パテント・ゲーム
にぽっくめいきんぐ
甥っ子と私
白と紺のセーラー服。目を細めてニコニコ笑いながら、刃物を振り回す少女と。
穴のたくさん開いた白い仮面。チェーンソーをブンブン言わせながらにじり寄るおっさんと。
カラフルなパジャマみたいな服。ステッキを持って、がに股で、左右に軽やかステップを踏みながらドアに近づく、鼻の大きなピエロと。
扉の向こうには、そんなこんなな
(なんのデスゲームですか、これ……)
ドアに設けられた、透明の小窓が、私のため息で白くなった。
特許部のドアは頑丈で、まだしばらくは持ちそうだ。
ご依頼に従って、はやく解決しないと。
でないと私たちは。
ぎゃああああ!
ひいいいい!
ドアの外から、人の声が漏れ聞こえた。
デザイン部? 広報部? 組織構成はわからないけれど、ともかく、株式会社マルヤマの「誰かが」今、やられた。「
「令奈くん。はやく特許第29994999号の回避策を見つけてくれ。『美人すぎる何でも屋』の実力を、はやく」
株式会社マルヤマの特許部部長、前橋さんは、ひきつった顔で言った。マッチ棒のような体躯の上に載った白髪が多くて、相当心労がたたってるんだな、と見て取れた。
「ご安心を。これ以上、御社の社員は殺させません」
私みたいな大学生
少し小さなスマホのカメラを、ドアの透明窓越しに、押し寄せる
奴らが人を殺傷する大義名分。
スマホの1画面には到底収まっていない。
(そのまま読んじゃだめなんだよね。私の頭じゃ理解できない)
・ディープラーニングを利用する。
・学習モデルに、人間についてのデータを大量に読み込ませる。
・「19歳、女子、学生」だの、「43歳、男性、経営者」だの、好きな設定で人間を、人工的に「具現化」する。
この3つを特徴としていた。
「なんてこった……うちの版理システム、そのものじゃないか」
私のスマホを覗き込んだ特許部部長、前橋さんは、うなだれた。
「部長様、特許権侵害を、お認めになるんですか?」
驚きで、私の声はいつもより大きくなった。株式会社マルヤマは、そんなことまでしてたっていうの?
「罰だ。これは罰だ」
「えっ?」
「特許を侵害したものは、特許によって殺される」
前橋さんは、そう言って膝から崩れ落ちた。
特許発明を「実施」して生み出された、種々の
(知的財産って、こんなに怖いものだったなんて)
動画サイト『
「いいえ」
今はそれはいい。
引き受けた仕事を、完遂する。
何としてでも、侵害を回避する。
そして、殺害を免れる。
「た、たすけ……」
「母さん!」
ドアの外から、また、断末魔の声が漏れ聞こえた。死にゆく彼ら彼女らと、私達とを隔てるのは、あのドア1枚しかない。
(今死んだら、私のアカウントはどうなるの?
5歳の甥っ子、拓野くんは、ソファーベッドの上に足を投げ出して座り、私のお古のスマホをずっと見ていた。
どがががが!
ぎゅいいいいん!
ヒッヒッヒ
うう……。
ドアの外はあんなに殺伐としているのに、
延々と
「俺たちは、ゲームが売れるか、事前に確認したかっただけなんだよ」
と、ゲームプランナーの田無さんは、私にすがった。
20代男性、学生。
30代男性、営業職。
20代女性、事務。
そうやって属性を入力すると、その人格が生成されて、ロボットに移植される。
ロボットにゲームをプレイさせて、ロボットからの感想をもらい、そして開発にフィードバックする。
――それが、株式会社マルヤマの『版理システム』だった。
殺人鬼を呼び寄せる、元凶となってしまったシステム。
「ゲーム開発には、費用と時間が、ものすごくかかりますものね」
優しく私が言うと、田無さんは「ごめんなさい」と言って、静かに泣き出した。
年上の男性の涙を見たのは、これで何度目だろう?
なんとかしてあげたいと、私は思った。
(でも、一体どうすればいいの?)
殺人鬼が大義名分とするのは。
・ディープラーニングを利用する。
・学習モデルに、人間についてのデータを大量に読み込ませる。
・「19歳、女子、学生」だの、「43歳、男性、経営者」だの、好きな設定で人間を、人工的に「具現化」する。
そんな内容の、特許第29994999号。
どう考えても、版理システムは、アウトのように思える。
(私達、ここまでなの……?)
途方にくれ、私が髪の毛をキュッと握ったその時。
「れーたん」
拓野くんがソファーベッドから立ち上がった。
「こんなになった!」
両手に持ったスマホの画面を、拓野くんは私に見せてきた。
古いスマホの画面は、真っ暗になっていた。
暗証番号を入れないと、オンにはできない状態。
「もう一回、開いてあげるからね?」
暗証番号を入れると、動画サイト
画面右横の再生履歴を見ると、拓野くんはずっと、
「おねえさんといっしょ」の動画を延々とみていた。
(うんうん。5歳児だからね。……あれ?)
再生履歴の中に、何か違和感を覚える。
「GCN解説」という動画のタイトルが、違和感の正体だった。
どう見ても、「おねえさんといっしょ」とは異質の動画。
私は、再生ボタンをタップしてみた。
(GCNは、GNNの特殊例……。有向グラフ……)
再生した動画の中では、そんなキーワードが、字幕として踊っていた。
それよりも、動画の右隅の方。この四角い物体に、私は見覚えがあった。
「たーくん!」
私が歓喜の声を上げたその時。
ギュイイイイ! バギャッ!
ついに、ドアがぶち破られ、
フロア内を、阿鼻叫喚の声が飛び交い始めた。でも。
「待って!」
私が大声を上げると、奴らは、私の方を見た。
私は、
その先に居るだろう、あいつに向けて。
ディープラーニングは『多層』、3層以上よね?
版理システムは、この子たちを産んだ特許を、侵害していない!
「えっ? そうなの?」
「ぐるるる」
「Oh, Shit!」
今まさに、私達を殺傷しようとしていた
「ふう、間一髪ってところだった」
力の抜けた私は、膝に力が入らず、その場にペタリと座り込んでしまった。
「令奈くん! よくやってくれた! ……たすかった!」
前橋さんをはじめ、特許部の皆さんはみな、肩を叩きあって喜んでいた。
「たっくん?」
私は這うようにして、5歳の甥っ子の元へと移動した。
「きみのおかげだよ?」
頭をなでてあげると、拓野くんは真顔でこう言った。
「うーちゅーぶ、けんさく、おねーたんといしょ」
「あはは」
私は吹き出してしまった。
「たっくんは本当にうーちゅーぶがすきだね」
言って私は、甥っ子をぎゅっと抱いた。
「れーたん! うーちゅーぶ!!」
マルヤマさんから報酬をもらったら、この子に何を買ってあげようか。おばさんの話だと、ミニカーにはまりつつあるんだっけ。それにしても……。
拓野くん、版理システムが使っているグラフニューラルネットの解説動画を偶然引き当てるなんて。
「まさか……ね?」
――私は、子供の吸収力というものを、あなどっていたんだ。
パテント・ゲーム にぽっくめいきんぐ @nipockmaking
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