竜宮城はいずこ
「浦島太郎が見た光景って言うなら、こっちの方が近いかもな」
今、俺たちの眼前に広がっているのは、太平洋を再現した大型の水槽。
先ほどまでの珊瑚礁の海のような派手さはないが、魚の種数では決して負けてはいない。
何より、マダイにブリ、マアジにマイワシと、我々日本人にとって馴染み深い魚が多い。
ヒラメ? ヒラメは別の小さい水槽にいたが、こっちでも砂の上で隠れてるかも。
「……ん、美味しそう」
馴染み深いといっても、一般人にとっては食材的な意味だ。
しかし、色気より食い気か。初デートのはずなんだが。
いやまあ、下手に色気出されても困るか。
「さっきの話だけど、乙姫が人間だとするなら、竜宮城は海中ではなく、どこかの島とかの可能性が高くなるんだが」
「……太平洋の島々か、もしかしたら、ムー大陸」
「何か、そんな漫画があった気がするなあ……まあ、ムー大陸はともかくとして、他の説だと日本海側からなら日本海の島か中国大陸、四国に伝わる話もあって、それだと瀬戸内海の島か本州とかが竜宮城の場所候補だな」
「……じゃあ、乙姫様のごちそうは?」
「その地方の郷土料理」
「……えー」
「いや、郷土料理も悪くないだろう」
「……タイやヒラメの舞い踊りは?」
「あれは歌の一節だから、あえてそれにこだわる必要もないんじゃないか」
「……舌の上で、タイやヒラメが舞い踊る」
「なんのグルメ漫画だ」
しかし、海の中に入れないとなると……。
「浦島太郎も漁師ならば、良い漁場は美しいと考えてもおかしくはないだろう」
もちろん、そんな魚だけではなく、中には普段あまり見かけないものもいる。
例えば……今、目の前を通り過ぎて行った、人と変わらないサイズの白黒の細長い魚のような。
「……ねえ、今の魚、何ていうの?」
「スギ」
「…………え?」
「ス・ギ」
「……花粉症?」
「なんで魚から花粉が出るんだよ。同じ名前の魚ってだけだ」
「……それって大丈夫なの?」
「大丈夫って、まったく別のジャンルに同名のものがあるなんて、珍しいことでもないぞ。魚だと他に、カマキリとかカラスとかハチなんていう種もいる」
「……なんでそんな名前に?」
「それが、よくわからないらしい。スギの木みたいに、細くてまっすぐだからという説もあるが、本によっては由来不明と書いてある」
「……そんなにすぐ消えてしまうの? 先史時代のことでもないのに」
「昔の情報なんて、まともなデータも残っていないことも珍しくないだろ。人類の歴史だって、教科書が時々書き換わってる。もはや名前の由来なんて確かめようもないんじゃないか」
……あれ? 今、何か頭の隅に引っかかるものが。
唐突に、先ほどまでの数葉との会話がフラッシュバックする。
――海流に流されてもっと北までやってくるのは、よくある話だよ――
――まったく別のジャンルに同名のものがあるなんて、珍しいことでもないぞ――
――昔の情報なんて、まともなデータも残っていないことも珍しくない――
「同じ名前……浦島太郎? それはさすがに……」
「……ゲン?」
急に思いついた言葉を口走った俺を見て、数葉が首をかしげる。
いやでも、これはまさか……。
「……ねえ、聞いてる?」
「数百年も前の正確な記録なんて、あの時代に残っているとは思えない」
「……もしもし……おーい」
「それじゃあ、もし……」
「……きしゅ……キス、していい? 返事がないなら肯定と……」
「キスならこの前、釣りに行ったばかり……うぇっ!?」
考えに没頭しているうちに、数葉が思ったより近くに来ていた。
「あ、ごめん。ちょっと考え事が」
「……釣りに行った話、私聞いてない」
そ、そこまで深い仲でもないような気がするんだが。
「いや、虫エサとか触れないだろ」
「……うう~」
数葉は不満そうな顔で唸り声を上げる。
しょうがないなあ……。
「虫エサ使わない釣りもあるからまた考えておくよ」
俺がそう言うと、一瞬だけぱぁっと笑顔が戻る。
と思えば、すぐにまた不満げな表情になった。
「……それより、急にどうしたの? データ……デート中に、かも……彼女を忘れるなんて」
いや、そうなるかもしれないって、前から言ってたじゃないか。
それに彼女じゃないだろ。少なくとも、今は、まだ。
「見つかった……かもしれない。SFでもオカルトでもなく、現実にあり得る方法で、浦島太郎が数百年の時を超えた」
「……え……えっ?」
さすがに数葉も戸惑っている。いや、言い方が悪かったか。
「そんな誤解が生じた理由」
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