海流に乗って
「……わぁ……っ」
水槽の中で踊る色とりどりの魚たちに、数葉が歓声を上げる。
それはいわゆる、『サンゴ礁の海』を再現した水槽だ。
青い
目の覚めるような鮮やかな黄色。キイロハギにフエヤッコダイ、ヒフキアイゴ、それからチョウチョウウオの仲間たち。
くっきりと塗り分けられた白と黒のツートンカラー。ミスジリュウキュウスズメダイやツノダシ、ハタタテダイ。
「……あ、ネモ」
イソギンチャクの中に隠れる、白とオレンジの小さな魚。
「……意外と、ちっちゃい?」
「図鑑に載ってるのは最大のサイズで、入手しやすいサイズとか飼いやすいサイズはまた別だからなあ」
とはいえ、例の映画を見て、ナンヨウハギとのサイズ差に違和感を覚えたのは内緒である。
「……ねえ、浦島太郎が見てたのって、こんな景色だったのかな」
「竜宮城が南の海ならば、そうだったかもしれない」
「……この辺だと?」
「本州沿岸の魚たちって、もっと地味だから」
「……でも、あの白と黄色い魚、海で見たことある」
「白と黄色はいくつかいるけど……」
さすがにそれだけで断定は難しい。数葉が指さす方法を見ようとすると、自然に彼女に近づくことになる。
んー……やっぱり近いな。
「あれは……トゲチョウチョウウオだな」
ちょっと手間取ったが、数葉の指さす魚は特定できた。
「あれを見たのって、どこの話?」
「……子供の頃、旅行で行った伊豆の海で見た」
子供の頃の記憶なんて、と思われるかもしれないが、彼女は非常に高い記憶力を持っている。
「本来南の海にすむ魚が、海流に流されてもっと北までやってくるのは、よくある話だよ。伊豆ならば、見られてもおかしくないだろう」
「……えーと、
「以前は、そんな名前で呼ばれてたけど、今ではイメージが悪いせいか
まあ、名前を変えたところで魚の生態が変わるわけではないが、それでも、一部はまた南の海に戻っている、なんて説もある。
「もしいつか、もっと温暖な気候の地域が広がれば、彼らは冬を乗り越えて新たな生息地を手に入れることになるかもしれない」
それはそれで、もともと北の海にいた生き物たちが割を食う羽目になるのだが、それは言うまい。
そうして俺たちはしばらく、サンゴ礁の魚たちを――もしかしたら、浦島太郎が見たかもしれない光景を――飽きもせず眺めていた。一人だったらさっさと通り過ぎるところだが、こういうのも悪くない。
「……そろそろ、次に行く?」
「ん。そうするか」
自然に手を繋いで、俺たちは再び歩き出す。
そういえば、ウミガメも――。
自分の生まれた浜に戻ってくるというが、時には海流に流されてしまうものもいるらしい。
浦島太郎を乗せたカメは、無事に元いた村に帰れたのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます