魔業山

 送り火ってあるでしょう?盆に死んだ人の魂を天国に送り出すっていう、あれ。

 京都の大文字が有名ですけれど、私の住んでいる場所の近くでも小規模ながら、山に火を灯すって話を聞いたんです。

 そんなことを聞いてしまっては見に行かずにはいられません。水野という学生時代の友達が車を出してくれるということなので、私は意気揚々とその日を楽しみに待っていました。

 数日後の、辺りが暗闇で埋まる頃。山に一つ小さな光が一瞬ピカっと見えました。するとそれに呼応する様に一気に光が灯り始めたんです。

 漢字一文字、何だか難しい漢字でしたよ。オシャカ様の「カ」みたいな漢字だった気がしますね。一切の歪みのない、綺麗な送り火でした。

 あれってもともと立ち位置を決めておいてから火を点けるんですかね……?

 まあ今となってはどうでもいいですが。

 そんなことを考えながら私はその光景を眺めていると、水野が急に

「あの山の近くまで行ってみない?」

 という様なことを言い出したんです。類は友を呼ぶとはよく言ったもので、彼女も私と同じく気になることは自分で見聞きして確認したくなるタチなんです。涼しげな空気とは裏腹に、私達のボルテージは高まっていきました。

 

 彼女の運転する車に乗り、約三十分後。例の山の麓に到着しました。あたりの静けさに少し怖くなりましたが、「まごうやまにようこそ!」という無邪気な看板を見つけて少し気が楽になりました。

 少し登れば送り火を灯した人達がいるはず。その人たちと軽く談笑でもしながら山を降りる。

 そういうプランの楽しい探索になる、とその時はまだ信じていました。

 

 目の前の女、井山景子は奇怪な体験談を語り続けた。

「なんか、意外と静かなんだね」

 彼女は暢気なものでしたが、明らかに異常でした。人どころか、生物の気配すら全く感じない。木々のざわめきだけが聞こえてくるという、そういう場所。

 それでも人に会えると信じて進み続けていると、ピカッと一筋の光が見えました。「懐中電灯だ!」と確信した私達は、安堵して駆け寄っていったんです。

「待って、景子!」

 普段そんな呼び方をするわけでもないのに、急に私の下の名前を呼ぶので、驚いて立ち止まりました。目をこらすとそこには、なんとも説明し難いのですが……。

 背丈は私より少し大きいくらいで、ぎょろりとした大きな目のついた猿のような化け物が私達の前にたたずんでいました。

 奴は「グググウ」という唸り声をあげていました。

「うわあああああっ!」

 私はすぐさま後ろの飛び退いて逃げようとしましたが、巨大な腕で足を掴まれてしまったんです。

 もうトラウマですよ、と苦笑しながら井山景子は右足首を見せてくれた。確かに手形のような痣が確認できた。少なくとも人間の手のサイズとは思えない。

 私は奴に必死に抵抗しながら、水野の様子が気になりました。周りを見渡してもその姿がありません。一人でも逃げてくれたのならそれで私は構わない、まさか他の化け物に捕まってしまったのかと思うと……。

 私は泣いてしまいそうでした。大きな目を光らせながら奴は私を担ぎ上げるようにして抱えたんです。

「もう、だめ……」

 何をされるのかわからないこの状況で脳が完全に思考停止したその瞬間、一台の軽自動車がこちらに突っ込んできました。

 型落ちして若干レトロな雰囲気を帯びたその車は明らかに水野のものでした。車は私ごと化け物を吹き飛ばしましたが、クリーンヒットしたのは奴の方で、私は軽傷で済みました。

 化物の腕は引きちぎれて中からは火花が飛び散り、電線がむき出しになりました。

「き、機械?」

「早く!早く乗って!」

 怪しい光をいくつか振り切り、険しい山道を私達は下っていきました……。

 

 長話を終え外に出ると、もう夕暮れ時だった。気が確かな人間なら「荒唐無稽」と吐き捨てて終いだろう。私自身、山ほどのホラ話をつかまされてきた。

 だが、今回の話は真実だと私は確信している。

「迦の字の紋、ね」

 吐墨魚に引き続き、興味深い話を聞くことができた。ん、そんなに興味があるなら自らあの魔業山とかいう山に行けって?

 嫌ですよ。だって、怖いもの。

 

 盆の暮れ。日も落ちてしばらくした頃、何の予告もなく魔業の山に迦文字の火が燃え広がる。

 いや、火ではなく、光。彼らの「眼光」である。昨年仲間を一人失って光が歪になっていたが彼らは意に介さず、自分の仕事を全うする。

 どんな意図があるのかはわからない。自身を作り出した親に向けた感謝の光なのか?

 それとも……。

 彼らはただ無機質に、天へと光を放ち続ける。

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怪作師ケゴー 矢壁 四漁 @usibari

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