7. Phaedo
ㅤ幾日も過ぎ、最後の儀礼とばかりに暴行を受けた後、ユークは牢から解放された。
ㅤ監視が名目だろう男たちに付き添われ、見知らぬ廊下を歩いていく。行先は、聞いていない。
ㅤ長い廊下の先には、大きな扉があり、男は二人がかりでその扉を開け放つ。
ㅤあまりの眩しさに、思わずユークは目を覆った。
ㅤざっと見ただけでも、扉の向こうの空間には多数の人間がいた。同種の匂いもした。
ㅤ何かの台の前まで男に引きずられ、そこで彼は放り出される。
ㅤ歩く行為は疎か、立つことすらままならなかった生活のためか、上手く立つことができず、目前の台にもたれ掛かれざるを得なかった。
ㅤ慣れてきた目であたりを見渡すと、そこは──裁判所だった。
ㅤつまり、ここにいる多数の人間や同種たちは、聴衆だということだ。
──見せしめで、処刑されるということか。
ㅤ使わずにいた脳でも、そのぐらいのことは理解できた。
ㅤ周りの人間たちが何を話しているのだろうか、喧騒さだけがぼんやりと耳に届く。開けているには重い瞼を開き、思考を巡らせていく。
ㅤイレアの死を告げられた後、彼は結局何ひとつ答えを出すことができなかった。それゆえに、思考を止めていた。この場に突き出されても、何も浮かぶ気配がない。
ㅤもしかしたら、ここに潜む吸血鬼たちが一斉に暴動を起こし、彼を助けるのではないかという幻想が彼の頭をよぎった。それは、ただ無意味のように感じる。
ㅤ何かを話していたらしい向かい側の男が、ユークの元に歩み寄ってきた。その手に、銀色の杯を持って。
ㅤユークの目前に置かれたその杯からは、ツンと刺すような臭いが漂う。毒だろう。吸血鬼を処刑する際に使われるものだ。
ㅤ言わずもがな、飲め、ということだ。毒というものを目にした彼は、いよいよ死の直前にあるというものの実感を覚え、これまでの人生の追憶へと走る。
ㅤ以前イレアに話したことが思い出されるだけだった。却って、彼女によって想起された、誰かを救う、誰も傷つけないの二つの拮抗が、今更ながらに生じてくる。
ㅤそのどちらかを、断行する大義が、自信が持てない。なぜ、人は──吸血鬼は、そうも簡単に決めることができるのか。
ㅤ杯に目を落とすと、思考が、巡っていく。
ㅤ自身を助けた吸血鬼のことを想う。彼女の良い側面だけを、自身が為そうとしてきたが、結局は誰も救うことはなかった。
ㅤそれでも、救うことも傷つけないことのどちらも諦めることが、ユークにはできなかった。そうしたら、一体これまで死んでいった者たちは、ただの時の流れに翻弄され消えていっただけの存在でしかないのか。自分自身が信じ、進んできたこともまた、ただ消えるだけの存在でしかないのか。
ㅤならば、この場で賛同を──良いものを目指している存在がいると賭けて──募るしかない。それは、この毒杯を仰ぐということだ。
ㅤユークは、中立さを脱せない自身を甘さや弱さだと蔑んでいた。ついぞ、自分の意志を示すことも叶わず、死ぬ目前となった。
ㅤだが、己が信じてきたその甘さや弱さは決してここで途切れない。この毒杯を仰ぐことこそが、彼が残せる唯一の意志だ。
ㅤどこまでも賭けでしかない。自身を助けた吸血鬼も、彼にこのようにしてほしくて助けたわけじゃないはずだ。ここで、無抵抗に誰にも抗わずに死んでいったところで、人間が──吸血鬼たちが闘争を仕掛けるだけかもしれない。
ㅤそれでも、信じ続けるしかなかった。時の流れによって、盛者が死んでいくように、己の意志を賭けることでしか、我々には正しさを証明することができなかったのだ。
ㅤ毒杯を、自身の口元に近づけ、その杯を仰いだ。
ㅤ我々は、永遠なる審判を受ける罪人なのだと、彼は気づいた。
永遠なる審判 夜詩痕 @purple000
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