第14話 わがまま姫と従者たち


 どうやらこの世界には四季というのがあるらしく、春の終わりに来た俺たちが数えて五ヶ月を過ぎた辺りには、もうすっかり秋の空気がそこいらに漂い始めていた。

 秋はいいよね。なんたって天気が穏やかだ。んでもって街の市場に旬の野菜なんかが出回り始めて、肉や魚も大量に。今年はかなりの豊作らしく、冒険者ギルドだけじゃなく、商人ギルドや職人ギルドなんかももう大盛り上がり。そして来週から城下一番乗りお祭りである、月樹祭が始まるもんだから、もうその準備に追われて毎日至る所を奔走する羽目に。

 街の気温も肌寒い日が増えてきた。そろそろ冬物買わないとな。神器でもいいんだけど、やっぱ流行りに乗りたいじゃん。

 ということで俺は、今日のクエストを中止してハージュと二人、服屋の前に来ていた。安くていい生地も使ってる。らしい。俺は来たことないけどね。つーか、そもそも服あんまいらないしね。

「スバルさーん!これなんかどうですー?」

「モスモスの毛皮か……。まだ早くないか?」

「そうですかねー。でもこれ一着で冬も秋も越せますよ。スバルさん家、暖炉ないんですよね?」

「……あぁー。まぁ、たしかに」

 そう。俺とクレティアが暮らす2LDKの貸し部屋は、なんと暖炉がないのだ。この世界、寒い時にはマイナスいくそうじゃない。そんな中あの部屋で寝てたら、自分の息で鼻が凍りつくぞ。

 どうやらあのバカ神さまは、毎年毎年雪が降る前にはフィルさんの家に避難していたらしい。つーかあのアパートの住人全部が友達の家に逃げ込んだりしてるんだとか。いい加減付けろよ!大家さん!暖炉って煙突とかいるし、個人でつけれないんですけど!

 今後への投資と考えて銀貨3枚を放り投げる。あったかいけど、この陽気じゃ汗かいちまうな。

 ほどよく冷たい風がほおを過ぎ、麦の匂いが鼻をつく。今も商人ギルドの連中は、祭りで振る舞う食事の試行錯誤に必死なんだろう。

「なんか食ってくか?」

「いいですね。そんじゃ飲みましょう!」

「……まだ昼だぞ」

 気だるげに返事をしつつも、俺の体はギルドへ向かっていた。全く、身体は正直だぜ。もう欲しがってる。あぁ……。

 秋晴れの、お昼下がりにボトル開け。こりゃまたどこの風流だよ。と言わんばかりにちびっとだけ仰ぐ。うまいね。人が、特にクレティアが働いてるのを見ながら飲む酒は特別うまい。

 四時を過ぎても、ギルドにはほとんど人がいなかった。この時期は毎年そうなんだとか。なんでも、ガディは本職である花屋で、装飾用のでかいアーチを作ってるらしい。初めて聞いた時はマジかよって思ったよ。ってか今でも思ってるよ。

 他の奴らも、実家の店の片付けやら出店の準備やらで、ここ二週間はほとんどクエストに出るやつはいないようで。俺とハージュ、それに他何名かはやる事ないから暇だ。大掛かりなクエストも入って来てないし。金ならこれまで稼いだのが結構あるし。

「……お前らのぉ、こんなこと言うのもアレじゃが、働いたらどうじゃ?」

 一番言われたくないやつが、俺たちに向かって説教を始めるなんてことも。あぁー、殴りて。生まれて初めてニートの気持ちがわかったよ。

「つってもよー、そんないいクエストあるんですかねー。お嬢さぁん」

 頬杖をつきながら、昼休みの学生のような気の抜けた表情の俺。睡眠の秋か。それも悪くない。

「まぁ、それは確かにの……。お前らのレベルだと小遣いくらいのしか今の時期はないんじゃからして……」

「もっとこうさぁ、なんかねぇの?熱き血潮が湧き上がるような、例えばドラゴン退治だとか」

「んなもんあるか。ほれ、キリルンなら万年募集中じゃぞ。ハージュでも行けることが分かったんだし、これとかどうじゃ?」

「ひっ……!キ、キリルンはいやぁぁぁぁ!!」

「あっ!てめハージュ!抱きつくな!どさくさ紛れに匂いを嗅ぐな!」

 なんともまぁ、本当に魔王を倒す気があるのかと問いたくなるくらいに、俺たちは緩みきっていた。ここ最近も、行くクエストが全部作業ゲーだよ。なに?たまには神器の試し切りをしようとしたらモンスターは逃げてって、そんでもって俺のやることは盾役ですかい。まぁ、そんなおかげもあって、レベルだけは上がって受けれるクエの難易度も上がってるんだけども。

 掃除の行き届いたギルドのカウンター。その上にある、コップから滴った水滴に映る自分を眺めるなんて悲しい遊びまで。俺たちは退屈だった。

「祭りの手伝いとかはどうです?」

「ガディんとこは拘るからつって弾かれたし、他も今更感あるしなー。明日からだよ、おう」

「発想がニートじゃの……。わしは悲しいぞ」

「てめぇだって暇だろうが?ギルドでやる出店の準備は全部フィルがやってるし」

 三人揃って軽い息を吐く。来週からは祭りが始まってクレイジーウィークになるのは確定だが、その準備期間がなんともねぇ。学祭ならきっと、夜遅くとかまで残って切ったり貼ったりするんでしょうよ。つか今頃向こうじゃ文化祭シーズンだよ。行きてえよ!ステージ発表とかしてぇよ!

 すっかり慣れた酒の味。いつも夜に呑んでいた時はこれでもかと舌を震わせたもんだが、今じゃただのアルコール。刺激が欲しい。そう思っていた。

「お願いフィル!一生のお願いだからぁ〜!!」

 そんな折、いきなり後ろの席からやたらでけえ声が上がった。随分と若くて、まだ声変わりもしてないくらいの女の声。一体フィルさんは何に絡まれた。まさか……娘か!?

 そんな馬鹿なと思いながら、恐る恐る振り向く俺。するとその先、ギルド入口のテーブルに座った幼女が、なにやら必死の剣幕でフィルさんにまくし立てていた。

「だから、ダメなんですって。クエストロールの発行には保護者がいるんですってばぁ〜。こっちがお願いしますから、ね?姫さま」

 なんだ?姫さま?あのロリっ子が?マジかよ。俺の妹より小さいじゃん。多分小学校低学年、二桁いったかいってないかくらい。金髪ツインテで、姫さまで、おまけにわがままときたか。こいつぁ役満だ。

 ふぅ、と困ったようにため息を吐くフィルさん。さすがに放っておくわけにもいかないので、ハージュと二人席を立ち、なるべく爽やかなお兄さんを装って近づいた。

 なんかあったんすか?そう尋ねると、ロリっ子の冷たい目線が俺に向けられる。こらこら、人を白眼視しちゃいけません。ツンデレのお手本か何かですか?あなたは。

 突然現れた俺を警戒するように、黙りこくって借りてきた猫に。俺だってそんな態度とられては、迂闊に会話に持ち込むこともできず。どうしたものかとフィルさんに助けを求めると、苦笑十割な表情で答えてくれた。

「姫さまが、依頼があるからクエストロールを発行してと申しているんです。でも、原則大人がいないとできなくて……それで」

 あぁ。なるほどね。うんうん。姫さまが自分でもってきたクエストをねー。……まじかよ。

「ちなみに、どんな内容なんすか?」

 俺の言葉が耳から抜け落ちているのか、肝心のお姫様からの反応は全くない。なんだこいつ。俺の妹より可愛げねえぞ。おいこらてめぇ、デコピンでもくらわしたろか。

 俺の手が動く一秒前に、フィルさんが姫さまとアイコンタクト。何?これってもしかして結構重要な、ガチな案件だったりする?飼ってた魔獣が逃げ出したとか、王室の役員を事故死に見せかけて殺せとかか。

「……他言無用ですよ?もし話したら……」

 フィルさんの纏う雰囲気が変容を遂げる。なんだ?まじでガチなのか。つーか大丈夫なのか姫さま。そんな重大な案件おっ下げて、護衛も付けずにここまで来るとか。

 心臓がこの続きを恐れやがる。こっからが楽しいのに。口を噤んで黙秘権とやらを決め込む姫さまに、なんとか懐柔を求めるフィルさん。あぁもう。こいつは真性の人見知りですね。俺が保証するよ。

「……は、はい」

 一応恐れおののくような声のトーンで応えた俺。この国の兵が束になっても神器の前には無力なんだけど、まぁ、うん。フィルさんの体裁もあるし。

 ふぅ、と軽く息をついて、腕を組んでしばしシンキングなフィルさん。どのくらい信用されてるんだろうか。そこいらの奴よりか口は堅いぜ。話す奴がいないからだけども。

「…………七草がゆを作りたいんですって」

「……は?」

 は?ってなるよな。だって散々勿体ぶっといて、出てきた答えがそれって。あれか?俺は七草がゆ程度も誰かに話してしまうようなバルーンマウスだと思われてんのか。

「……去年王様に振る舞った、お手製の秋の七草がゆが大変好評だったらしくて。それで今年も材料集めるから、それをクエストに、と」

「城の近衛兵がおるじゃろ?」

 せっかく俺たちが引き出した情報を、いとも容易く奪い取るように入ってきたクレティア。仕事はどうした?忙しいんじゃなかったか?

「それが……今年は雑務や警備で出払っているようなの。姫さま一人じゃ城壁の外に出られないし、ここならできるだろうって」

「まぁ、確かに。お前なかなか賢いじゃないか」

 王様の嫡子だというのに、少しばかり言動が悪かったかな。でもあった事ねぇんだよなー、王様。凱旋で顔くらいってところ。月に一度は国民公会があるらしいけど、興味ない俺がそんなの行くはずがなく。外の世界を見たいがために、クエストクエストの日々を送っていた結果、政治にはすっかり疎くなって、ねぇ。

 そんな俺の小馬鹿にしたような台詞が気に入らなかったのか、それまで黙っていた姫さまがようやく口を開く。

「はんっ!あなたは随分お気楽な頭をしてそうね。いいこと?あなたが立入れるお話じゃないの。私はフィルと交渉に来たのよ」

 毅然とした態度で、あたかも私は偉いのよと言いたげな、クソ生意気な目。いや実際偉いんだけど、なんだこいつ。

「おいハージュ、今から三秒だけ何があっても俺の行動を見逃してくれ」

「ちょっ!?ダメですよスバルさん!」

「このくそがきに冒険者を教えてやるぜぇ!」

「……ガキじゃのぉ……」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ俺に、それを止めに入るハージュ。フィルさんとクレティアはまるでやんちゃな兄弟を見守るような目で俺たちを眺めていた。

 一通りのお約束展開を済ませたら、後は普通に依頼を聞くのが定石よ。まぁ、こんなロリっ子相手に怒るのも大人気ない。きっとあれなんだろ。お城であんま同年代と接してないから、距離感がわかんないとか。

 今更ながらできる男を演出するため、さり気なく椅子に腰掛ける。飲みかけの酒をハージュが持ってきて、ジュースの隣に置いた。なんだ?安っぽい西部劇みたい。

「んで、まぁ、クエストロールは発行できないんですよね?でも姫さま一人じゃいけんのでしょ?」

「そうね……。最低でもレベル10は欲しいところよ。それも三人以上かな。護衛もあるし、万が一の責任を考えると……」

 確かに。フィルさんの言っている事は正論だった。下手に承諾して勝手に姫を連れ出したのがバレでもしたら、そりゃ大問題にもなる。擁護してくれるかどうかわからんこのクソガキが仮に弁護してくれても、低くて国外追放は免れないだろう。下手すりゃそのまま断首台って案件だ。

 俺一人ならいくらでもやれる。バレても、追っ払われたらまた別のところへ流れりゃいいし。最悪野宿でも全然いける。絶対壊れない家があるし。でも、それをクレティアや、ましてハージュに強制させるわけにはいかないわけで。

 俺とクレティアは一つ、大きな契約を交わしている。魔王を倒した時俺を元の世界に戻す手続きをするのと引き換えに、その過程はこの世界のルールに従えという、いたって普通の。俺たちが世界をはみ出した方法で、例えば神器を考えなしに振るって国家を潰し、それで魔王を討っても俺の願いは成就されない。それどころか、一生別世界に隔離されることもあり得る。

 納得はいくさ。だってこっちの人には、その後の未来があるわけだし。オンラインゲームと違って、ここは俺がいなくなっても正常にいつもが訪れるんだよな。そんなの聞かされたら、神器持ってるからってホイホイなんでも首を突っ込むわけにはいかなくて。

 ギルドの中に、ちょいとばかりの静寂が訪れた。二つ隣のテーブルのやつが、気を紛らすかのように荒々しく椅子を引く。ギルド内は俺たちだけになった。

「…………30枚」

「……あ?」

 ふと、蚊の鳴くような声でロリっ子ツンデレ姫は言った。そうして徐に懐に手を突っ込んだかと思うと、取り出したのは革製の高級な袋。しかも重そうな。

 じゃらっ、という音とともに、それはテーブルの上に丁寧に置かれた。この扱いを見ればわかる。別に中を見なくとも。

「お手伝いとか、お小遣いとか貯めたの。金貨30枚。これでなんとかならない?フィル」

 おっほぉ〜。き、金貨30枚ねぇ。いやいやいや、別に幼女の財布に手を伸ばそうとなんてしてないよ。ただちょっと、人間として反射的にというか。うん。

 正直こっちの金銭価値はまだよくわからんが、金貨30枚はかなりの大金なんじゃないだろうか。そもそも銀貨とかの貨幣価値が曖昧なんだよな。発展途上国的な価値観だな。おう。

 ってかこの姫さまは、金でルール買収しようとしていた。おいおい。いいのか?国家の手本となるべき人間が率先して規律変えにいってんんじゃねぇか。よかったな、日本じゃなくて。叩かれることだったぞ。

 そっと中身を確認して、より一層驚きを増すフィルの顔。そりゃ子供が持ち歩いていい額じゃないからな。

 ふぅ、と一つ息を吐き、フィルさんはお金を大切そうにロリに渡した。そしてきちんと懐にしまい、ボタンを閉めたのも確認。そこから始まるは、齢二十とごほんごほんなお姉さんの諭しタイム。ーーのはずだったのだが。

「どうして、そこまでして作ってあげたいんですか?秋の七草じゃない普通のやつなら、お城にある材料で十分作れますよね?」

 フィルさんの大人時間を遮ったのは、目に微笑みを乗せたハージュ。こっちは考えを変えさせるというよりは、むしろ単純な疑問のよう。

 俺にには変質者を見るような目を向けたロリっ子だったが、どうやらハージュの見た目は子供を安心させるらしい。俯いていた姫さまは顔を上げ、にこにこ笑顔のハージュに答えてやった。

「……だって、それだと私、頑張った事にならないじゃん。褒めて欲しいからやるの」

 それは子供なら誰でも持つ、ごく当たり前の欲望からだった。そりゃ親父には「よく頑張ったな」って褒めて欲しいし、お袋には「まあこんなに汚れて。ありがとね」なんて言われたい。

 くそ。やっぱりツンデレじゃないか。俺向けじゃないけど。つか、絶対俺のハーレムにはいらないけど。

「それに……最近パパ、あんまり寝てないから。ほんと、そこらへんはちゃんとしてほしいわね。ふんっ」

 自分のキャラを思い出したかのように、ハージュから目をそらすロリ。それを聞いたからなんだろう。ハージュはその栗色の大きな瞳にハイライトを浮かべながら、にっこりスマイルで俺の方を見た。

 あぁ。わかっちまうよねー。数ヶ月もパーティー組んで、来る日も来る日もクエスト行ってりゃ。大体言いたい事は予測できる。しかしどれだけ躱そうと思っても、まだ俺にハージュ抗体はできてなかった。早い話が、あの顔で頼まれたら断れない。罪悪感がね、凄いのよ。

「はぁん。お前も難儀な子じゃのぉ。だが父母のためとて、ルールはルールじゃからな」

 提案しようとしたハージュに釘を打つように、誰よりも早く口を出したクレティア。こいつとしちゃ、そりゃ重要な事なんだろう。神様が規律違反を見逃すのはちょっと無理がある。わかっちゃいる。理屈がそうだとは。

 悲しそうな顔のロリと、しゅんとしたハージュ。それがこの国の法なのだから。冒険者はあまで国から認定を受けただけの人間で、王に直接請願する権利なんて持ってない。だから、このロリの願いを叶えるのは無理なんだ。

「…………そう。お邪魔したわね。良い祭りを、フィル」

 一丁前に。舌足らずのくせに大人ぶりやがって。もっと子供らしく反抗しやがれってな。

 短い脚で椅子を降り、肩をすくめてとほとぼと。一度は断った。そんでもって、ちゃんとルールの確認もした。後は、そうだな。きっかけがありゃいいんだが。まあそりゃ別にいいか。

 自分の妹よりも少しばかり小さいロリの、おもちゃを買ってもらえなかった時のような顔。ありゃ俺の弱点属性だわ。きっと俺、ダメな兄になるんだろうな。

「おい待て姫さまよ。聞き分けのいいツンデレなんて、誰も求めてねぇぞ」

「ふんっ!なによ!あんたも規律とかルールと言うんでしょ!いいもん!私一人で行くもん!」

 全く。このロリっ子は。こりゃきっと、両親の教育が良かったんだろう。だから余計な知恵もつかず、きちんと法律を守りやがる。

 てめぇロリっ子。そりゃガキの仕事じゃねぇだろ。もっとツンデレらしくわがまま言ってみろよ。つか一人で行く気だったのかよ。姫さまチャレンジャーだな。

「その金額で、俺たちを雇わないか?それなら合法だろ?」

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神罰の烙印〜神様と旅した千日記〜 天地創造 @Amathihajime

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