番外編〜結末が神楽坂アリスだった場合〜②

 俺達は短い連休を利用して、現在アリスの両親がいるロシアへと遊びに来ていた。

 なんでも近況報告をしに行きたいというアリスの要望と……その、俺もアリスと付き合っているという事をちゃんと言っておきたかった……なんて理由がある。


 旅費については驚く事にアリスのご両親が全て出してくれた。

 俺も流石に申し訳なかったのだが、アリスの両親が「未来の息子が会いに来るお金ぐらいは払いたい」と言ってくれたので……渋々折れてしまいました。はい、未来の息子なんて言われて少し嬉しかったのです。


 ロシアと日本の気温の変化は激しいものだ。

 もう、常に暖房を効かせておかないと一生布団の中から出れなくなってしまう程。こたつなんて素晴らしい物は、残念ながらロシアにはなかった……ぐすん。


「……なぁ、アリス?」


「……どうかしたの望くん?」


 洋式な一室のテレビの前。

 何を言っているのか微妙にしか分からない番組を流しながら、俺とアリスはソファーで寛いでいる。


「アリスの両親はなんと驚く事に仕事……ま、仕方ないな。勝手に押しかけたのはこっちだからな」


「昨日はしっかり話したし、別にいいと思うな」


「そんで、ロシア観光して来いって言われてはや4時間────」


「何もしてないねー」


「してないなー」


 アリスが俺の股の間に座り、背中を俺の胸へと預けていた。

 甘い香りが鼻をくすぐってくるが、とりあえずは我慢してアリスのサラサラな銀髪を撫でる。


「赤の広場は? 大聖堂は? クレムリンは? ロシアに来たのに何処にも行ってないんだけど?」


「何言ってるか分からないけど、行ってないねー」


 この子はもう少し勉強した方がいい。

 赤の広場なんて有名だろ。今せっかくモスクワにいるんだからちょっと行ってみたい。


「けど、こんな寒い中私は外に出たくないんだよ! ずっとこうしていたいの!」


「……まぁ、日本人にとってこの寒さはキツイよなぁ」


「だったら、無理して行く必要ないよね? 私は今こうしている時間が一番幸せなんだよ」


 アリスが体勢を変え、今度は正面から抱きついてくる。

 ……まぁ、アリスの言わんとすることは一理ある。というか大分ある。


「けどさ? 俺達かれこれ四時間なにもしてないんだぜ? やばくない? これって、いつもと変わらんじゃん」


 ロシアに来たのに、日本にいる時と変わらない。

 ただアリスがベタベタ甘えてきて、家でぼーっと時間を過ごす。旅行という概念が、もはやなくなりつつある。


「でも、これが私達らしくない?」


「まぁ、らしいっちゃらしいよなぁ……」


「むふふ〜!」


 アリスが俺の胸で顔をスリスリしてくる。

 なんて可愛い生き物なんだ。こんなペットがいたら即飼うわ。金に糸目つけずに絶対に飼うわー。


「あぁ……アリスがどんどん甘えん坊さんになっていく……将来、養わなきゃいけないこと確定だな……」


「わ、私だってちゃんと働くよ!?」


「でも、主婦も主婦で不安だな……だって家事できないもんなぁ……そっちも俺がやるのかなぁ……?」


「私だってちゃんと家事できるよ!?」


 嘘おっしゃい。

 この前また洗濯機壊したばかりじゃないか。お陰でしばらくランドリーだったんだぞ?

 更に言えば、この前オムレツに水酸化ナトリウムを入れようとするし……どこから調達してるんだろ?


「いい、望くん? 人って成長する生き物なんだよ? 私だってちゃんと成長してるんだよ!」


「……確かに、この抱きついた時の感触……アリスよ、また胸が大きくなったな?」


「そっちの話はしてないよ!?」


 アリスが俺から少し離れて胸を抱きかかえる。

 そうした事で、アリスの意外とある大きなたわわがしっかりと強調されて────はい、素晴らしい。


「そっちの話じゃないにしろ、家事はまだまだじゃん……そろそろ、お嫁に行けなくなるぞ?」


「むぅ〜! 最近はちゃんと掃除できるようになったもん! 後は料理と洗濯だけだもん!」


「どっちも頑張ろうなぁ〜」


 俺は頬を膨らませるアリスを抱き寄せて頭を撫でる。

 少し目を細めて気持ちよさそうにしたアリスがしばらくして口を開いた。


「……でも、望くんが私をもらってくれないの?」


「……ん?」


「……私の事、お嫁さんにしてくれないの?」


 不安が入り交じった様な瞳でアリスが見つめてくる。

 いや……まぁ、なんと言いますか……。


「今はまだ言えねぇ……そう言うのは、ちゃんと俺がアリスを養えるようになって、覚悟が決まったら……そ、その……だな、俺の方からちゃんと言うから……」


「そ、そっか……」


「だから……もうちょっと待ってくれ……な?」


「……うん」


 今はまだ高校生だ。

 これからちゃんと安定した職について、アリスを幸せにできる準備ができてから……ちゃんとその時はアリスに伝えたい。

 今はまだ────こんな幸せな時間で満足させて欲しい。


「ねぇ……望くん?」


「……どうした?」


 アリスはほんのりと頬を赤く染める。

 そして徐に顔を近づけてきたかと思うと、そのまま触れるように俺の唇へと重ねた。


「私、待ってます。望くんから言ってくれるまで……ちゃんと待ってますから」


「……あぁ、ちゃんと言うから待ってろ」


 これから、何があるか分からない。

 この時間がもしもの話だったとしても、本来辿るはずのない道だとしても────やっぱり、人の抱く気持ちに変化はない。


 それは想う相手がいるからこそ、その気持ちに変化がないと分かるのだろう。

 けど、これだけはちゃんと口にしておきたい。


「大好きだ、アリス」


「うん……私も大好きだよ望くん」

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