なんでも探偵会社事件簿~現代お菊は可憐な歌姫

かみたか さち

現代お菊は可憐な歌姫

 踏み切り警報機の音が、二日酔いの頭に痛い。

 うららかな初夏の朝に似合わない渋面で、古谷新ふるたに あらたは遮断機の前に立った。四十を目前に、明け方まで飲みながらビデオ鑑賞をしてしまったことを後悔した。飲むと、感動の名作を鑑賞したくなる。心揺さぶられると、飲みたくなる。悪しきループに嵌り、ネットレンタルで名作を漁っているうちに朝を迎えた。警報機の音に合わせ、こめかみ辺りが疼く。

 生あくびを噛み殺した視野の端で、白いものが回った。

 遮断機に挟まれた踏み切りに、若い女性が立っていた。レースに縁取られた白いパラソルが華麗に回った。

 おい、と声をかけようとして、息を飲み込んだ。温かな陽だまりの中にあって、彼女の周囲だけ、まとわり付くような陰湿な冷気が漂っているのを感じた。振り返る女性と目を合わせないよう、顔を背けた。

 電車が唸りを上げて通り過ぎた。

 危ないところだった。古谷は、いわゆる「見える人」であった。見えるどころか、会話も成立する。その特異な体質のため、何度か霊に頼られ、懐かれ、とり憑かれて危うい目にも遭った。あの世とこの世の区別には気をつけていたが、体調が悪いと、曖昧になってしまうのだった。

 朝っぱらから嫌な物を見てしまった。重い足取りで、職場への階段を上る。窓もなく、照明も少ないコンクリートの階段の隅には、埃を刷き清めた痕があった。社長は、今朝も先に出勤して、一通りの掃除をしてくれたようだ。

 やがて、立て付けの悪い金属の扉に張られたチラシの、でかでかとした文字が目に入った。

『得体の知れない物の怪、ゾンビ、死霊、怪奇現象などのお困りごとは、なんでも探偵会社へ』

 これが、古谷が数多の転職を繰り返した末に落ち着いた、特殊能力を活かせる職場だった。事務所ではない。れっきとした株式会社として登録されていた。

 やる気の無い挨拶をする古谷を、爽やかな明るい声が迎えた。

「おっはようございます! さささ。会議始まりますよ」

 頭に響く。眉間に皺を刻んで睨みつけた先に、昨日入社したばかりの新人、古谷の記憶が正しければ、海野リクとかいう名の青年が、モデル顔負けのイケメン笑顔を振りまいていた。社長の前に並べば、彼の股が古谷の臍の高さにある。日本人離れどころか、地球人離れした長い脚の持ち主だ。身長もそれなりに高く、平均より上背のある社長ですら、仰ぎ見る格好となった。

「困ったことになりました」

 上を向きながらなので、困った感じが薄れるのが、困ったことだった。

「ドン・よく社が、我が社を吸収合併しようと動いています」

 各地の興信所や探偵事務所をまとめる、大手会社である。同じ組合に入っているが、あちらはあくまでも現実の人々の相談を受け、『なんでも探偵会社』は怪奇現象を主に扱う。

「手を広げようって、魂胆ですか」

 苦虫を噛み潰したように呟く古谷に、社長は薄い眉の端を下げて頷いた。きょとんと首を傾げたのは、海野だった。

「え、いいじゃないですか。大手の傘下に入れば、給料だって増えるし」

「新入社員の言うことじゃないぞ」

 嗜めると、悪びれるふうもなく、細い肩をすくめる。これだから若い者は、と愚痴りたくなるのを堪え、古谷は咳払いをした。

「ドン・翼は、社員を使い捨てにすることで悪名高い会社だ。時間外呼び出しは日常茶飯事だし、山のような仕事が終わるまで束縛されるうえに残業代も出ない」

「そのようなところに、君たちのような貴重な人材を渡したくないんですよ、僕としても」

 社長が続きを引き取ってくれた。

 時間外と聞いて、海野は変な声を出して仰け反った。

「定時に退社できないと、俺、バスに乗れなくなります」

「本当に、電車じゃ来れないのか。せっかく駅近物件なのに」

「アクセス悪いんですよぉ」

 仕事の途中でも定時退社する。それが、海野採用時の条件だった。そんな個人的事情が受け入れられるのも、社長が全権を握っているからだ。大手の傘下に入れば、そうもいかない。

「その合併って、もう決まったんですかぁ」

 縋りつく、いや、覆いかぶさる海野に泣きつかれ、社長は首を振った。

「実績次第ですね。ここのところ、解決件数が落ち込んで、客も減っています。経営の悪さに付け込まれた形ですから、跳ね返すには、成績を上げるしかないでしょう」

 ということで、と、ファイルを差し出された。

「二人には、ホテルナポロメリタンに出る女性の霊を、説得してきてもらいます」

 なにやら、上手く丸め込まれた気がした。

 自分ひとりで十分だと言ったが、現場を見せるのも大切な社員教育だと諭されると断れなかった。新人の海野に何が出来るのか。知らされないまま、古谷は老舗ホテルの入り口に立っていた。

「行くぞ」

 迷いなく歩き出す背中に、海野がしがみついてきた。

「出没する場所とか、分かるんですか?」

「地下のレストランだ。一回説得に失敗しているから、おそらく同じところに居座っているはずだ」

 その時の担当者は、体調不良が続いて休職中だ。扱う案件が案件だけに、たまに祟られることもあった。それを聞き、海野は益々縮こまった。

 使えない新人に、古谷はジャケットの内ポケットに忍ばせた護符を確認した。開店までの二時間ばかりで解決させなければならない。海野に害が及ばないよう、一人で、霊と向き合わねばならない。久しぶりの緊張に、無精ひげが震えた。

 件のレストランへ足を踏み入れると、鼓膜を弾かれる不快感に襲われた。霊が現れる時のラップ音だ。長身の海野は、身を縮めて、すっかり古谷の背中に隠れてしまった。

『あっら~お久しぶりぃ』

 現れたのは、このレストランのユニフォームを身に纏った若い女性の霊だった。長いストレートヘアは茶色く、髪をかけた耳にはピアスが光る。フリルをふんだんに使ったユニフォームがよく似合っていた。

「え、結構かわいい」

「聞かれたら、憑かれるぞ。だいたい、あのうそ臭い睫毛のどこがいいんだ。空でも飛ぶ気か」

 小さく呟いた海野を叱責した。が、同時に、海野も霊を見ることはできるのだと、はっきりした。古谷は霊と向き合った。

「で、前聞いた名前は、スカーレットだったかな」

『今は、クリスティーヌよ』

「オペラ座の怪人、か」

 言い終わらないうちに、シャンデリアが落下した。連続的にガラスが割れる音が響いた。情けない悲鳴が背後から上がる。

「大丈夫だ。幻覚だ」

 そもそも、この店にシャンデリアなど、最初から無いのだ。

「幻覚って、だって、ほら」

 足元のガラス片を靴先で転がされ、古谷は頷いた。

「それだけ、あいつは強い。社長の護符を、手放すんじゃないぞ。で、クリスティーヌ、あんたの望みは、何だ。いまさら、皿が足りないなんて言うんじゃないだろう」

『やっだぁ。オヤジギャグ?』

 ころころ笑うクリスティーヌに、古谷は口を引き結んだ。

 彼女は、元は皿屋敷として各地に残る怪談話の悲劇のヒロイン、お菊であった。陰謀に利用された挙句、惨殺され、井戸に放り込まれた経歴は、恐ろしさの中にも哀れみを含む。出てきて皿を数え、不足を嘆いて泣くだけで、危害がないといえば、それまでだ。だからこそ、この店でも長い間容認されてきた。

 が、ここのお菊は、時代の変化に敏感だった。名前を変え、服装や髪型を変え、成仏の条件をも変えてきた。

『私、恋をしてしまったの』

 ポッと、頬を染める。血色の良い幽霊も、居るもんだ。

「まさか、結ばれるまで、とか」

 慄く海野に、彼女は首を振った。

『そんな大それたことは望まないわよ。これでも私、自分の身の丈をよぉく分かってる。だけどね』

 フリルの間から取り出されたのは、両手に抱えるほどの箱だった。物理的に可笑しいが、言及しない。

『これを、受け取ってもらいたかったのに。一生懸命、焼いたのに』

「フィナンシェか。これまた、シャレオツなものを」

 箱一杯に詰められた焼き菓子からは、甘いバターの香りが漂ってくる。味にも趣向を凝らしたらしく、ほのかに色が異なっていた。茶色はココア、緑は抹茶、ピンク色は、イチゴかラズベリーを混ぜたのだろう。ナッツやピールで飾られたものもあった。

「じゃあ、あれを目的の人に渡せば」

 即時解決と思うのは、浅はかだ。海野を黙らせ、クリスティーヌへ確認する。

「で、お前が想いを寄せるのは、怪人か、それとも、幼馴染みのラウルか」

『この方よ』

 スマホの画面を向けられた。前はガラケーだったと記憶を探りながら、そこに示されたのが前回「レッド=バトラー」と呼ばれた人物と同一なのを確認した。

「これは、困難だな」

『でしょ、でしょ~。だけど、どうしても受け取ってもらいたいの』

 海野も、肩先から目だけを覗かせ、恋のお相手を確認した。

「亡くなってるんですね、この人」

「今頃、極楽の蓮池のほとりで昼寝か、はたまた地獄行脚の途中だろうさ」

 どちらも、生と死の狭間に縛られているクリスティーヌが踏み入ることのできない場所だった。かといって、古谷たちが幻の菓子を受け取ることもできなければ、墓前に供えることもできない。

「享年25って」

 驚く海野に、クリスティーヌもハンカチで目元を押さえた。

『佳人薄命って、本当なのね。あの方も私も、こんな若さで死別しなければならないなんて』

「何を言うか。自分で呪い殺しながら」

 呆れ、古谷は頭を掻いた。生きる者に危害を加えない霊の出没なら、心霊スポットとして需要もあり、ホテル側も彼女の存在を許していた。が、雇ったパティシェに憑きまとい、心労の挙句、死に至らしめたとあっては、もはや悪評しかたたない。『なんでも探偵会社』へ依頼が持ち込まれたのには、そのような経緯があった。

「どうだ。迷惑料として、ここの店員に配るってのは」

『嫌よ。私の能力を高めてくれたあの人のために、愛情込めて作ったのよ』

「余計なことをしくさって」

 苦く呟いた古谷へ、クリスティーヌは妖艶に微笑んだ。

『なーんかさっきから、あなたの後ろに美味しそうな魂が見えるのよね』

 グロスで透き通った赤い愛らしい唇が、ニィッと横に裂けた。付け睫毛に飾られた目が血走る。

『何を隠してらっしゃるのぉ?』

 般若と化した顔が迫る。しまった、と身構えたが、遅かった。胸に圧がかかり、背後で悲鳴が上がった。苦痛に耐え、薄く開けた瞼の間から、胸部に突き刺さる女の背中を認めた。

『あーら。可愛い子じゃなぁい。そうねぇ。この子が受け取ってくれるなら、退散してもいいかもぉ』

 さっきと逆に、心臓を引き出されるよう胸部を引かれ、女の頭部が古谷から抜けた。肉体的損傷は皆無だが、身体が重い。じわじわと広がる不快感に蝕まれていく。

「え、ちょっと、俺、どうしたら」

 うろたえる海野を、背に庇った。

「魂喰われて廃人になりたくなきゃ、絶対言いなりになるんじゃないぞ」

 邪気が膨れ上がった。女は、すでに可憐さを手放し、フリルを纏った悪鬼と化していた。

『安いもんでしょ? どうせ、あんたとは何の関わりのない若造。人身御供に差し出してしまえば、一件落着。そうやって、ここまでのし上がったんじゃなかったぁ?』

 鈍器で傷を抉るような言葉の攻撃に、古谷の精神は蝕まれていった。

「さすが、二百歳以上のババアだな。よくご存知で」

「古谷さん……」

 不審そうな海野の視線から、顔を背けた。

 こうなっては、説得で押さえ込むことは不可能だ。内ポケットから、護符を一枚抜き取った。目を見張る女の額へ突き出す。

「失せろ」

 清らかな光が満ちた。足元のガラス片が霧散する。女の叫び声が渦巻いた。

「やった」

 歓声が聞こえたが、古谷は構えを崩さなかった。あれしきの護符で消えるとは思えない。案の定、光の中から忍び笑いが聞こえ、次第に高くなっていった。

『愚かな人間が。もういい。まとめて喰らってやろう』

 視野一面に広がる般若の形相に、古谷は腕を前へ突き出した。

 たーーーーたららららー

 手にしたスマホから、着信音が流れた。勢いを削がれた女が、一瞬可憐な顔に戻った。

『これは』

 より力強い肉声が、オペラ座の怪人のテーマを歌い上げた。目元を半分覆う仮面をつけ、黒いマントを翻し朗々と歌っているのは、社長だった。

「おいで。私の愛しい歌姫」

 差し伸べられた白い手袋の手に、クリスティーヌは迷いを見せた。恐れと、尊敬と。

 突然の展開に取り残されているのは、海野だった。

「え、なんですか」

「The phantom of the Opera。ガストン・ルルー原作。アンドリュー・ロイド・ウェバーが作曲したものが有名だ。ネットでも見られるぞ。名作だ」

 側に転がっているウイスキーの瓶を拾い上げたい誘惑を押さえつけ、古谷は腕時計のスイッチを押した。タイマーが始動する。

 呼吸を整え、印を結んだ。仮面で隠された社長の表情は窺えない。が、こちらの準備が完了したのは伝わったはずだ。

「さあ」

 再び差し伸べた手から、強い光が発せられた。光は一度放射状に広がり、古谷の印に収束された。そのままでは無限に拡散する社長の力を、吸い寄せ、跳ね返し、また跳ね返った力を受け止める。そうすることで、二人に挟まれた空間に力を集中させるのだ。

 肘が揺らいだ。先程受けたダメージと寝不足で、いつもより社長の力を受けられない。押され気味になる。完全に押されたなら、古谷は吹っ飛び、暴走した力はホテルに損傷を与えるだろう。

 堪えるが、踏みしめる足が下がった。

 背を押される。振り返る余裕もなかったが、背中を支える海野の手を感じた。細いが、懸命に支えてくれている。この状況で、逃げ出しもせず、加担してくれるとは、いい度胸だ。古谷の口元へ、不敵な笑みが浮かんだ。

 眩い球体に閉じ込められたクリスティーヌが身を仰け反らせた。

 絶叫が、澄んだ歌声へと変わっていく。それも、しばらくすると聞こえなくなった。後には、開店を待つ高級レストランの椅子と机が、整然と並んでいるだけだった。

「やはり、根が深い霊でしたね」

 社長は仮面を外すと、息をついた。顔面を、汗の粒が覆っていた。古谷の手首でアラームが鳴った。

「消滅までに二分四十八秒。お見事です」

「いや、時間内に収めないと、解決にできないでしょ。はあぁ。疲れました」

 ヘナヘナとその場に座り込む社長を、海野が慌てて支えた。

「いつも通り、頼みますよ」

 手首から先を振られ、古谷は口の端を下げた。スマホを仕舞い、親指で天井を示した。

「もう、席を確保しました。海野、最上階まで、手を貸せ」

「はい?」

「さっきは、助かった」

 再度聞き返す後輩に目もくれず、社長の脇を支え、立ち上がった。

 町を一望できる展望レストランの窓際席には、イチゴがふんだんに載った季節限定スペシャルショートケーキとコーヒーが三組用意されていた。

「うわぁ、美味そう」

 早速フォークを掴む海野の手を、ピシャリと叩き落した。

「俺たちは、コーヒーだけだ」

「えー。俺、スイーツ男子なんですぅ」

「すみませんねぇ、海野くん」

 ニコニコと、社長は特大ショートケーキを頬張った。

「私の祓いの力は、消耗が早くて。三分しか持たない上に、使用後はこうして糖分を取らないと回復しないんですよ」

 情けない、と本人は項垂れるが、合計一万円近い会計を払うだけで超一流の祓いの力を召還できるなら安いものだと、古谷はコーヒーを啜った。ちなみに、糖分の代金は経費では落とせない。召還した社員が負担すると決まっていた。

 しょんぼりとカップへ口をつけた海野が、慌てて口元を覆った。

「に、苦」

「おや、口に合いませんでしたか」

「ていうか、飲んだ事、なかったのか?」

 心底驚き、まじまじと古谷に見つめられ、涙目の海野が頷いた。二十過ぎて、一度もコーヒーを口にしない生活とは、どのようなものなのかと、首を捻らざるを得なかった。

「紅茶もジュースもありますよ」

 社長の穏やかな笑みに、古谷の脳内では、給料日までの出費計画の修正が目まぐるしく行われていた。

 お菊改めクリスティーヌの霊が鎮まり、ホテルからは十分な報奨金が支払われると約束された。この調子では、合併話もしばらく持ち出されないだろう。

「うぅ。まだ口の中が苦いですぅ」

 コーヒーは余程口に合わなかった様子で、社に戻っても、海野は机に突っ伏して呻いていた。まったく、使えない新入社員だ。なにのつもりで、社長は海野を採用したのか。不穏な疑惑が、古谷の中で再燃した。

「隣でのた打ち回られても目障りにしかならん。遠慮せず早退しろ」

「だけど、バスが来ないんですぅ。朝と夕方に二本しか出ないんですぅ」

「どんだけ田舎だ」

 忌々しく吐き捨てると、古谷はパソコンへ報告書を打ち込んでいった。

 ようやく待ちに待った定時になり、海野はヨロヨロとおぼつかない足取りで退社した。パソコンの電源を落とし、古谷も続く。

 曲がり角の先に長い足をもつれさせる海野の後ろ姿を見て、爪先の向きを変えた。最寄のバス停は、海野の進む先になかったはずだ。

 一定の距離をおいて後をつけていく。

 路地を何度も曲がり、次第に寂れた奥地へと、海野は進んだ。魑魅魍魎に慣れた古谷の肌を、今までに感じたことの無い違和感が撫でていく。

 海野は、古谷の尾行に気が付く気配もなく、夕焼けが差し込む角を曲がった。身構えたまま、角を覗き込んだ古谷は、絶句した。

 オレンジ色の光は、夕焼けではなかった。角の先は光に溢れていた。そのなかに、輪郭をおぼろげに、直方体の物体が上昇していた。物体は、しばらく宙に浮いて明るくなったり暗くなったりを繰り返したが、突如、鼓膜に突き刺さる高音を発したと思うと、弧を描いて空の彼方へ消えた。

「マジかよ」

 ビルに囲まれた空き地で、古谷は呆然と立ち尽くした。

「怪奇現象は、霊に限ったことではありませんからね」

 穏やかな声に振り返ると、腰の後ろで手を組んだ社長が、光の消えた方角を見上げていた。口を開け閉めする古谷へ、微笑む。

「いつもと違う道を行く古谷くんが見えたもので」

 全く気がつかなかった。さすがは社長だと、舌を巻いた。

「では、宇宙がらみの案件も受ける予定だと?」

「相談がくれば、今までより良い対応ができるかもしれませんね。それに、海野くんには、埋もれた才能がありそうなんですよ」

 にっこり、口角を上げる社長の笑みに、古谷は何故か、先行きの不安を感じて体を震わせた。どうか、厄介ごとに巻き込まれませんようにと、心の中で祈った。


 数日後、朝の会議で社長から報告があった。またしても、困り顔で社員を見上げていた。

「先日のホテルナポロメリタンの霊が、ガーシホールに移住しているようです」

「コンサート会場で、何をしようってんです」

 渋面の古谷に、社長はファイルを渡した。

「コンサート中に、アイドルグループのメンバーがいつのまにか一人増えているとのことです。まあ、今のところ、一緒に歌って踊るだけだし、人気もあるから様子をみることにしましょう」

「ただの、かまってちゃんか」

 唸る古谷の頭上から、海野が無邪気に「かわいい~」と歓声を上げた。ファイルの側には、今から近隣の郵便受けへ差し込む予定のチラシが積まれていた。

 得体の知れない物の怪、ゾンビ、死霊、怪奇現象などのお困りごとは、なんでも探偵会社へ。

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なんでも探偵会社事件簿~現代お菊は可憐な歌姫 かみたか さち @kamitakasachi

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