番外編〜結末が神楽坂アリスだった場合〜①
物語の始まりも一日の始まりも目覚めから始まる。
それは己が目を開けた時に世界が広がり、目を背けていた現実を認識するからだ。
辛い現実、幸せな現実、そのどれもが目覚めてから始まる。
眠り続けては始まらない、一歩を踏み出すには起きなくてはならない。
それはかの英雄や偉人達もそうしてきた。
だが……だが、だ────
「うっわっ! 寒っ! めっちゃ寒いんだけど!?」
一日の始まりがこんな寒くては眠り続けたくもなる。
ガタガタと震える体を両手で押さえながら、ちらりと窓から映る外の景色を眺める。
そこには辺り一面に広がる雪景色。吹くのは当然雪を運んだ心地よくもない風、そして見慣れない風景。
着ているのは一枚の半袖パジャマ────馬鹿じゃないの? どうしてこんな寒いのにこんな薄着なの? 馬鹿じゃないの昨日の俺?
「時森くん! 朝だよ起きて!」
バタンと勢いよく開かれたドアから現れたのは、銀髪の髪を下ろした明るい雰囲気の少女。
室内にも関わらず、茶色いセーターと厚手のコートを身にまとっていた。
その格好は俺とは正反対。随分暖かそうである。
色っぽさの欠片もない。せっかく、若くしてムチムチで素晴らしい体をしているのに、本当に色っぽさの欠片もない。
「……俺、冬は嫌いだなぁ」
「朝一番のセリフがそれなの!?」
冬は女の色っぽさを無くす。それが男にとってどれだけ残酷なことか……いや、待てよ? 良く考えればタイツを履く女子もそれはそれで色っぽくない?
案外、冬も悪くないのかもしれない────まぁ、今は普通に春のはずなのだが。
「さ、寒いのかな? 温めてあげればいいのかな?」
「そうは言うが神楽坂よ? もはや既に抱きついているじゃん」
俺が冬の色っぽさに耽っていると、いつの間にかその厚手のコートを被せるように神楽坂が抱きついていた。
そのおかげで俺の体温も戻ってきた。ついでに、服越しに伝わる胸の感触が朝の息子を元気にさせる。
「あっ……こ、これは……抱きつきたかったから……だよ」
顔を赤らめ、俺の背中に顔を埋める神楽坂。
その姿は少しばかりの照れが伺える。
「可愛いなぁ〜、本当に神楽坂は可愛いなぁ〜」
「か、かわっ!?」
ほんと、そうやって恥ずかしがったり照れたりする表情が可愛くて仕方ない。
流石は俺の彼女だ。
「そ、それはありがたく受け取るけどっ! 神楽坂はやめてってば! わ、私達……その、付き合ってるんだし……」
「だったら、お前も俺の事を時森って呼ぶのをやめるんだな」
「そ、それは……恥ずかしいから、もうちょっと待って欲しい……です、はい」
なにコレ、めっちゃ可愛いんだけど?
どうして神楽坂────いや、アリスはこんなにも可愛いの?
見てよ読者の皆さん。今、彼女は湯気でも出そうな程顔を真っ赤にして照れ照れしてるんだよ? 加えてモジモジとしつつも、俺の背中に顔を埋めて隠そうとしている。
この姿が可愛くないわけが無い、むしろ激かわ。
「俺の彼女が最高に可愛い件について……」
前までは結構積極的な気がしたんだがなぁ?
本人曰く、俺の気を引く為にしていたからと言っていたが……風呂まで一緒に入ったのに、今更恥ずかしがったり照れられても困るんだが?
「……うぅっ」
限界値に達したのか、アリスはコートを自分のものにしそのまま顔をコートで隠してしまった。
寒い寒いめっちゃ寒いからそのコートちょうだいお願いします寒いんです。
「ま、ままままままぁいいいいいいい! ととととにかく早く着替えてししししまおうっ!」
寒さに声が震えながら、俺はキャリーケースから冬用の服を取り出し着替える。
アリスはその様子を両手の間からチラチラと────やめて、君がムッツリなのは分かってるけど、普通に恥ずかしいからやめて。
「そんなチラチラ見ないでくれる? 流石の俺も許容できないんだが……」
「わ、私達付き合ってるから……」
「暴論、すっげぇ暴論」
それでまかり通ったら、今頃世のカップルはプライバシーが皆無な悲しい関係になってるよ。
「俺の着替えを覗くんだったら、今度は俺も見てもいいんだよな?」
「あ、それはダメ。私は着替えを覗かれるの恥ずかしいから」
「俺はダメなのね……」
理不尽極まりないと思う。
「それに……そう言うのは、もう少し私の勇気がちゃんとしてから……」
「はいはい、待ってますよー」
この恥ずかしがり屋さんがいつになったら勇気が持てるか分からんけども。
……まぁ、それは愛おしいって理由で待ってやるとしますか。
「でも、これだけは勇気がなくても言えることがあるよ」
「……ほう? それは一体何か聞いてもいい?」
「それはね────」
アリスがコートから顔を覗かし、少しはにかんだ表情で口を開く。
「大好きだよ、望くんっ」
「……それが勇気いらずとは、嬉しいものだな」
その言葉を聞いて、俺も少しだけ口元を緩めた。
だって、好きな奴に好きって言われて嬉しくないわけがないだろ?
「じゃあ、さっさと着替えるから。アリスの両親はもうリビングにいるんだろ?」
「うん!」
この生活は始まったばかりだ。
休みの間に、アリスの両親が住んでいるロシアへとやって来て、彼女の寂しさと俺の幸せを感じる生活が。
「……んで、いつまで見ているつもり?」
「さ、最後まで……」
本当に、俺の彼女は堂々としたムッツリである。
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