4曲目 ほろ苦く、そして甘い

「えー? クラスの人と一緒にいるの、駄目?」


 会話の相手が親だと推測した。反抗期特有の口調は身に覚えがあった。だが、途中から違和を感じ始める。


「ちょっとストレス発散したかっただけなのに。そんなにうちのこと信じられない? あいつ、カースト上位層だから仲良くしてたら何かと便利なの。周りの奴らも単純だし、テキトーに笑っとけば寄り付かないんだから」


 頭を強打したような衝撃に呻き声を上げる。付き合いたい理想の女の子像が消えた後に見た響子さんの素顔は、お世辞にも可愛いとは言えなかった。


 勝手に好きになったり幻滅したりする俺は無責任すぎるのか。自己嫌悪に陥っていると、響子さんが楽しそうに笑い掛けた。


「常盤くんもそう思うでしょ? 奏太くんに絡まれて迷惑だよね。楽天的でへらへらして、人の気持ちを考えないで。しつこく迫ってくるところも気に食わないとこじゃない?」


 悪びれずに言ってのける響子さんを見ることが、こんなにつらいなんて知らなかった。よく知りもせずに告白しようとした自分が情けない。


 俺は呼吸を整えて話し出した。


「一つだけきみが言い忘れていることがある」

「 なあに? 教えてくれる?」


 化けの皮を被り直す態度に苛立ちながら、響子さんとの違いをはっきり伝えた。


「あいつは人気者を気取った、裏表あるような奴じゃない」


 皆の理想を演じる響子さんの生き方を非難するつもりはない。だが、俺の数倍は自分らしく生きている奏太を悪く言ってほしくなかった。


「純粋に楽しめないなら帰れよ!」


 脈ありと誤解させるほど、好きでもない人に愛想を振り撒きやがって。八方美人にも程がある。


「はっ? 逆ギレとか、小学生?」


 響子の唇が歪む。


「殻に閉じこもるしかできない奴に言われたくないんですけど」


 心の傷が疼く。高みの見物をしているのは自分も同じなのか。

 響子さんは腹を抱えていた。


「もう! 同じこと言わないでよ、とおくん」


 この状況でよくいちゃついていられるな。呆れ果てた俺の耳を、あどけない掛声が癒した。


「そーれ!」


 響子さんの足をスクールバッグが直撃する。投げられた方向には、俺に向かって親指を立てる乃々歌がいた。


「ナイスプレー、でしょ?」


 どんな競技だと苦笑していると、響子さんの悲痛な声が上がる。


「これ、うちの鞄じゃん!」


 通話をやめた響子さんは鬼のような形相を浮かべていたが、次第に勝ち誇った笑みに変わる。


「サッカー部のマネージャーがこんなことしていいのかなぁ。拡散してほしくないよね?」

「拡散されて不利なのはきみの方だろう?」


 振り返ると、奏太が角から顔を覗かせていた。


「りっくんとのやりとり、ずっと聞いていたよ」

「奏太くん? あ、あれは……その……」

「本音以外の何物でもないよね」


 響子さんを捉える目は笑っていなかった。


「『話しやすい』だの『可愛い』だの、持ち上げてきた僕らが悪いのかもしれないけど。それに甘えすぎたきみにも責任はあるんじゃないかな」

「えっと、その……」


 響子さんは鞄を握りしめた。


「よ、用事があるから帰るねっ」


 脱兎のごとく逃げ出す様子に、奏太も呆然としていた。だが、「月曜にどんな反応を見せてくれるか楽しみだなぁ」と呟くあたり、さすがの切り換えの速さだと思う。


 奏太は俺に近付いて息を吐いた。


「よし。傷物になってないね」


 誤解を招く発言をするな。擦れ違ったお姉さん達が、顔を真っ赤にさせて走って行ったぞ。


 その指摘に、奏太はおどけるように手を振った。


「あとは若い二人に任せますかね」


 真意を掴めない俺を、暗い顔の乃々歌が見上げていた。


「もう少し早く駆けつけられたら良かった」

「いや、充分助けられたぞ」


 響子への制裁にスカッとした。俺の怒りは鎮まっていたが、乃々歌は口をとがらせていた。


「あの子から言われたこと、真に受けちゃ駄目だからね? りっくんは殻に閉じこもってなんかない。音楽が好きだって気持ちは変わっていないもん」


 どうしてそれを。


 目を見開いていると、乃々歌は「私だってゲームセンターに行くんだから」と誇らしげに言った。


 リズムゲームをしている瞬間だけは、現実を忘れられた。もう一度だけ歌で輝きたいという願いを押し殺せた。


「でも、俺に音楽は合わないよ」


 反吐が出る。そういうの誰も求めてないから。


 合唱練習の休憩でリクエストされた曲を弾き語りしていたとき、好きだった子に言われた言葉だ。


 俺の歌には振り向かせる魅力がない。悲しいが、それが現状だ。

 泣き笑いを浮かべた俺に、乃々歌は真相を告げる。


「実は『幼馴染みと付き合っているのに、他の女の子に良いところを見せようとしてる』って思われてたみたいなの」


 なんだよ、その誤解。俺にはもったいないほど良い子なんだぞ。乃々歌が選ぶはずがない。義理チョコを渡したこともないのだから。


「あのね、りっくん。私が好きなのは……」


 乃々歌は目を逸らして口ごもる。


「好き、なの、は」

「無理して言わなくていいぞ」


 こんなに思われている奴、幸せだな。そう羨んだ次の瞬間、胸が締め付けられる。


「だって、本人が目の前にいるから恥ずかしい」


 鈍い俺でも分かる告白に、数秒前の自分を殴りたくなった。


「ずっと前からあなたのことが好きでした。性格も、声も、ルックスも。自分の方がしんどくても私のことを気遣ってくれる優しさも」


 理想の女の子になろうと必死だったと言われ、思い当たることがあった。


 乃々歌が見た目を頻繁に変えていたのは、俺が好きなタイプに寄せていたからか。

 そんな努力をせずとも。俺は乃々歌の頭を撫でた。


「そのままのきみでいてくれ。乃々歌の全部好きだからさ」

「うん」


 乃々歌は両手で顔を覆った。


「良かったぁ。今年はチョコレート食べるの我慢して」


 持ち主の動揺に連動するように、胸元のスマートフォンも震えた。「もうすぐラスト十分」という奏太からのメッセージだった。俺は乃々歌の手を握って走り出す。


「きみのために歌っていいか?」


 乃々歌は答えの代わりに頬を赤らめ、か細い声であることを囁いた。




 マイクを持つ手が震える。音が飛んでいないか不安で、サビ前に心が折れそうになる。緊張をほぐす手拍子がありがたい。


 奏太、俺の歌ほんとに聞きたかったんだな。めっちゃキラキラして見てるじゃん。


 俺は乃々歌に視線を向けた。小さく開いた口が、大好きと紡ぐ。

 知ってる。だって、きみはさっき言ったんだ。「愛してる、律」って。


 加点対象のビブラートとしゃくりが増していた。高得点の手応えはある。


 だけど足りない。


 満足なんて言わせない。交際を申し込む前に歌うラブソングは、一生ものにしてほしいから。


 全力で歌い切った後、自然と笑顔になる。


 バレンタインデーの贈り物を渡し終えた俺を、乃々歌は優しく抱き寄せた。

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チョコレートは贈らない 羽間慧 @hazamakei

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