新たなる物語

「まあ、完全に俺の妄想だから、どこかで致命的な間違いをしでかしてる可能性もあるが」

「……詳しく」

 しょうがないなあ。また話が長くなるだろうけど。


「わかったわかった。立ち話も何だから、フードコートにでも行くか」


    ◆


 水族館内のフードコートで注文を済ませ、なんとか席を確保する。

 まだ昼食の時間には早いこともあって、座席には若干の余裕があった。


「まず話は、太郎が竜宮での生活を終えて、元いた村に戻ろうとするところから始まる」

「……えー、結婚生活はー?」

「今回の話にはほぼ関係ない」

 なんでそう、結婚とかにこだわるんだろう。


「そして太郎はカメだか船だかに乗って戻ろうとするが、その途中で海流に流され、帰るはずだった故郷から遠く離れた場所に流れ着く。そして、そこで浦島太郎は見つけてしまうんだ」

「……な、何を?」

 ごくりと数葉が唾を飲み込む音が、かすかに聞こえた。


「かつての自分の村……浦島太郎が生まれ育ち、竜宮へ招かれるまで暮らしていたその村と、を」

「……同じ名前の村? そんなのあるの?」

「同じ地名なんて、全国にいくらでもあるぞ。全国の地名を管理してる部署があるわけでもなし、名前がかぶったからといって、片方変えろなんて言われることもまずない」


 例えば……と、少し考えて俺は例を挙げる。

「石川市は、今は合併で消えたけど、かつて石川県ではなく沖縄県に存在した。石川駅は、青森県にある」

 ちなみに、石川県の県庁所在地は金沢である。念のため。


「……その、村の名前は?」

「いや、村の名が何だったかなんて、それは問題じゃない。それよりも……太郎が村人と話すうちに、昔、海に出たまま戻ってこなかった人物の話を聞かされるんだ。かつて自分と似た境遇の人物がいた、と」

「……それは、浦島太郎のことではなく?」

「ああ、実際にはそうだ 。それで、話は変わるが、昔話を読んでると村に帰ってきた太郎が、村人から太郎と同じ名の人物が数百年前にが海から帰ってこなかったという話を聞くことがあるんだが、そんなことがありうると思うか?」

「……確かに、自分も生まれていなかった時代の人の名前を、ちゃんと覚えてるとは思えない」

「記憶媒体なんて紙すらまともになかった時代 。英雄でもなく地位が高かったわけでもない、腕は良かったかもしれないけど一漁師に過ぎなかった浦島太郎の名が、数百年にも渡って語り継がれるとは考えにくい」

 数葉は首を縦に振る。


「だから、名前は忘れられてしまったが海に出て、そのまま帰ってこなかった……そんな数百年前の人物。いや、数百年という時間さえ尾ひれがついた結果で、本当は数十年前かもしれない。何しろ数百年さかのぼれば、別の時代になる可能性があるからな。そんな感じで、当時は数十年、数百年前の過去のことどころか、同じ時代の別の地方のことさえもほとんど情報はなかった。だが逆に、妖怪や仙人、その他怪奇現象の存在は信じられていた。で、ここからが本題だ」

 数葉が無言でうなずく。


「太郎は村に帰ってきたが、その様子は記憶と大きく異なっており、家族や友人の姿もなかった。そしてもう一つ、はるか過去に姿を消した自分と境遇の似た人物の話を聞いた。そんな状況から、太郎はどんな結論に達したか」

「……つまり、自分と境遇と似た名前も忘れられた過去の人を、浦島太郎は自分のかつての姿と思い込んでしまった、と」

「もしかしたら、家族にも友人にももう会えないかもしれない。そんなショックが判断を誤らせたのかもしれない。そして村の名前が、それに拍車をかけた。同じ名の別の村を、自分の住んでいた村が数百年の時を経て変わり果てた姿だと、そう思ってしまったんだ。そして自分自身さえも……数百年前に海に消えた自分が、時を超えて今、戻って来たんだと。その後、家族や知人が全て死んでしまったと思い込んでしまった浦島太郎は急に老け込み、単なる竜宮からの土産物にすぎなかった玉手箱が老化ガス発生装置の濡れ衣を着せられるわけだ」

「……おお……」

 数原は感心してくれたようだが、実はこの話、もっと大きな問題がある。


「で、もう一つ、身も蓋もないことを言っていいか」

「……うん」

「この話、面白いと思う?」

「面白かった!」

「あ、ありがとう」

 いつにない数葉の勢いに、俺はたじろぐ。


「だがそれは、俺が作者で、数葉が読者だから成立したことじゃないか」

 そんな俺の言葉に、数葉は大きく首を横に振る。


「……じゃあ、試してみる?」

「試すって、小説投稿サイトとかに載せる気!?」

「……うん」

 ああ、やっぱり。


「ん……まあ、本格的に執筆するって言うなら、手伝いぐらいはするけど」

「……っていうか、共同執筆にしない? F子F雄先生やY卵先生みたいに」

 先人が偉大すぎる。


「……ペンネームは、しま数葉かずはで」

「待てい」

 おいそれ俺の苗字……。


「っていうか知ってる人間に見られたら一発で俺たちのことだってバレるじゃないか」

「……ダメ?」

駄目だめ

 そんな上目遣いで見られても駄目なものは駄目。


 しょうがないなあ。

 まだまだ不安は残っているが、数葉との共同作業というのも悪い気はしない。


「その辺はまたゆっくり決めるとして、今日のところは水族館を楽しむことにしないか?」

「……ん。そうしよう」

 食事を終え、俺と数葉は立ち上がる。


 それでは、また新しい物語を探しに行くとしよう。


〈完〉

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沖浦数葉の創作メモ -浦島太郎のウラ話- 広瀬涼太 @r_hirose

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