8 黒栖居宇子は気付かない。
「――それで、結局
「そうだけど、本質はそこじゃないのよ。それに、帰り際に逢羽くんの靴箱に予備のチョコを全て突っ込んだから――ふふ、過程はどうあれ終わりよければ全て良し、なのよ」
「……事実だけを客観的に見ると、まるでお嬢様が逢羽くんのことを好きみたいに見えなくもないですが――まあ、お嬢様がそれで良いのならいいんでしょう」
別に料理は
「ところで、お嬢様は今日、誰かからチョコをもらったんでしょうか。私はもらいましたよ、男子からも、女子からも」
「なんのマウントよそれは」
チョコの持ち込みは制限していたし、その施策を最初に提案したのは居宇子だ。その気はあっても、誰も学校で居宇子にチョコを渡そうとはしないだろうし――実際、昨日名白からもらった分を除けば、居宇子は友チョコも何ももらっていない。
つまり今日、バレンタイン当日には誰からももらっていないのである。
「せっかくのバレンタインなのに、今年もまた〝守り〟に徹するばかりだった訳ですね。このままだと、名白さんとの仲はいつまでも進展しないどころか、いつか誰かに掠め取られてしまうかもしれませんよ」
「…………」
居宇子は今、包丁を扱っているのだが、このメイドはそれを分かっているのだろうか。
「そうだ、たくさんもらったので私のチョコを分けてあげましょうか」
「要らないわよ、そんな――」
文句を言おうと、隣の彼女を振り返って――
「――――!?」
リップチョコというらしいですよ、と。
「こういう〝攻め〟も仕掛けてみるべきでは?」
◆
逢羽
『これ、友チョコの代わりに――』
本命でなくてもいい、それがコンビニスイーツでもいい――彼女から、もらえたのだから。
出来れば大事にとっておきたかったが、生憎とアイスなので、スイーツなので、惜しくはあったものの時間をかけてゆっくりと、その幸せを堪能した。
それもこれも、全ては黒栖居宇子のお陰だ。
いっぱい受け取っている方が、チョコを渡しやすい――渡すハードルが下がる。その発想はなかった。
居宇子がなぜか自分に義理チョコを渡しにきたのも、全ては名白の「友人」として、彼女がチョコを渡す一助になるようにと行動したのだろう。
帰り際、下駄箱にたくさんのチョコもあった。誰からのものかは知らないが、たぶんこれも影響したのだろうか。
なんとなく立ち寄ったコンビニで、名白と出逢えた――そして、コンビニスイーツをもらえた。
その瞬間を何度も思い出す。嬉しい反面、自分はちゃんと対応できていただろうかと思い返して恥ずかしくなる。
「うわあ……、ううう」
ホワイトデーはどうしよう――などと、逢羽が一人ベッドで唸って転がって悶えていると、
「お兄ちゃーん、このチョコもらっていーいー?」
階下のリビングから妹の声がする。
チョコは大量にある。一人じゃ全部食べられないし、家族とこの幸せを分け合おう――
「お兄ちゃーん、ラブレター入ってるー! この声量で読み上げていーいー?」
こいつには羞恥心がないのか!?
「今いくから勝手に開けるなぁ……!!」
◆
――名白のチョコは、どうやら逢羽くんに渡っていたらしい。
黒栖居宇子から電話でそう聞いて、名白ゆきは恥ずかしさで死にそうになった。
(やっちゃった……! なんか無駄にお高いスイーツあげちゃった……!)
真っ赤な頬を押さえてベッドの上で転がりまわる。
恥ずかしいのはもちろんだが――
(でも……チョコじゃなくても、逢羽くんに直接渡せたし……無駄じゃなかった、かな……)
何より、箱の中にはチョコと一緒に……――と、
「ゆき」
部屋の外から、姉の呼ぶ声がする。
どこか気まずそうな、戸惑いがちに姉が言う。
「冷蔵庫のチョコ……渡せなかったんなら、私がもらっていい?」
「?」
笑顔のまま、名白は首を傾げた。
冷蔵庫の――
「…………」
………………。
「あ……」
居宇子には昨日チョコを渡したが――二人でつくったものとは別に、名白は居宇子に渡そうと自宅でチョコをつくった。
今日、彼女に渡そうと思っていたのだ。
サプライズのつもりで、中にはチョコと一緒に、日頃の感謝をしたためた手紙を入れていた。とても恥ずかしいことを書いていた気がする。
それをすっかり忘れていた。忘れたかったのかもしれない。
というか昨夜はその手紙を書いたり消したりしていて、緊張のあまり眠れず今朝は寝坊しかけた上、ふと思い出した検問への対策で頭がいっぱいで――
冷蔵庫に入れていた二つのチョコのうち、弁当箱に隠して持ち込んだのは一つだけ――
どちらを、持っていったんだろう?
「もしかしてわたし――やっちゃった!?」
比較的穏やかな、戦争 人生 @hitoiki
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