3曲目 クラスのアイドル
十四日の夕方。学校から徒歩二分程度のカラオケボックスに来ていた。
二日前は楽しみにしていたが、燃え尽きた体では手拍子さえも重労働だった。一時間近く目を輝かせただけでも褒めてもらいたい。
部屋の大部分を占めるのは、奏太と同じサッカー部員だった。一昨日、掃除時間限定のユニットを結成したお調子者の顔もある。居心地は比較的いい。俺の右隣以外は。
なぜ乃々歌が参加しているんだ。高得点ばかり出すため、遠慮してカラオケの誘いを断るようになったと聞いていたのに。
退屈な世界を忘れさせる抜群の歌声は賞賛する。だが、俺の目当ては響子さんだ。響子さんよりお前の印象が残ってどうする。
「安定の九十六点!」
「しかも替え歌での挑戦だろ?」
「うちのマネージャー最強かよ」
機嫌を良くした乃々歌は、コーラの一気飲みによって歓声をさらに浴びていた。
次に歌う響子さんがプレッシャーに押し潰されないか気がかりだ。心なしか、つまらなそうにピザを頬張っている気がする。
だが、それは杞憂だった。
アップテンポの可愛らしい曲を、躍りながら歌い上げていた。マイクを両手で握る姿も、疲れ切った目の保養になる。
この幸せがもっと長く続いてくれればいいのに。好きな子といつまでも一緒にいたい、なんて俺みたいな根暗が言っても迷惑なだけだよな。でも、言わないままでいるのは自分が苦しいだけだ。素直に「好きだ。付き合ってください」と伝えたい。
歌で? いやいや、歌声で拒絶された前例がある。響子さんがあんな目をすることはないと分かっていても、恐れは拭えない。
告白に踏み切れないまま時間だけが過ぎていく。残り時間が三十分を切っても、歌う意欲は皆無だった。
俺は気分転換に、グラスを返しに行くことにした。
一人になると溜め込んだ思いが溢れ出す。
「この意気地なしがぁっ!」
通路に流れる恋愛ソングが怒りを加速させた。
「せっかく同じクラスになっても、全然アプローチできねーじゃんか。初めて至近距離で話せた日、忘れたとは言わせないぞ。文化祭の前日準備とか遅すぎだろ」
唇を噛んで自分を奮い立たせる。
「せっかく奏太がお膳立てしてくれたってのに。このままで悔しくないのかよ。今日こそ言うって決めたのは寝言だったのか?」
曲がりくねった通路を抜け、返却口にグラスを押しやった。ついでに弱虫も引き取ってもらえないかな。
次に響子さんに会ったら、頑張って話せよ。そう励ましたときだった。
「模試の手応え? まずまずかな」
聞き覚えのある声に鼓動が早くなる。
少し離れた通路に響子さんがいた。壁に寄りかかっているせいで右手が見えないが、電話中のようだ。トイレに行くと言って部屋を出たのは、盛り上がっているときに電話することの後ろめたさだろう。
周りへの配慮がきちんとできるところも好意的だ。愛しさが止まらない。
俺は話が終わるまで待つことにした。にじむ手汗を袖で拭きながら。
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