第54話『いつか、そのときまで』
「見違えたなぁ」
「ええ、本当に。土地に精霊が戻るだけで、こんなにも変わるものなのですね」
揺れる馬車の窓の向こうに見える景色。
それを眺めて思わずぽつりと呟いてしまった言葉に、正面に座るクロさんが返す。
視線を戻せば、彼女も同じように窓の外へと目を向けて双眸を穏やかに細めている。
あれから——《願いの坩堝》、故郷であるガイランドから戻ってから、二ヵ月が経とうとしていた。
これだけ経過してガイランドからなんの音沙汰もないということは、兄であるシックスは約束を守り、俺たちが訪れていたことは黙っているのだろう。
まぁ、アスペル曰く「バレル湖を去る前に、気絶している間に彼の精神に侵入して、ワタシがキミの姿に扮し、うんと脅したおかげだよ」などと言っていたから、あいつのお陰なのかもしれない。
……俺の姿に扮して、という言葉がかなり気になったけど、詳しく聞くと後悔しそうなのでやめておくことにした。
国に戻ってきてからは、《精霊の王》であるアスペルの言葉に従い、エンドゥスの国土を駆け回り、各地に精霊の王の力を注ぎ込んでいく。
精霊がいなくなったことで、断裂した『地脈』という彼らの力が流れる道を修復しながら、精霊たちを呼び戻していく作業を行っている、とアスペルは言った。
そして——俺がこの国に来たときは荒れ果て、黄土色のみだった大地は、今ではその身に緑の衣をまといはじめている。
きっとそれは、大地に精霊が戻った証。
そうしているうちに、馬車は《拓かずの森》に着き、以前よりも離れた場所で止まる。
なぜなら、馬車で通ることができない理由を作ったから。
下車してすぐに目に入るのは畑。
そう。精霊が戻った今、《始まりの畑》以外にも作物を育てられるかを確かめるために、新たに大地を耕したのだ。
「みんな、お疲れ様」
「セブン様ぁー! 姐さーん!」
「この新しい鍬、最高ですよ! ありがとうございます!」
「……(ぺこり)」
「はは、鍬の礼は街にいるツルキィに言ってあげてくれ。きっと喜ぶよ」
森へと続くあぜ道の上を歩きながら、作業をしている者たちに声をかける。
すると、作業を中断し、元気な声を返してくれる者や、木製の柄の先に鈍い黒銀色の穂先を持つ鍬を見せるように振ってみせる人間の姿。
そしてその中にはわずかに——人間の中に混じり、寡黙に礼する森族のゴブリンやドワーフたちの姿もあった。
これが、街の近くではなく森のそばに新たな畑を作った理由の一つ。
もともと、今回の件が片付いたら少しずつ森族の彼らに、人間の街に触れてもらいとは考えていた。
だが期せずして同じ森族であるツルキィが、人間の街で暮らしていることを知った森族の中に、自分も街へと行ってみたいと言う者が現れはじめたのだ。
なので、希望する者にはひとまず開拓や農作業に参加してもらい、賃金を与えつつ人間にも慣れてもらう運びとした。
もちろんそこには、この機会に人間も森族と親しくなってほしいという打算もある。
最初は気不味さも見受けられたが、一ヵ月以上が経ったいまはそんな雰囲気も薄まっているように思え、嬉しさを覚えずにはいられない。
どんどん自分の口角が上がっていくのを感じる。
きっといつか、この光景を当たり前に——、
「はぁ……まったく、王としての威厳も何もない」
「——えっ!?」
そんなことを考えていると、背後に控えるクロさんからそんな呆れまじり言葉が聞こえ、びくりと肩が跳ねる。
なにか機嫌を損ねることでもしただろうかと思いながら、そろりと振り返ると、その瞳はこちらを見てはおらず、視線は森の上の方へと向けられていた。
同じようにそちらを見やれば、そこには——、
「ファフニル……ん?」
長い首を思い切り伸ばし、樹上に顔を覗かせてこちらに視線を注ぐ黒い竜の姿が。
だがいつもと様子が違う。
なにかを伝えようとしているのかその大きな顎を開いたり閉じたりしているのだ。
どこか焦っているようにも見える。
そしてなにより、その頭の上にはなぜか人影があった。
「あれは——ナベル?」
「——! いこう、クロさん!」
クロさんが訝し気に呼んだその名は、ガラテアで別れた獣人の男のものだ。
ファフニルの鼻先でぐったりとしている彼の様子に、俺たちは森へと駆け出す。
そのとき——、
『セブンさま、約束、ちゃんと守ってくださいね?』
ふと、どこかから、もうどこにもいないはずの彼女の声が聞こえた気がした。
——うん。大丈夫だよ、ラナさん。
たとえこれからどんなことが起きようと、彼女との約束を違えるつもりはない。
——いつか、『
第七王子が本気を出したら終わりです~王子なのに必要ないと《終わりの国》に養子に出された俺は、そこで国王となって国を救い世界を革命する~ 凪明日麿 @nagiasuma
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