終幕 世界の果ての魔女の城

 そもそもこんな道とも言えない道の先に、本当に城なんてあるのだろうか。

 マツダはそう考えて、もう何度吐いたか分からないため息を吐き直した。口から白い息が広がって、もわりと自分の顔に掛かって消える。

 非常に空しい。

 どうにも気乗りがしない。理由はいくらでもある。

 中でも、がしょんがしょんと背後から聞こえる足音が、だんだんと弱弱しくなっているのが、気乗りのしない一番の理由だった。

 振り返ると、ロボットはがたがた揺れながら、身を縮めるようにして歩いている。

「おい! ちんたら歩くなよ! 日が暮れる!」

「寒イ。死んでシマウ」

「ロボットが寒いわけねえだろうよ! 俺の方が寒いわ」

 しかしロボットは雪に埋まった両足をこれでもかと震わせている。

 まるでこれでは自分がロボットを虐待しているようだが、マツダとロボットと、道の先を偵察しに行ったゴドー以外、ここには誰もいない。

 ロボットを虐待しようが、分解しようが、それを咎める人間はいないのだ。人間どころか生き物の気配がない。

 あるのは一面の雪と、左右の崖だけ。それも吹雪いていて、本当にまだそこに存在しているのか定かではない。

「なんだってこんな時に――」

 と、マツダは自分の手の内を眺めた。

 しかし、いくら眺めてみても何も起きない。何をどうやって、どう動かせば良いのか、もう少しも分からなかった。

 ついに、完全に魔法が使えなくなってしまったのだ。

 すぐ後ろで、がしゃん、と大きな音がしてマツダは振り返った。さっきまでいたはずのロボットの姿がない。

 視線を下に移すと、人型というには歪な、あるいは規則的すぎる形が雪に深い窪みを作っていた。

「おい」

 声を掛けても、ロボットが動く気配はない。

「マジかよ」

 ぼやきながらどうにかロボットを起き上がらせようとした瞬間、今度はすぐそばでゴドーの鳴き声がした。

 彼が犬の声を出すのを久しぶりに聴いたので、マツダはまずそれに驚いた。いつの間に戻ってきたのか知らないが、ゴドーは、どこだか分からない方向へ吠え続けている。

「なんですか」

 マツダが声を上げた瞬間、目の前に、何かが落ちてきた。

「う、おお!」

 それは、人型の獣だった。

 四足歩行の毛むくじゃら――。

「こんな所で倒れられたら困る」

 しかし、その獣の下から、少年の顔が現れた。

 それで初めて、マツダは彼が獣の皮を被っていることに気がついた。フードの部分に熊の顔がついている。恐らくはヒグマの。

 剥いだのだろうか。しかし、そんな技術がまだ残っているなんて聞いたことがない。熊がまだ生きてることだって――そもそも、なんでこんな所に人間がいるのだ。

 ここは世界の果てなのに。

「お前ら、魔法使いの城に行くんだろ」

 少年はそう言って、ちらりと埋まっているロボットに目をやった。

「俺がこいつを助けてやる。だからお前、俺もそこに連れていけ」

「そこって」

 驚きの余り、マツダはただ言葉を繰り返すしか出来なかった。

 少年は目をぎらりと光らせて――その片目だけが黄色い――まるで何かを噛み殺そうとしているような、凶悪な顔で続けた。

「俺は魔法使いに用があるんだ。お前、あいつらの手下なんだろ」

 遥か頭上では、日が傾き始めている気配がする。雲が厚すぎて、本当はどうか分からない。けれど、時間がないことだけは確かだ。

 マツダは、もう何度目か分からないため息をまた吐いて、自分の吐いた煙を顔に浴びながら、これもまた、もう何度目か分からない信条を頭の中で繰り返した。

 不可能と可能の境目が分からない奴は馬鹿だ。みんな大馬鹿だ。

 夢なんて、何の役にも立たないのに、どいつもこいつもなぜそれを目指そうとするのか。

「俺は手下じゃねえ。魔法使いなんか知らん」

 マツダはそう言って、ロボットの上に降り積もる雪を払った。ロボットの体は驚くほど冷たく、当たり前のことなのに、なぜか恐ろしく感じてしまう。

 大きく舌打ちをして、マツダは続けた。

「手下とは言わないが、お前がこいつを助ける方法を知ってるって言うなら、俺らの後に着いてくることには何も言わねえよ」

 すると、ぎらりと少年の目がまた光った。

 結局、いつでもその光に騙されるのだ。人は夢を捨てきれない。どんなに憎んでも、どんなに追い払っても、それは体の中にあるものだから。

 そして、そのことを、一番よく知っているのはマツダ自身なのだ。

「よし、こい」

 少年は凶悪な顔のままそう言って、一人でさっさと歩き始めた。

「手伝わねえのかよ」

 そうぼやいて、マツダは急いでロボットの両腕に紐を巻いて、ひっぱた。早くしないと少年を見失ってしまう。

 ああ。それにしても、どうしてこんなにも重たいのだろう。足先が冷たい。空気が薄い。本当に死にそうだ。

 なんだってこんなことになったのだ。

「もうやだ」

 そう呟くと、ゴドーがまた大きく犬の声で吠えた。どうやら励ましの意味らしい。

 それから、今度は人間の声で言った。

「まだ道は長い。がんばれ」

 確かに。

 ノラたちが住む魔法使いの城に着くまで、まだ道は果てしなく続いている。動物は、生きている限り光を目指してもがき続けるように出来ている。

 特異も魔法使いも、そうでない誰でも。

 畢竟、進み続けるより他に道はない。

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君の谷、僕の塔。 犬怪寅日子 @mememorimori

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