女の子のちょっと怖いところ

逢雲千生

女の子のちょっと怖いところ


 二月十四日、バレンタインデー。

 海外では恋人や家族に花束などのプレゼントを贈る事が多い日だけれど、日本では女の子が男の子にチョコレートを渡す日になっている。

 

 学生の頃は特に気にしなかったのに、大人になると気になるのが、貰ったチョコが義理なのか本命なのかだ。

 

 学生の頃はいくつ貰えて嬉しいだとか、家族からしか貰えなかっただとかと、とにかく数にこだわる奴が多かった。

 僕もその一人で、義理チョコという概念すらなかった小学校時代に比べれば、義理でもチョコが貰える高校生時代は楽しみな日になっていた。

 だが、大学生になればそれも意味が変わってくる。

 

 僕が覚えている限りでは、大学で知り合った友人に誘われた飲み会で、たまたま仲良くなった女の子数人から、メッセージカードと一緒にチョコを貰っていたことくらいだけれど、それすらも羨ましがられたことがある。

 就職してからは女性と出会う機会が減ってしまったため、義理チョコですら貰えないというのに、なぜか悔しいとも悲しいとも思わなくなっていた。

 これは、僕も大人になってしまったという事なのだろうか。

 

「それはたんに、女性に興味を持たなくなったというだけでしょう」

 焼き鳥片手にそう言った衣山の言葉で、懐かしい過去から今に戻ると、煙で充満する飲み屋の喧騒が一気に戻ってきた。

 

 今日は二月十五日、バレンタインデーの次の日だ。

 普通なら、彼女とバレンタインデーの話などしないのだけれど、こんな日に珍しく会う都合がついたからか、僕は彼女にバレンタインデーの結果を聞いたのだ。

 

 衣山が勤めているのは都内から離れた小さな会社で、現代らしい自由な社風がウリのオシャレな会社だ。

 一度だけ用事があってお邪魔した時に内装を見せてもらったけれど、僕の勤める会社とは雲泥の差だった。

 若い人が多かったけれど、社長は意外にもかなりお年を召した方で、気さくだけれど上に立つ人らしい風格があったのでよく覚えている。

 

 彼女が勤める会社はエンジニア関係の仕事が多いらしいので、社内ではパソコンに向かって自由に寛ぐ社員が大勢いた。

 その中で仕事をする彼女は、いつも見ている姿とは違っていて新鮮だった。

 彼女もエンジニアとして雇われているので、プログラムがどうだとかと専門的な話がよく出てくるが、しがない会社員の僕にしてみれば用語の意味すらわからない世界だ。

 最近では新しいアプリの開発を始めたとかで、詳しい内容はさすがに教えてもらえないけれど、彼女が飲みに誘ってきたのはその景気づけらしい。

 

「私もそのプロジェクトの一員になったから、しばらく会社に缶詰になりそうなのよ。だから、落ち着くまでお酒を断つつもりだから、今日はとことん飲むわよ」

 

 テーブルに並べられたつまみもそうだけれど、並べられたジョッキやグラスの量も普通ではない。

 僕も彼女も飲む方なので、いつもと変わらないペースではあるのだけれど、この店は会計時に机の上の物をまとめて計算するようなので、大きめのテーブルには着々と空になった器が重なっては増えていた。

 いつもは注文するたびに一つ二つとお店の伝票に足されていたので、ある程度たまると邪魔になるからと、お互いに飲むペースを抑え始めていた。

 

 だからなのか、珍しく話す事に盛り上がってしまったのだろう。

 飲みかけのジョッキを手に、かつて体験したバレンタインデーの思い出を語り出してしまったのは。

 

 お世辞にもモテたとは言えない僕だけれど、毎年一、二個は女性から義理として貰えるくらいには知り合いがいる。

 さすがに本命だと勘ぐれるような相手はいなかったが、それでも手作りを貰えるのは嬉しいものだ。

 昨日も会社の同僚から、手作りのトリュフを一袋と生チョコを二箱貰い、どちらも形は歪ながらとても美味しかった。

 仲の良い人達からだったのでなおさらだったが、既製品の高いチョコよりも安くても手作りの方が好きだという事もあった。

 

 その事を彼女に話すと、彼女は笑みを浮かべながら頬杖をつく。

 なんだか単純だと馬鹿にされているような気もするが、気にせず話を過去に戻して大学時代の話をすると、彼女は大げさにため息を吐いたのだ。

 

「……あのさ、僕は別に同調してほしいとは思っていないけど、その態度は失礼なんじゃないの?」

 大学時代に仲良くなった女性の話をした途端、彼女は「ダメだな、こりゃ」とでも言いたげな顔で僕を見てきた。

 衣山の態度が悪いのは昔から承知しているけれど、せっかくの甘い思い出をそんな顔で聞いてほしくはなかったのだ。

 

 僕が彼女に教えたのは、大学二年生の頃に付き合っていた元カノの話だ。

 美佐みさという名前で、フリルのついたロリータ服が大好きだったから、知り合いや友人達からは「フリルちゃん」だとか「ロリータちゃん」だとかと呼ばれていたけれど、僕は彼女の可愛らしい容姿に似合うその服装が好きだった。

 

 年上だった彼女とは半年くらいで別れてしまったが、お菓子作りが得意だった彼女の手作りはなんでも美味しかった。

 甘いものが大好きだった僕には嬉しい事だったので、毎日必ずいろいろなお菓子を食べさせてもらえる幸せを噛み締めていたのに、僕と一緒にいた友人達が複雑そうな顔をするのはいつも気になっていた。

 その事を尋ねると、彼らは「お前がいいなら別に構わないけど、さすがに毎日はなあ……」と顔色を悪くしていた。

 何度か彼女にお菓子以外が食べたいと言った事はあるが、「得意じゃないからイヤ」と可愛く断られてしまったため、僕はお菓子以外の手作りを食べた事はない。

 

 けっきょく彼女とは学年が上がるとすぐに別れたため、それ以上は特に関わり合いもないままだったけれど、あのお菓子は本当に絶品だったのだ。

 バレンタインデーのブラウニーも美味しかったけれど、クッキーもチョコケーキも美味しくて、毎日差し入れしてもらっていた気がする。

 僕にだって彼女の手料理というものに憧れていなかったわけではないが、苦手なものを無理に頼むほど食べたかったわけでもない。

 友人達の手作り弁当を羨ましいと思いつつも、美佐の手作りお菓子を食べていたのは良い思い出だ。

 

 それを笑顔で話した途端にこれなのだ。

 不愉快だという顔で僕の話を聞く衣山を怒るが、彼女は眉間のしわを取らないまま酒を口にする。

 つまみの油淋鶏ユーリンチーを一口食べたところで、ようやく落ち着いたのか話し始めた。

 

「あなたが鈍感だってことはとっくの昔から知ってたけど、そこまで鈍いとは思わなかったわ」

「はあ? 僕のどこが鈍いんだよ。そりゃあ女心なんてよくわかんないけど、でも、だからってそんな顔する事ないだろ」

 

 彼女の表情と態度に腹が立ち、思わず声を荒らげて怒った。

 隣のテーブルにいたサラリーマンが不機嫌な顔を見せたが、彼らは痴話喧嘩だと思ったのか意味深な笑みを浮かべると、何も言わずに酒を飲み続ける。

 そんな態度すらも腹立たしかったが、それ以上に衣山の態度が嫌だった。

 なんで大好きだった元カノとの思い出を、そんな目で見られながら話さなくちゃいけないんだと、冷たい視線の彼女を睨む。

 すると彼女は言いすぎたと思ったのか、「ごめんね」と言うと、グラスを置いて両腕をテーブルに載せると前屈みになったのだ。

 

 テーブルの上で交差させた両腕に胸を預ける姿勢をとった彼女だけれど、見慣れているからかドキリともしない。

 一応は彼女の言い分を聞こうと、僕もグラスを置いて、膝の上に両手のひらを置くと、衣山は髪をかき上げて話し始めた。

 

「私が高校生の頃にだけれど、クラスでお菓子作りが好きな女の子がいたの。彼女は吉江って名前だったんだけど、実家がお菓子屋さんていうわけでもないのに、毎日毎日お菓子を作ってはクラスメイトに食べさせてた子なんだ。最初は嬉しかったわよ。美味しいお菓子をタダで食べられるし、甘い物は嫌いじゃなかったからね。だけど、それが一ヶ月も二ヶ月も続いてくると、そろそろいい加減にしてほしいってなるのよ。先生とかにも食べさせてたらしいんだけど、毎日毎日作ってこられたらたまらなくなったのか、お菓子の持ち込みを禁止しちゃったのよね。当然彼女は抗議したけれど、本来ならお弁当以外の食べ物は持ち込み禁止だから、先生達もこれ以上は目をつぶれないって判断したらしいの。本当に美味しかったんだけどねえ」

 

 頬杖をついてそう話し始めた彼女は、たしかに困ってはいたようだが、嫌ではなかったらしい。

 表情も普通で、懐かしいとでもつぶやきそうな顔をしているからだ。

 

「それから夏休みに入ると、みんなお菓子のことを忘れて短い休みを謳歌してたんだけどね、ある日暑中お見舞いとして小包が届いたのよ。親戚の誰かからかと思っていたのに、私宛てだったから驚いたわ。冷蔵便で送られてきたそれを開けたら、中には冷えた手作り羊羹ようかんが入っていて、メッセージカードには『冷やして食べてね』って吉江の字で書いてあったの。気がきくというか、昔の人みたいな子だなって思ったりもしたけれど、暑い日だったから、届いてすぐに家族全員で食べちゃったんだけどね」

「……いい子だったんだな」

「まあ、ねえ……。いい子だったのよね、今考えると。気がきく子で、家庭科の授業はいつも一番だったし、料理も裁縫も上手な子だったから、女子にも人気があったわ。お弁当も彼女の手作りだったから、たまにおかずを交換したりもしてたし、本当に家庭的ないい子だったのよね」

 

 遠い目になった衣山は、置きっ放しで水っぽくなった酒をあおった。

 僕もつられて酒を飲み干すと、アルコールの後に来る水っぽさに顔をしかめる。

 通りかかった店員さんに同じ物を二人で頼むと、酒が来るまで無言でつまみをつついていた。

 

「二学期になると別のクラスと交流を持つ時間があってね、その時に学年一のイケメンだった高山君と一緒に授業が出来る事に決まったのよ。高山君はバスケ部のキャプテンで、彼の姿を見たいからってだけで、女子達が体育館に集まってたくらいのカッコよさがあった人だから、アイドルみたいだったのかもね。かくいう私も熱をあげてた一人だったんだけど、その彼に吉江も惚れちゃったみたいなのよ。他のクラスと交流を持つ時は、必ず男女がペアになって何かをするんだけど、運が良かった吉江は彼とペアになって、よく嫉妬した女子達から陰口を言われてたわ。それでも好きな人とペアを解消したくなかったのか、本当に頑張ってたのよ」

 

 吉江さんという人は、わがままなわけでも自己中心的な考えを持っていたわけでもなかった。

 ただ、人の気持ちを汲みすぎるため、どうしても行き過ぎた行動を取りやすかったのだろう。

 そんな彼女の性格を知っていた衣山は、懐かしそうに、けれど悲しげな目で過去を見ているようだった。

 

「三学期に入ると、恋愛関連のイベントが目白押しになるんだけど、特に女子が気合いを入れてたのがバレンタインデーだったわ。好きな男の子にあげるからって板チョコを買って、お母さんやお姉ちゃんに湯煎の仕方を習って、本当にみんな必死だった。今思えば、あれが青春の一つだったのかなって感じになるけれど、吉江は誰よりも一途だったんだと思うの」

 

 酒に入った氷が鳴った。

 あれほど騒がしかった周囲の音が消えたかと思ったけれど、どうやら彼女の話に集中し過ぎていたらしい。

 氷の音で喧騒が戻ってきたが、すぐに彼女の話に引き込まれる。

 

「バレンタインデーの日。学校中がソワソワしていたのを覚えてる。あっちでもこっちでも、知らない男女すら浮き足立っていたんだけど、その中でも高山君狙いの女子達は凄かったわ。今にも乱闘が起きそうなくらいの牽制けんせいがあちこちであって、下駄箱や机に入れないで手渡ししようとしている子達にしてみれば、女子はみんなが敵だったんだと思うのよ。私も一応は手作りを下駄箱に入れたけれど、それでどうにかなりたいとは思わなかったわ。ただ、精一杯の気持ちですって贈りたかっただけだから、それで満足だったの」

「お前もそんな乙女心があったんだな」

 

 枝豆がサヤごと飛んできた。

 鼻に当たったそれを、床に落ちないようにつかむと、彼女は「失礼な」といった顔で僕を睨んでいる。

 彼女とは古い知り合いだけれど、恋愛に関する話をろくにしてこなかった事もあってか、彼女が不安になりながら思いを伝えようと努力する姿を想像できなかったのだ。

 たしかに失礼な話だが、僕の性格を知っている彼女は睨むだけで終わってくれた。

 

「その日の放課後よ。部活に行こうと教室を出たら、廊下で女子達が騒いでいたのは」

 

 衣山が見たのは異常な光景だった。

 廊下の床に倒れ込む女子生徒を、何人もの女子達が取り囲んで蹴っているのだ。

 最初は喧嘩かと思ったらしいのだけれど、それにしては様子がおかしいと輪の中を覗き込むように近づくと、蹴られているのが吉江さんだとわかって悲鳴を上げたというのだ。

 

「吉江を蹴っていたのは先輩で、近くで一部始終を見ていた人達の話だと、突然怖い顔で女子の先輩達が来て、吉江を教室から引きずり出したかと思うと、何かをわめきながら暴行し始めたんだって。あまりの剣幕に誰も何もできなくて、彼女はずっと蹴られてたらしいわ。どうにか私とクラスメイト達で助け出したけれど、先輩達は手加減なしで蹴ってたみたいで、吉江の意識がない状態だったのよ」

 

 騒ぎを聞きつけた先生が吉江さんを保健室に連れて行ったけれど、あまりの状態に救急車を呼ぶ事になってしまったのだという。

 事情を聞いて、暴行した先輩達は警察に連れて行かれる事になったけれど、彼女達が吉江さんを蹴った理由というのが酷かった。

 

『高山君に、今日貰ったチョコの中で誰が一番おいしいのって聞いたら、あの女のだって言うからやったんです』

 

 先輩の一人がそう言うと、警察も呆れてしまう内容が次々と明かされたのだ。

 

「暴行した先輩達は、高山君が入学してからずっと付き纏ってた人達だったんだけど、高山君は恋愛よりもバスケって人だったから袖にされ続けてたんだって。それはそれで仕方ないって無理に納得してたみたいなんだけど、高校最後のバレンタインデーで彼女達も気合いが入っていたのか、良いチョコを買ってみんなで一緒に作ったらしいの。そしてそれを直接渡した上で、どのチョコが良いって聞いたら、授業でペアになっていた吉江のが一番だって褒めたから、頭に血が上っちゃったらしいのよね。高山君は美味しいって褒めただけなのに、それが傷害事件にまで発展しちゃったもんだから、彼も警察に事情を聞かれて原因が発覚したって話よ」

 

 吉江さんは二日ほど意識が戻らなかったが、幸いにも命に別状はなかったらしい。

 ただ、肋骨を数本と腕の数ヶ所を折ったらしく、カウンセリングの意味も込めて一か月の入院になってしまったらしい。

 

 彼女を傷つけた女子生徒達は退学にならなかったらしいのだが、大学の受験は両親達の話し合いの末、取り止めるとなり、その年の受験はかなり気まずいものになったのだとか。

 その事で大暴れした先輩達が病院に乗り込んできたらしいのだけれど、怪我をした彼女をさらにぱたいたとかで、残念ながら二人ほど警察のお世話になってしまったらしい。

 

「バレンタインデーの贈り物って、どこか暗黙の了解っていうのがあるでしょ? 誰にあげたとか誰かには絶対あげないとかって話はするけれど、それは親しい間柄だからこそできる秘密の共有みたいなものじゃない。どれだけ自分に自信があっても、決めるのは相手なんだから、それを勝手に怒って嫉妬して傷つけてまでやらなくちゃいけないなら、初めからあげなければいいのにね」

 

 水ですっかり薄くなってしまった酒を飲み干すと、僕は遠い目をしたままの彼女を見た。

 僕の通っていた学校だって、女子達の中で人気順位みたいなものがあったのは知っているし、それで足の引っ張りあいみたいな事をしていた女子がいたりもした。

 けれど、酷い状況を作り上げるほど熱狂していたわけではなかったし、あくまで自分を見てほしい、自分を知ってほしいという気持ちからの行動だったのだと思う。

 それで誰かを傷つけて、それでもそう願っていたのならば、やはり僕の知っている女子達も吉江さんを傷つけた人達と同じだったのかもしれない。

 

 けっきょく、人を傷つけてまで自分の贈り物を優先させようとした女子生徒達は、その後地元を離れたらしい。

 彼女達がそれからどうなったのかは知らないと衣山は言ったが、吉江さんの事はわかっているのだという。

 

「あの事件で落ち込んだ吉江だったけど、高山君が熱心にお見舞いに通ったらしいのよ。なんでも『自分の一言でこんな目に遭わせてごめん』って謝りに来てたみたいで、嘘みたいな話なんだけど、それから二人は付き合い出してそのまま結婚しちゃったのよねえ。すごいでしょ。数年前にだけど結婚報告のハガキが届いて、幸せそうな二人の笑顔を見たら私も嬉しくなっちゃってさ。だからバレンタインデーになると嫌な気持ちにはなるけれど、同じくらい前向きな気持ちにもなれるのよ。私も頑張ろうってね」

 

 新しく注文した酒を手に笑顔を見せた衣山は、僕のつまみをさらうように食べて笑った。

 話しながら気づいたけれど、どうやら彼女と吉江さんの友情は、今も変わらず続いているようだ。

 

 動くたびに隣のバッグから、女の子らしいラッピングの箱が見え隠れしているから、おそらく吉江さんは今もお菓子作りを続けているのではないだろうか。

 僕も少しだけ幸せを分けてもらった気持ちになって、注文した冷たい酒を飲むと、自信満々に答えた。

 

「つまり、衣山は僕にこう言いたかったんだろ。『あなたが昔好きだった美佐って子も、お菓子作りが上手だから友達に妬まれてたんでしょ』って。たしかに彼女はお菓子作りが上手だったし、吉江さんみたいになってもおかしくなかったからな」

「違うわよ、この鈍感」

 

 突然の暴言に驚いて彼女を見れば、呆れた顔で枝豆を食べている。

 

「な、なんだよ。だってそうだろ。吉江さんみたいにならないように、彼女に忠告しろとかって事じゃないの?」

 

 冷めていく彼女の瞳に、誤魔化すような口調でそう言うと、衣山は心底呆れましたと言う顔で大きなため息を吐いた。

 その態度にまた苛立ったが、何かを言う前に、片腕をテーブルに載せて顔を近づけた彼女に言われた。

 

「吉江は人の気持ちを察せられたけれど、あんたの元カノはフリルみたいなフワフワな頭だったから、逆に嫌がられてただけでしょうが。どうせあんたは、毎日お菓子ばかりになっても『ありがとうね、おいしいよ』ってデレデレしてたんでしょうけど、その美佐って子は、ついでだからって、一緒にいるあんたの友達とかにも作って持ってきてたんじゃないの? それも『良かったら食べてください』とかじゃなくて『さあ、召し上がれ』とか言って」

「な、なんでわかったの?」

 

 そこまでは話していないのに、まるで衣山はその場にいたかのように当ててくる。

 すると彼女はまた大きなため息を吐くと、髪を耳にかけながら言った。

 

「その美佐って子はね、誰かに喜んでもらいたくて作ってたんじゃなくて、お菓子作りできる私って可愛いでしょうっていう自己満足からやってただけよ。だから嫌な顔するあんたの友達にも作ってきてアピールしてたけど、友達の方にいらないって断られたら、大げさに悲しまれて泣かれたりもしたんでしょ?」

「う、うん」

「そんなズル賢い女に気づかないから鈍感なのよ」

 

 衣山の言葉に落ち込んだけど、後で久しぶりに連絡を取り合った大学時代の友人に尋ねたところ、衣山の言う通りの女性だった事がわかった。

 美佐は何かにつけて自分の思い通りにしたいという気持ちが強かったらしく、お菓子作りが好きだから毎日作ってきては人にあげるのだけれど、いらないと断られると暴れる事もあったらしい。

 

 僕は彼女にしてみれば格好の的で、なんでも受け入れてくれるところが気に入っていたらしいのだ。

 それで僕をだしに男子達に可愛さをアピールしていたらしいけど、僕と違って勘の良かった友人達は、美佐の性格を見抜いた上でお菓子を断っていたらしい。

 なのに僕が「かわいそうだろ」と騙されているので、しぶしぶ食べてくれていたというのだから申し訳ない。

 

 それに美佐は自分の可愛さをよくわかっていたらしく、都合のいい時ばかりか弱いアピールをしていたという事もわかった。

 面倒な事をやらされる時などは、男女関係なく「美佐、そんな事できなーい」とか何とか言って、いつも逃げていたらしいのだ。

 それを知った僕は、慌てて別の友人にも確認を取ったところ、その通りだという話から、さらに彼女の裏の顔を知る事になってしまった。

 

 友人思いのいい奴らだが、そんな彼らを巻き込んでまで付き合っていた彼女は、なんと僕の友人に浮気しようとしていたらしい。

 当然友人は断ったが、それに納得いかなかった彼女は、僕を都合よく使って彼にアピールしていたというのだ。

 

 毎日作っていたお菓子は、僕へのプレゼントではなく、目当ての友人へのプレゼントだと知った時は膝から崩れ落ちた。

 あんなに可愛いと思っていたのに、彼女の本性を知れば知るほど、好意が恐怖に変わっていくのがわかったくらいだ。

 

 ちなみに彼女が僕と別れた理由は単純で、付き合うのに飽きたからだという。

 褒めてくれる相手が欲しくて付き合ってみたら、自分好みの友人がいると知り、好みの相手と付き合えるように利用しようと考えていたらしいけど、使えないとわかると急激に冷めていったらしい。

 一応僕には「私はあなたにふさわしくないから、だからごめんね」と、涙と流して別れを告げたのに、別れた直後に「あの人と別れたわ。だから私と付き合って」と僕の友人に告白したというのだから、本当にとんでもない人だ。

 

 そうとも知らず、学生時代最後の甘酸っぱい恋だと勘違いしていた僕は、あまりのショックにしばらく落ち込んでいた。

 あの頃の自分を思い出すと、なんて情けないんだろうと泣きたくなる。

 そして彼女の本性を見抜けなかった自分を腹立たしくも思うのだ。

 

 ちなみにだけど、衣山からも義理チョコは貰えた。

 彼女らしいシンプルな安いチョコだったけれど、一日遅れのバレンタイデーになったからと、あの日の飲み代は彼女に払ってもらえたので、あの年は喜びと悲しみが半々の甘くて苦いバレンタイデーになってしまったのは言うまでもない。

 

 今だからこそ誰かに言いたい。

 チョコの数より、チョコの値打ちより、込められた愛情の大きさを忘れないようにしよう、と。

 

 そして過去の自分。

 良い友人は大事にするんだよ。絶対に。


 ――それからさらに数ヶ月後。

 衣山から怖い話を聞いていなかった事に気がついて、よけいにがっかりしたのは、僕だけが知っている、その年一番の悲しみとなった……。



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女の子のちょっと怖いところ 逢雲千生 @houn_itsuki

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