことですよ。悪事が解決される様を見て、群衆は安心するんですから」


 そしてまた笑い声が起きる。


 フレイムロータスが僕に小声で言う。


「解った? 正義の味方ヒーロー悪役ヴィランも、ついでに一部の市民マスメディアも結託してるの。何も知らない市民ノーアビリティを巻き込んでね」


 僕は混乱した。何を聞かされたのかも、何が目の前で起きていたかも、どちらも理解できなかった。したくなかった。


「だから、騙してごめん。でも、何が正しいかは、自分の心で決めるから」


 そして、彼女が戦う真の悪も理解できた。できてしまった。それは同時に、僕の無力さも理解するはめになった。



 『せめて、僕に戦う力があれば。何かきっかけがあれば』……



 直後、気になる単語が聞こえた。


「ところで、どうして四年に一度、正義の味方ヒーローの集会を開こうと?」

「人を探しているのですよ。十六年前に生まれた、を。閏日にしか能力が使えないが、強力な能力者です。確か、二月二十九日に生まれの……」


 その話に気を取られた次の瞬間。天井板が軋んだ。


「天井裏だ! 誰か居るぞ!」


 誰かの声に応えるように、僕らの乗っていた天井板が切り裂かれて楽屋に落とされ、僕と杏那が楽屋の床に落とされる。

 それを受けて大の男たちが楽屋の隅に逃げる。どうやらマスメディアの人々らしい。

 そんな中、煌びやかな複数の企業ステッカーを付けた衣装を着た“閃斬光” 藤成 透が、全く動じた様子もなく僕らの前に立っていた。


「おや、客ですか」

「客じゃない! 私にはフレイムロータスって……」


 藤成に向かって、フレイムロータスが立ち上がって名乗ろうとした直後、遮るように彼が言う。


「二つ名になど無意味ですよ、お嬢さん」


 そして、ふっと手をかざした瞬間、杏那の体から血が噴き出した。


「我々は所詮、一部の群衆真の巨悪の玩具です。私もね……可哀想ですが、口封じをさせてもらいます」


 彼女が倒れ、僕は思わず彼女に駆け寄った。

 彼女が何か喋ろうと口を開くが、流れ出る血がそれを邪魔する。傷口が広く両手で持抑えきれそうにもない。


「大丈夫。大丈夫だよ、杏那。なんとか、なんとかするから!」


 どうしたら……誰か、杏那を……『彼女を助けたい』んだ! 『彼女に能力が無ければ』、こんなことには! 



 直後、世界が急に白んでいく。

 それを藤成が見て言う。


「ああ! そうか! 君がそうなのか! 次は最初にんだ、必ず!! 彼女を、世界を助けられるのは君しか……」



 そして、全ての音が消えた。












 

 





 なんだ? 何が起きた? 真っ白だ……



 などと思っている僕を、杏那の声が現実の学校の教室に引き戻した。


「鋼太、あのね、明日の、鋼太の誕生日のことを話したいんだけど、今時間いいかな?」


 そう杏那の声で喋ったのは、黒髪の地味な女の子だ。


「杏那? その恰好は? 傷は?」

「え? 何、どうしたの、鋼太。私、何かおかしい?」


 彼女は全く真面目な女子生徒という風貌だった。


「いや、だってさっきまで……」


 さっきまで?

 ふと、スマホの日付を見ると、日時がおかしい。気のせいでなければのか……? 夢だったのだろうか?

 杏那が心配そうに言う。


「ねぇ……鋼太、何か危ないこと、私に隠れてしてない? また発火能力の悪用、とか……」


 発火能力があるのは杏那では? という言葉を飲み込み、ふと、わずかに今の状況に関する答えが脳裏をよぎった。


「巻き戻ったんじゃない。んだ」



 閏日にだけほど強力な能力が使える、十六年前の閏日に生まれた能力者は、もしかして……





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四年に一度の能力者 九十九 千尋 @tsukuhi

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