LV2.EX 二年目のエピローグ
ラス・イヴェ 〈現場〉は続くよ、何処までも
十一月二十二日・月曜日、札幌・仙台・福岡・名古屋・横浜・京都と六つの都市を回ってきた、アニソン・シンガー〈LiONa(リオナ)〉の全国ツアーも、東京の公演をもって千秋楽を迎える事になった。
佐藤兄弟の弟の冬人(ふゆひと)は、全国を巡り、この東京公演で、LiONaと一緒にゴールを迎える事ができたので、〈全通〉の達成感で、感慨もひとしおであった。
兄の秋人(あきひと)は、同じ晩秋の時期に行われた〈A・SYUCA(ア・シュカ)〉と日程が完全に被ってしまって、こっちのツアーの方を優先させたので、今回のLiONaのツアーに関しては、この東京公演が、最初にして唯一の参加になった。
というか、この令和三年に行われたLiONaの三度のツアーに関して、春のツアーの最初の神戸に行けなくなって以降、悉くタイミングが合わず、LiONaの〈生歌〉を聴くこと自体、二月末の〈ヒヤアニ!〉二日目の〈大トリ〉以来の事だったのである。
東京の千秋楽のステージが終わった後、イヴェンター兄弟は、中央線に乗って、帰途に就いていた。
「シューニー、久々のLiONaさん、僕の〈最おし〉たんのライヴ、どうだった?」
「いや、春のツアーの初日で、〈お気持ち表明〉をされてから、フユ、お前、わりと頻繁にグチグチ言っていたので、ぶっちゃけ、今の〈現場〉の雰囲気って、どうなってんのって思っていたんだよ」
「親友や肉親相手だと、やっぱ、気持ちのストッパーが外れちゃうのかもね」
「でも、先月末の福岡から戻ってから、明らかに、話の方向性、変わったよね」
「あっ、そんな感じだったんだ」
「フユ、俺、思うんだけどさ、行くイヴェントの数が増えたり、〈現場〉に慣れ始めてくると、楽しい楽しいだけじゃなくって、〈現場〉で嫌な思いをし始めるんだよね」
「イヴェンターにも、〈二年目のジンクス〉ってあるのかな?」
「かもな。俺の考えでは、〈現場〉に慣れ出すと、自分はこうしたい、とか、今度こうしようかな、みたいな〈エゴ〉が出始めるんじゃないかな。そのやりたい事ってのは、必ずしも、他者に共感してもらえる分けじゃないから、その行為を不快に思う、つまり、ヲタクとしての価値観が異なる連中と、ブツカる確率が高まるのではないかってのが俺の考え」
「それじゃ、さらにキャリアを重ねる、イヴェンター三年生になる来年は、〈現場〉で、もっと揉め事が増えるのかな?」
「それは、大丈夫なんじゃないの」
「シューニー、なんでさ?」
「今年、LiONaさんのツアーを回って、イヴェンター仲間、増えたろ?」
「うん。特に秋は、連番のはずのシューニーが、A・SYUCAさんのツアーに行っちゃったから、全国各地で、シューニーの知り合いと知り合ったよ」
「で、俺の知り合いとレンを組んだ時、楽しかったろ?」
「うん」
「つまりさ、〈現場〉で楽しむってのは、〈おし〉に対する愛ってのは前提だけれど、一緒の〈現場〉で、同じ価値観を持つ、心強いイヴェンターの存在ってのも重要なんだ」
「そうなのかな?」
「そうだよ、お前、この秋のツアーの途中から、神戸の〈お気持ち表明〉のグチ、言わなくなったもん」
「あっ! なるほど。心強い仲間が近くにいて、神戸の嫌な記憶が、より楽しい思い出で上書きされたのかも」
「そうなんだよ、嫌な事って、なかなか記憶の表層から消えないから、それを思い出さないようにするには、結局、さらなる楽しいを経験するしかないんだよ」
「つまり、(嫌な思いをした)ライヴの借りは、(もっと楽しい)ライヴでしか返せないんだね」
「だな」
「僕、今日の東京のライヴで、今年のイヴェント、全部終わっちゃったんだ。楽しい事も、嫌な事もあったけれど、借りも返せたし、総括としては、イヴェンターとして、良き一年だったと思うよ」
「来月、何の予定も入っていないし、俺も、今日が、今年のラスト・イヴェントだったわ」
やがて、二人は中央線を飯田橋で下車し、その家路の途中で、冬人のSNSに通知が一つ入った。
冬人は、いったん立ち止まり、道端に寄って、スマフォを操作した。
「まじかっ!」
「フユ、どうした?」
「リオナタソ、来月、四国で野外ライヴをするって、あと、延期になっていたリリイヴェも十二月に開催が決まった」
「〈おし〉の案件は突然に、だな。あれっ? 俺んとこにも、なんか通知きたわ」
詳細を確認している冬人の傍で、秋人もスマフォを手に取った。
「な、何ですとおおおぉぉぉ~~~」
秋人が叫びをあげた。
「ひゃっ! いきなり、どうしたの? 驚かせないでよ」
「年末に、真城のイヴェ、入った。もう、案件、まじで、ずっと待っていたよ」
「〈最おし〉案件じゃん、よかったね、シューニー」
「ああ。今日でイヴェ納め、と思いきや、十二月、いきなり忙しくなるわ」
〈最おし〉の案件が入ると、情報整理、チケットの確保、交通手段や宿の手配、講義とイヴェントのスケジュール調整などなど、やるべき事が盛り沢山になるのだ。
急に忙しくなってしまった年末のイヴェントに向け、秋人と冬人は、イヴェンターとして再び歩き出した。
〈おし〉が活動してくれている限り、イヴェンターの道は何処までも続いてゆくものなのである。
『僕らのイヴェンター見聞録』LV2 〈了〉
※ここまで、『僕らのイヴェンター見聞録』を御愛読くださり、ありがとうございました。
LV1とLV2は、同じ作品として公表してきましたが、ここで本作を、いったん〈完結〉させ、LV3は、新作として、改めて、続けさせていただきたく存じます。
〈隠井迅〉
僕らのイヴェンター見聞録LV1・2 隠井 迅 @kraijean
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
虚構の中の都市空間/隠井 迅
★87 エッセイ・ノンフィクション 連載中 89話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます