第3話 赤眼の魔女 回想2
ラヴィニアはときどき、夢をみる。
夢のなかの彼女は服を着ていないことが多い。そして整形する前の顔をしている。夢の間じゅう、ラヴィニアは自分の短い顎が気になってしょうがない…。
馬小屋のなか、藁のうえに銀髪の少女が横たわっていた。一糸纏わぬ彼女の純白の肌を、窓から差し込む午後の日差しが照らしている。透けるような白い肌だった。浮かび上がるのは静脈ばかりではなく、動脈さえ見ることができた。
男が近づくと少女は目を開けた。その瞳は家兎のそれのように真っ赤だった。
「あなたが私の夫となる者か?」
自分の身体をしげしげと眺めていている男に怯えた風もなく少女は言った。
「さあ、そうじゃねえだろうな……」
目が離せないのは、好奇心が半分、何か恐ろしいことが起きそうな不安が半分。今夜の夜露をしのげるかと入った馬小屋の先客に、男は戸惑っていた。
「我が夫ではない。そうか。では、お主、何者じゃ?」
「ただの旅人ってところさね。途中で道に迷っている。あの、ここはなんて町かな?」
男が旅をしているというのは本当だった。しかし、行商人など職業的な旅行者というわけではない。長く続く不況で男は仕事を失い、叔父の家に向かうところだったのだ。そして、男はアイルズベリィ街道の分かれ道でそれからの道がわからなくなった。そしてこの田舎町に迷いこんだのだ。
「ダンウィッチだ。ここいらはダンウィッチっていうのだよ、旅の人」
歌うように少女は言った。
ここいらというが、この馬小屋のある農場は、村落から四マイル、一番近い隣の家からも一マイル半は離れている。すっかり町外れではある。
とはいえ、町中もまた「辺境」と呼びたい風情の場所だった。アイルズベリィ街道から曲がると、歩くにつれ道がしだいに曲がりくねり、それと同時にゆるやかな上り坂になった。道は狭くなり茨に縁取られた石垣が迫ってきた。木々は高く伸び、下生えは深くなっていく。まばらにある家屋は、壁も屋根も風雨と歳月に洗われ、みな朽ち果てかけつつあるように見えた。家のなかから出てきたやつれた女に道を尋ねようとしたが、女は男の姿を見るなり家に戻り、家の入り口を閉ざしてしまった。旅人は歓迎されぬ町。家に隠れた人たちは細く開けた窓や戸口から男を睨んでいた。何かが起きる前にと、素早く町を通り抜け、町外れまで逃げてきたのだった。
しかし、はたと困った。この町を出て森に入るとそこで夜を明かすことになってしまう。それはまっぴらごめんと、男は農場の馬小屋に入り込んだのだった。
「もうひとつ教える。ここは私、ラヴィニア・ウェイトリイの寝室なのだよ、旅の人」
白化症の少女――ラヴィニア・ウェイトリイ(Lavinia Whateley)は言った。
「えっ、この馬小屋があんたの……」
「馬小屋ではない。ここに馬がいたのは昔の話じゃ!」
廃屋同然の小屋に裸の女がいたのに驚いていたが、少女が自分の部屋で裸で昼寝しているというのなら、おかしなことではない。そして、そんな少女の部屋に侵入した男がいるというのは物騒な話であった。
「お嬢さん、許してください。僕はすぐ出ていきます」
男はきびすを返して、馬小屋、いやラヴィニアの部屋から出ていこうとした。
「待たれよ!」
ラヴィニアは急に大きな声を出した。最悪だと男は思う。自分は裸の娘がいる部屋に入りこんでしまっている。この少女の父親に猟銃で撃ち殺されてもおかしくない。村人に殴り殺されたうえ、死体を枯れ木に吊るされたりする可能性もある。こんな辺鄙な場所には保安官はいない。だから住人が自分たちで解決するのだ。町の人たちも他所者である自分に冷たかった。そういう気風の町なのだ。
「せっかくじゃ、私を抱いていくがいいぞ、旅の人」
「はっ?」
男は立ち止まり振り返った。そしてラヴィニアに尋ねる。
「とんだ
「
ラヴィニアは言った。
突然、あたりが暗くなった。何かが小屋の窓を塞いだのだ。その何かの正体を知ったとき男は絶叫した。その口を塞いだのは粘液にまみれた触腕のようなものであった。
「さあ、パーティーの始まりじゃ!」
そして惨殺の宴が始まった。
世界よ魔女色に染まれ プラウダ・クレムニク @shirakawa-yofune
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