6.巡りゆく季節の中で

 いつもの二人掛けのソファで、羽山とアンゼリカは寄り添い合っている。

 結局のところ、グッドライフ社日本法人の対応は本社からクレームをつけられたらしい。

「法律を守るためとはいえ、自社の貴重なデータを消し去ろうとしたわけだからね。本社からすれば頭の痛いことだろう」

「そのおかげで、『あの子たち』も消されずに済んだというわけね」

 竜宮を始めとする国内サーバで稼働するハームドロイドのデータはひととおりサルベージされ、グッドライフ社に回収されたとの噂である。

「いいことなのか、悪いことなのか」

「消されてしまうよりはずっと良かったと思うわ。……破壊されてしまった子たちもいるのだから」

 とアンゼリカが言う。羽山は「そうだね」とつぶやくに留めた。

 ハームドロイド規制法に伴い、日本国内の《国家クラスタ》では、規制反対派と賛成派が互いを攻撃し合っているとのことだ。ハームドロイドを失って拳を振り下ろす先をなくした人々は、どうやらその向き先を対立する思想を持った同じ人間に改めることにしたらしい。

 それでも、現実においては何一つ変わらない、平和な世界が続いている。

 現実リアル仮想現実バーチャルの区別を完璧にするよう教育された現代の人間は、くだらない諍いを現実に持ち出すような真似はしないのだった。抗争の種は仮想現実の中でのみ、育ち、芽吹いて、大輪の花を咲かせるのだ。

「このままハームドロイドがいなくなっても、人間は次の敵を探すのだろうね。歴史がそうやって続いてきたように。巡りゆく季節のように、繰り返し、変わることなく」

「ヒロト・ヤマグチの理想が完成するのは、まだ先のようね」

 アンゼリカは笑う。

「それでも、『あの子たち』が虐げられるよりはずっとだと思うわ。少しずつ、世界は良くなっていく。わたしたちが生きている間に、完璧なユートピアはできないとしても、いつかはきっと、人間同士が傷つけあう必要のない世界が来る」

 アンゼリカの声が、優しい空気を帯びる。

「わたしたちみたいに――そして、あの二人みたいにね」

 その言葉で羽山は少し、救われた気がした。

 傷つけあう人間の営みから隠れるように、人の愛もまた、そうやって続いてきたのだ。

 巡りゆく季節のように、繰り返し、変わることなく。

 

 ウェアラブルデバイスの日付表示を確認して、羽山がつぶやく。

「なんてことだ。今日は日曜日じゃないか」

「あら、わたしは覚えていたわよ」

「なんで意地悪をするんだ。教えてくれたっていいじゃないか」

 もうすっかりおじいちゃんね、とクスクス笑うアンゼリカに、羽山は頭を掻いて答える。

 そして柔らかな微笑みを浮かべ、アンゼリカに手を差し出した。

「じゃあ、デートに行こうか」

                                ――Fin.

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ハームドロイドはもういない 広咲瞑 @t_hirosaki

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