Gain 33:Music For Desserts

 どうにも相性の悪い相手をやっつけるために、新たな楽器をこさえる必要があるということになった一行だったが、邪竜と言われてもこの世界のことにはさっぱり不案内なわけで、さっそく既にどうすればいいかわらなかいといった次第である。


「どこに生息しているのか、僕もわからないんですよね。」


 とノイバウテンも言うのであった。


「いきなり袋小路に入っちまったじゃねえか。」


「街での情報収集でもこれと言った話は聞けなかったわね。」


「というか噂の一つもないんじゃ、この地域にはいない可能性のほうが高いんじゃあないの。」


 宿屋の一室、のんびりとした空気に漂いながらそう言う彼らには、どうにも諦めの雰囲気が満ちており、ノイバウテンは不安になるのだった。


「もしかして……、ここのボスをスルーしてどっか別の地域に行こうとか考えていたり、しませんよね。まさか。」


 如何にも図星であった。アヤカとユメタローはあからさまに顔を背け、ツカサはピーピーと下手くそな口笛を吹く始末。


「いやいやいや、女神の加護を受けたものとして、奴らは倒すべきです!ここでの生活に苦しむ人達を、あなた達なら救うことができるんです!」


「お前の場合、そのセリフはおためごかしじゃん、自分が復讐したいだけだろ~が。それによ、頼みの綱である邪竜がこの地域に存在しないとなったら、別の地域へ行くしかないじゃんよ。」


「まあ少なくとも、別の街なり村なりに向かって改めて情報収集っていう流れが自然じゃないかしら。」


 ノイバウテンは承服しかねるという気配を漂わせたが、同時にそうする他ないということも理解していた。ただわずかな抵抗に返事はせずに俯くのであった。


* * *


 腹が減ってはイライラしてしまうし、酒がないと落ち着いて話もできまいということで、一行はまだ日も高いうちから酒屋に入って昼食を摂り、ノイバウテン少年も含めて酒をぐびぐびとやっていた。この地域特有の、香草を使った酸っぱかったり甘かったりする飯を食ってうまいうまいと舌鼓を打つ。


 気づけば邪竜の話なぞ忘れたように談笑しながらいっぱい気分になっていると、一人の女性が近付いてきた。


「お前たちか、昨日からこの街で邪竜の住処を聞いて回っているという大道芸人たちは。」


 それは少女のように小さく幼い容姿だったが、佇まいやその表情はいやに大人びている、不思議な雰囲気の女性だった。


「そうだけど、何か用か?」


「邪竜に関して知識のある竜の居場所に興味はないか?」


 一同は顔を見合わせる。邪竜そのものではないが、情報のありかがあると言う、その女性の言葉は、行き先の不透明になっていた彼らに対して青天の霹靂のように鳴った。


「おいおいおい、マジかよ、すげえ興味あんよ。教えてくれるのか!?」


「おお、教えてやるとも、そのかわり一杯奢ってくれないか?」


「一杯くらいならいいわよ。是非その話を聞かせてちょうだい。」


 炙った豚トロのようなものを食いながら、その一杯を景気良く飲みきると、「かーっ」とオッサン臭い声をあげて木のコップを勢いよくテーブルに打ち付けた。


「竜ってやつは魔族にも人間にも与しない特殊な知的生物で、独自の文化やコミュニティ、価値観を持っている。竜の住処を知らないと言う人が多いのは、竜が人間と断絶した生活を送っているからだ。魔族とも断絶しているがな。」


 そう言うと女性は一同を流し目で眺めて行く。


「だが、まあたまに漏れ聞こえて来る竜の生活と言うやつがある。それが私の知る竜の住処だ。で、竜は竜同士で互いの所在や状況を知っていたりするのさ。」


「その竜の居場所、知りたいな〜。」


「酒もツマミも貰ったからな、お安い御用だ。が、条件がある。私に案内させてくれ。」


「それはつまり、同行したい、と言うことかしら。」


「そうだ。私はお前たちを案内する、お前たちは私を護衛する。そう言う協力関係だ。噂の大道芸人さん。」


「へっ、俺たちの噂を信じてるってことか。」


「嘘じゃあないのだろう?」


「その通り、俺たちは七樹魔聲卿ヴォイス・オブ・ザ・セブン・ウッズをぶっ倒したバンド、毒人参ヘムロックだ!」


「いい、威勢じゃないか。しかも今度は邪竜ときた。血の気の多い奴らだが、だからこそ頼みたいのさ。悪い奴らにも見えないからな。」


 ノイバウテンは頷いた。


「こんな人たちですが、子供の僕にもよくしてくれるようなお人よしですよ。」


「渡りに船じゃない。条件も特に不利なものでもないし、ただその一個だけ気になることが。」


「うん、そうだよね、アレだよね、僕も気になっていた。」


「ああ、俺もだ。」


「お、なんだ?なんでも聞いてくれて構わないぞ。」


「じゃあ、遠慮なく……。」


「その頭の角はなに?」

「その頭の角はなに?」

「歳いくつなん?」


 一人だけ明らかに違う質問をしたやつがいたが、要するにこの女性には違和感があった。つまり頭のこめかみより少し上の位置にちょこんと曲がったツノが生えているのである。


「いや〜、これは、オシャレ?」


「なんで疑問形なのよ……。」


「まさか、魔族とか?」


「あっはっはっ、面白いな、そんなわけあるわけないだろう。」


「あれ、俺の質問はスルーか?」


「女性に年齢を聞くのは失礼って子供でも知ってますよ!」


 その時、まるで魔物の唸り声のような音がした。一同はハッとして女性を見る。

すると女性はニコリと意味ありげに微笑む。

するとツカサが手を挙げて言うのだった。


「食い過ぎてお腹壊した。うんこめっちゃしたい。」


 ツカサの腹が鳴っただけであった。


 お手洗いに消えたツカサは放っておいて、彼らは角の謎をはぐらかされてしまったものの、彼女の気持ちの良い態度を見ていると不思議と信用できるような気分になっていた。


「お前たちの荒唐無稽な噂は非常に面白い。だからこそ頼みたいんだ。

私の角はオシャレの一環として理解してもらうことになるが、それさえ良ければ同行をお願いしたい。」


「はあ、まあ角の一本や二本、そんなに気にならないし良いわ。

それに私たちも行くアテには困っていたのよね。

だからその話はこちらにとってもありがたいのよ。

交渉成立。竜の居場所に連れて行って。」


 女性は満足そうに頷いて、食後のデザートを食べながら花が咲くような明るい笑顔を見せて言った。


「よし、ありがとう!」


 女性はアヤカと握手をすると、その手をブンブンと大きく振った。


「私の名はクリンペライ。噂の大道芸人よ、よろしく頼む。」


 こうして新たな同行人が加わり、人々にとって未知の世界である竜の居場所へと旅立つことにあいなったのであった。

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魔法世界で前衛音楽の始祖になったら崇められた 柚木呂高 @yuzukiroko

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