雨のトイレで真中は誘惑する

夏山茂樹

 雨のトイレで誘惑するJCの話

 公園のトイレに閉じ込められた千代真中(ちしろまなか)は、大雨に濡れて黒い下着と張りついた自身のブラウスを半分脱ぐ。隣には少女の姿をした円琳音(まどかりんね)が赤いレインコートのフード部分から、驚いた表情でそれを眺めていた。


 ブラウスを半分脱ぎ、真中は黒いレースに縁取られたブラジャーにまとわれた胸を自信ありげに琳音へ見せつける。


「ねえ琳音くん。あなただって男なんだから、私の胸をみてエッチな気持ちになるんでしょ?」


 胸をはだけて、真中は琳音の右手に自身の片胸を当てて誘惑を仕掛けた。優しそうな瞳の裏に見える男への劣情。その劣情が真中の心では激しく燃え、自身の胸を触らせた琳音の手でそれを揉ませるが、琳音は氷のように冷めた顔で真中にされるがままの状態だ。


「……柔らかいでしょ? ブラのサイズ、Fカップなのよ? 体は小さいけど、胸の大きさならクラスタ一なのよ」

「うーん、確かに柔らかい」


 でもな。琳音が言葉を付け加えながら真中の胸を揉みはじめた。梅雨による雨の冷たさと、ジメジメした湿度のせいか、真中の胸の谷間に一筋汗が落ちる。だが琳音はそれさえ無視して、「あー」や「んー」などと言いながら言葉を続け始めた。


「でもなあ、なんか劣情ってのは湧いてこねえんだよなあ。きっと真夏が今ここにいたら、俺の代わりに揉むんだろうけど」

「真夏(まなつ)? 誰よそれ!」


 真中と琳音は今から約一時間前、駅近くのコンビニで出会ったのが初めての出会いだ。真中がコンビニで傘を買おうとしてレジに並んでいると、何やら彼女の前で赤いレインコートの先客が決済していた。


「山盛りスパゲッティ四九八円、ミートドリア三百円、おにぎりツナマヨ味百十円、おにぎり五目ご飯味百五十円……」


 真中は大きな買い物をする人だなあと思いながら、赤いレインコートから先客の体つきを観察する。テレビで見る芸能人よりも細い線をした身体に、葦のように折れそうな脚。それと、顔は……。真中がレインコートのフード部分に隠れた顔を覗き込む。

 すると、そこには今までにみたことないような、綺麗な顔がレジ係を眺めていた。弧を描いたかのように丸い額、少し太めの黒い眉は少しきつめな性格を表しているよう。キッと吊り上がった大きな猫目からは虚ろな瞳が、しかしその瞳は微かな希望を写し出すかのように、虚に光を放っていた。

 その独特の雰囲気を放ったレインコートに、真中は一目惚れしてしまった。たとえ同性だったとしても、「好きだ」と思う気持ちは変わらないだろう。そう彼女に思わせてしまうほどの美しさをレインコートの娘は持っていた。


 そして自身の買い物が終わると、先に外を出ていた真中が傘もささずにレインコートの娘の後をつけていく。音楽を聴きながら、真中は静かに彼女をストーキングする。だが中途半端に雰囲気を隠した尾行はレインコートの彼女、いや彼にはすっかりバレていたようだ。


「ちょっとそこの女子、なんで傘ささないの?」


 変声期を終えたであろう声は男らしく響き、すっかり自身の正体を真中の前に現していた。真中はレインコートの少年に尾行がバレたのを知られたショックで何も話せないでいる。


「俺に何か用でもあんの?」


 ザアザア雨が降る中、空から降る雨粒で体が冷えている真中は、肩を抱いて正直に答えざるを得なかった。


「あなたを尾行してました! コンビニから」


 すると少年が口元に手を添えて少し考え込む。それから大声で彼は真中に叫び込んだ。


「お前ずっと傘さしてなくて寒いだろ! 公園のトイレで一緒に休もう」


 まさかの向こう側からのお誘い。真中は体温が冷えるのとは対照的に、心臓が強く脈打つのを感じた。


「わかりました! それであなたの名前は! なんていうの?」

「りんね! まどかりんね!」


 雨の中、レインコートの中で振り返って自分の名前を叫ぶ琳音の顔に、真中は琳音の声を聞くのを忘れていた。


 それから真中と琳音は公園のトイレで一緒に雨宿りしているというわけだ。そんな真中だが、残念なことにタオルを持ってきておらず、制服はすっかり濡れている。

 そんな状況を使って、自身の胸で琳音を誘惑しようとしたわけだ。真中のたわわな胸に触れてきた理科教師もいた。その男の嫌らしい顔を思い出すなか、彼女は琳音の赤い血の跡が見える包帯を巻いた琳音の手でその男の顔を忘れたいと願っていた。


「ああ……、こんな胸が俺も欲しかったよ」


 真中が自身の胸を散々琳音に揉ませたなか、彼はそう言い出すのだった。そんな琳音の顔がどこか寂しそうにうつむいていて、真中は琳音と真夏という存在の繋がりがいかに強いかを思い知った。


「ねえ、琳音くん。その真夏って奴は女なの? 女なら私が代わりになってもいいから! 付き合ってよ。彼女にして」


 眉を下げて頼み込む真中に、琳音は無表情で答えた。


「いや」

「そうだよなあ……」


 真中が胸を揉まれながら落ち込んでいると、琳音がとうとう乳揉みをやめて、自身の胸を揉みはじめた。

 膨らみもない小さな胸を必死に揉みながら、琳音は赤いレインコートが邪魔だったのか脱ぎ出してくるくると自身の胸の頂点を弄っている。


「真夏……、ごめん……。ごめんねっ……」


 琳音が自身の胸をいじくり回しながら泣き出した。その姿を見て、真中はもしかしたら自分が真夏になれるのではないか。今なら代わりになれるのではないかと思ってブラウスとブラジャーを脱ぎ捨てる。

 そして青いワンピースを着た琳音の背中に自身の胸を当てて、真中は極力出せる低い声で真夏を演じ出す。


「ほおらエッチな奴だなあ、琳音。お前はよお……」

「会えなかったの。ごめん……! ねえ、オレって普通の女の子よりも可愛いかな?」

「可愛いに決まってんだろ。そんなに可愛い子、オレなんか今まで会ったことねえっつーの」


 真中が琳音の背中にそのたわわな胸をさらに強く当てて、耳元でささやき出す。琳音の胸を淫らにいじくり回して、彼女は琳音の胸が熱く高鳴っているのを感じた。


「オレが好きなら出してみろよ。ワンピースがネチョネチョになるほどによお……」

「あっ、真夏、オレダメっ……! イッちゃうよお……!」


 そのまま琳音は頂点に達してしまった。

 自身のワンピースが汚れてしまったことに琳音も予想していなかったようで、唖然とした顔のまま、苦くて甘い臭いがムンムンと漂ってくる共有トイレの中、真中は琳音を半裸で抱きしめ続ける。


「琳音くんもエッチなんだね……。ねえ、真夏って男でしょ?」

「……なんで分かった?」


 琳音が後ろを振り向いて、真中の顔をしっかりと見つめる。その瞳に初めて視線を受けて困惑したのか、真中は必死に理由を言葉にする。


「だってさっき、『真夏だったら喜んで私の胸を揉んでた』って……!」


 すると琳音は苦笑いして、それからうつむいて真夏との思い出を語りはじめる。真中は琳音の手を握って、震えるその手が冷えないようにする。


「俺が小さかったころ、初めて人を愛するってことを教えてくれたのが真夏って同い年の男子だった。小さい体で大人ぶろうとするヤツでさ。男だと俺が言っても『性別なんて関係ない。怖がらないで』って言って俺を抱きしめるんだ……。その時の体温も肌の感触も、今でも覚えてるよ」

「そうなんだ……」


 そこからお互い沈黙が始まる。真中も琳音も賢者タイムというのだろうか。あんな事になってからは興奮してきた神経もお互い落ち着いて、お互いを冷静に見ることができるようになっていた。


 琳音はどうして少女の格好をしているのだろう。なんとなくそう疑問に思った真中は、琳音に何気なく質問した。


「琳音くんは、どうして女の子の格好をしてるの?」


 すると刹那、琳音がひっと声を上げかけたのを無理やり止める音がした。琳音はそれからしばらく黙りこんで、真中に静かに答えた。


「どうしてなんだろうな。俺も分からねえ」

「まあ、分からないままのこともあった方が人生楽しいもんね」

「そうか?」

「そうだよ」


 真中が微笑むと、琳音も口角を上げて笑い出す。こうして雨が止まないまま、二人はトイレに閉じ込められたまま笑い合う。それは、雨が明けるまで続いたのだった。


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