第2話 赤眼の魔女 回想1

 ニューアーカムはボストンから車で二時間ほど北にいった場所にある小さな町だ。

 町でいちばん大きな施設はニューミスカトニック大学。地域随一の蔵書量とその質を誇る図書館と最新技術を実地で学べる工学部が最近新設された有名大学である。

 そして、二番目に大きいのが「ニューアーカム療養所」。診療所は大西洋の向こうからやってきた第二帝政期建築様式というごてついた装飾だらけの複数の建物から成り、二〇世紀半ばには前頭葉切截術ロボトミーやショック療法で有名な精神病患者の収容所であった。しかし、専らとしていた血と痛みに満ちた療法の効果が疑問視されるようになり二〇世紀の終わりにいったん新規患者の受け入れを中止している。以来、収容する患者の人数が減るに従って建物を閉鎖し、寂れ朽ちてていくいくばかりだった施設が手直しされ蘇ったのは最近のことだ。日本から来たドクター・タカツが所長となり、大々的に美容整形と心理カウンセリングをはじめたのである。

 院長になる前の段階でドクター・タカツは男性看護士から閉鎖病棟の奥に棲む白い肉塊を紹介された。カルテどころか入所記録もなく、自分が誰だかも分からない女性患者。彼女は先天的な疾患により白化症アルビノだった。その珍しい身体的特徴はニューアーカムに昔から住む者に不吉な伝承を思い出させる。いわく、近隣の村の白化症アルビノの女が悪魔の子を産み育て、あわや世界が終わるところであったと。ゆえに彼女は悪魔の母の名をとって、「ラヴィニア・ウェイトリー」と呼ばれていた。その呼び名が看護士たちには治療も介護もする必要のない禍々しい存在と思わせるらしく、まったく正気を失い唸ることしかできないラヴィニアは常に自らの糞尿や涎、涙、そして血にまみれて放置されていた。

 ドクター・タカツはこの女性患者を見た瞬間、記録文書の一切の紛失と治療放棄という重篤な医療過誤を美談に変えて宣伝にさえ繋げる方法を思いついた。

「ラヴィニア、きみは美しい」

 ドクター・タカツがそう言った瞬間、蛆のように蠢いていた肉塊の動きが一瞬止まり、髪を振り乱して汚れきった顔をあげた。

「そうだよ。きみは美しい。そしてもっと美しくなれる」

 微笑むドクター。それを真似るかのようにラヴィニアは茶色く腐食した歯を剥き出し、不器用な笑みを作った。

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