水の樹より愛をこめて

遥飛蓮助

水の樹より愛をこめて

 芝生を刈った後のような、青臭い香りが立ちこめます。

 時折吹く風が、町の至る所に植えられた木々の葉を揺らし、太陽から降り注ぐ暖かい日差しは、春の訪れを歓迎しているようです。

 神崎エマは玄関前の石畳に座り、色紙を見ては、浮かない顔でため息をつきました。

 エマは小学三年生の春休みに、この町に越してきました。新学期からは小学四年生です。

 色紙は、転校するエマのために、クラスのみんなが書いてくれたのです。 

『転校してもがんばれよ』『ずっと友達だよ!』『手紙書くからね』

(クラスの子と仲よくできるかな。勉強も、運動も、ついていけなかったらどうしよう)

 初めての町。初めての転校。エマは、今まで経験したことのない不安で、胸が押しつぶされそうでした。

 その時です。青臭い香りの他に、レモンのような、甘酸っぱい香りがしていることに気がつきました。

 エマが顔を上げると、玄関先にいる、自分と同じくらいの男の子と目が合いました。

 日差しをたっぷり浴びて、黄金色こがねいろに輝く金色の髪。緑色の目は、遠くからでも分かるぐらい透き通っていて、若葉のようです。

(うわあ、外国の子だ。きれいだなあ)

 エマがぼうっと男の子に見とれていると、「あの、すみません」と、男の子の声が飛んできました。

 エマはあわてて立ち上がると、玄関先まで走りました。まさか話しかけられるとは思っていなかったので、吃驚したのです。

「なにか用ですか?」

 エマは声が裏返らないように、男の子にゆっくりたずねました。近くで見ると、男の子の目と鼻の形はとてもハッキリしています。肌も白く、髪の毛と同じ金色のまつげの下から、エメラルドのようなひとみが、エマを見つめています。

「この道を、女の子が通りませんでしたか?」

「女の子?」

「前髪を上げておでこを出した、僕と同じ年くらいの子なんです」

(おでこを出した、男の子と同じ年くらいの子……)

 エマは頭の中で、女の子の特徴を復唱しました。男の子と同じ年くらいということは、自分とも同じ年くらいということです。ですが、エマが外にいた時、女の子が家の前を通ったという記憶はありません。

「ごめんなさい。見なかったかもしれません」

「そうですか。ありがとうございます」

 男の子はエマにお礼を言うと、エマに背中を向けて歩き出しました。

 背中を向ける瞬間、男の子が暗く、悲しい表情に変わったのを、エマは見逃しませんでした。

(なんて悲しそうな顔。こっちまで悲しくなっちゃう)

 エマの胸に、ちくりとした痛みが波紋のように広がります。

「女の子、見つかるといいね」

 エマは男の子の背中に声をかけました。

 男の子は振り返ると、はにかむように笑って帰っていきました。


「神崎エマです。よろしくお願いします!」

 新学期、四年一組の宮下先生と一緒に教室に入ったエマは、大きな声で自己紹介をしました。クラスのみんなは、エマの様子をじっと見つめています。

 エマは、自分がまるで動物園の動物になったような気持ちになり、だんだんと、緊張がわき上がってきます。

 すると、斜め前の席にいた男の子が、いきなり「ぶはー!」と、大きな声を出しました。

 男の子の声が波紋のように広がって、静かだったクラスがざわつきます。エマも、不思議そうな顔で男の子を見ました。

 他の男の子たちは、「健太、すげぇじゃん」といって、声を出した男の子と笑っています。さっき声を出した男の子は、健太という名前のようです。

「吉田くん。今度はなにをやっているんですか?」

 担任の宮下先生が、呆れたようにいいます。宮下先生は女性ですが、明るくハキハキした体育の先生です。

「はい! 転校生が来るまで、なん分息を止めていられるか、挑戦してました!」

 健太が元気に答えると、男の子たちがドッと笑いました。

 宮下先生は、「まったくもう」といって、ため息をつきます。

「神崎さんは、窓際の、水樹くんの隣に座ってください」

 健太が、「無視すんなよ!」と、不満そうな声を出すと、また男の子たちが笑って、教室をざわつかせます。

 エマもふきだしそうになりましたが、水樹と呼ばれた男の子を見て、驚きました。

 窓から注ぐ日差しを浴びて、黄金色こがねいろに輝く金色の髪。若葉のように透き通った、緑色の目。

 エマが春休みに出会った、あの男の子です。その男の子が、エマに微笑みを浮かべています。

(同じクラスだったんだ。しかも隣の席!)

 エマの頭の中が、嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちでいっぱいになって、緊張がどこかへ飛んでいきました。

 エマはうつむきながら席へ行くと、机にランドセルを置いて座りました。

「よろしくお願いします!」

「こちらこそ。あの時はごめんね」

 あの時とは、水樹がエマに、女の子を見なかったかと聞いた時のことです。

 エマは首をふって、「ううん! 全然大丈夫!」と、水樹にいいました。

(あの時は暗い顔をしていたけど、水樹くんは、笑顔の方が素敵だなあ)

「それじゃあ、授業始めますよ!」

 宮下先生の声です。エマは慌てて、ランドセルから教科書と筆記用具を出しました。

 宮下先生が黒板に向かったことを確かめると、エマは、「あの後、女の子は見つかった?」と、水樹に聞きました。

 水樹は、あの時と同じように、暗くて悲しい顔になりました。

(もしかして、まだ見つからないのかな?)

 エマの胸に罪悪感が広がりました。ですが、あの時と違い、水樹は斜め前の席を見つめています。

 エマも斜め前の席を見ると、「あ!」と、声を上げそうになりました。

 斜め前には、前髪を上げておでこを出し、ややキツそうな目をした女の子が座っていました。エマと目が合うと、女の子はすぐ顔をそらしました。

(水樹くんが探していた子だ。あの子も、同じクラスだったんだ)

 エマは水樹を見ると、水樹もエマを見て、困ったように笑いました。


 授業が終わると、エマの周りに、女の子たちが集まりました。

「神崎さんって、なんでエマって名前なの?」

「名前がカタカナだから、ハーフの子が転校してくるのかなって思っちゃった」

「転校は初めてなんだっけ?」

「ねえ、エマちゃんて呼んでいい?」

 エマは、女の子たちの勢いに負けないように、

「えっと、いつも笑顔満点で、明るい子に育ってほしいって意味で、お母さんがつけてくれたんだ。ハーフの子って、よく勘違いされるから慣れちゃった」

 と、答えました。

 水樹は席を離れて、男の子たちと話をしていました。健太が披露するギャグに、お腹を抱えて笑っています。

 エマは、なぜ水樹があの女の子を追いかけていたのか、考えました。二人はケンカをしてしまい、水樹は女の子に謝ることができずにいるのでしょう。

 ですがエマは、水樹に確かめることができませんでした。二人の間には、自分が関わってはいけない事情があるような気がしたからです。

 なぜなら、誰にでも優しく笑いかける水樹が、女の子のことになると、いろんな感情が交ざった表情を浮かべるのです。

 エマの胸が、曇り空のようにどんより重くなるぐらいに。

「そういえば、水樹くんってハーフだっけ?」

 女の子の一人がいうと、他の女の子たちも、

「ううん。お父さんもお母さんも、日本人だっていってた」

 と、くちぐちにいいました。

「水樹くんのお父さんもお母さんも、見たことないよね」

「仕事が忙しくて、授業参観にも、学芸会にも来られないって」

 と、くちぐちにいいました。

「学芸会っていえば、水樹くんの王子様役、かっこよかったよね」

 他の女の子たちも「ねー!」といって、黄色い声を上げました。

 エマも興味津々で、「王子様って?」と、女の子たちに聞きました。

「三年生の時に、クラスでシンデレラをやったの。その時の水樹くん、まるで絵本から抜け出したみたいでさ!」

「そうそう。シンデレラ役の舞も、水樹くんにみとれちゃってさー」

 女の子の一人が、舞と呼ばれる女の子の話をすると、他の女の子たちが気まずそうな顔をして静かになりました。

(あれ、どうしたんだろう?)

「なによ、わざとらしく静かになっちゃってさ。あたしがなによ?」

 とげのある声が飛んできました。水樹が追いかけていた、あの女の子です。

 舞はエマと女の子たちをにらむと、教室から出ていこうとします。そのやりとりを見ていた水樹も、舞の後を追いかけ、舞を呼び止めようとしました。

 パシンッ!

 何かを叩くような、高い音が響きました。教室にいたみんなは吃驚して、音の方に振り向きます。

 舞が、水樹くんの手を払いのけたのです。水樹が反動で尻餅をつくと、近くにいた女の子たちが、水樹くんに駆け寄ります。舞も一瞬だけ悲しそうな顔をしましたが、すぐにくちびるをキッと結んで、教室から出ていきました。

 みんなが舞が出ていった方向を見ている中、エマだけ、信じられないよう顔で水樹を見つめていました。

 舞が水樹の手を払った瞬間、水樹の手が水色に透けて、粘土のように曲がったのです。水樹の手はすぐ元に戻りましたが、エマの頭の中では、同じ場面が何度も再生されます。

 驚いたのはそれだけではありません。水樹の手が曲がった瞬間、水樹と出会った時にかいだ、レモンのような甘酸っぱい香りがしたのです。

(いったい何が起こったの? 水樹くんって、何者なの?)

 水樹は、心配する女の子たちに、「大丈夫だよ」といって、笑いかけています。誰も、水樹くんの変化に気がついていないようでした。


 放課後、エマは女の子たちと一緒に帰ろうと下駄箱の前に来た時、教室に地図を置き忘れたことに気がつきました。

 女の子たちと別れ、地図を取りにいって校門を出る頃になると、太陽の光が夕日の赤い色になっていました。

 地図を頼りに歩くと、まっすぐ伸びた並木道に出ました。一列に並ぶ木々も夕日の赤い色に染まって、まるで紅葉のようです。

 エマは足元を見ながら、並木道を歩きます。エマの頭の中は今日のことでいっぱいで、とても景色を見ている余裕はありません。

(水樹くんって、本当に人間じゃないのかな? でも、私の見間違いってこともあるし)

 エマが見間違えだと思ったのは、舞の反応です。舞も水樹の手が曲がったことに気がついて、驚くはずです。ですが舞は、尻餅をついた水樹が怪我をしたのではないかと、心配しているように見えました。

 並木道の終わりに植えられた、大きな木が見えてきました。青々とした葉と枝を広げていて、とても立派です。

「別に。あれはあたしが悪かったんだし。だからわざわざ謝りにきたんだけど」

(あれ? この声……)

 意外な人の声が聞こえてきました。舞です。木の裏側に舞がいるようですが、エマから死角になっていて、誰と話をしているかはわかりません。

「でも、あたしはこの間のこと、許すつもりないから。水樹はあたしのこと、好きじゃなかったんだもんね」

(舞ちゃんが、水樹くんと話をしている)

 エマは木の幹に近づき、二人の会話に耳をそばだてます。

「だって幼稚園の時に約束したじゃない。水樹が人間じゃなくったって、ずっと一緒にいるって。馬鹿水樹! あたしの方が、水樹のこと好きだもん!」

 エマはその場にへたりこみました。胸が詰まって、うまく息ができません。

(水樹くん、本当に人間じゃないんだ。舞ちゃんは、幼稚園の頃から知っていて、人間じゃなくても、水樹くんのことが好きで、水樹くんも、舞ちゃんのことが……)

 エマはひざを抱え、声を押し殺して泣きました。水樹が人間じゃなかったことよりも、水樹と舞がお互いのことを好きだと分かったとたん、エマは自分の気持ちに気がついて、涙が出たのです。

(私、水樹くんのことが好きだったんだ)

「水樹なんて、老木になって死んじゃえ!」

 舞が走っていってしまったようです。エマもしばらく泣いていましたが、「神崎さん」と呼ぶ声に、顔をあげました。

 水樹の顔も体も、水色に透けていて、向こう側がうっすら見えていました。それでも水樹は、エマに優しく笑いかけます。あの、レモンのような甘酸っぱい香りもただよっています。

 エマは、水樹の手が曲がった瞬間を見た時、水樹のことを怖いと思いました。ですが、今の水樹はとても儚く、日差しを浴びてきらめく水面のようです。

「水樹くん。私、水樹くんのこと……ごめんなさい」

 エマは、水樹が好きだという気持ちを飲み込みました。代わりに、水樹の手が曲がった瞬間を見たこと、さっき立ち聞きしたことを謝りました。

「ううん。いずれ知られてしまうことだから」

 水樹は首を振り、木の幹に手を当てると、水樹の体が元に戻っていきます。金色の髪が夕日に照らされて、燃えるように輝いています。

「水樹くんと舞ちゃんって、幼馴染みだったんだね」

「うん。舞とは、幼稚園に入園する前から仲がよかったんだ」

 誰でも名字で呼ぶ水樹も、舞だけは、名前で呼ぶようです。エマの隣に座り、普段より柔らかい表情の水樹はとても幸せそうで、見ているエマの顔も、自然とほころびます。

「へえ、よく覚えてるね?」

「舞と出会う前から。いや、地球が生まれた時から、生きているから」

 水樹は、エマに隠す必要がないことを思い出し、自分のことを話し始めました。

 

 地球が生まれたばかりの頃、水樹は宇宙から、生命の種子として落ちてきました。種子は地球の環境に合わせて進化と退化を繰り返し、時には他の生命と交わることで、爆発的に増殖しました。

 水樹は地球の豊富な水と交わり、水の樹として成長しました。

 水の樹は寿命がくると、自分の分身を種として残します。種はあまりにも小さく、蒸発した水分のように空に昇ると、雨と一緒に地上に降り注ぎます。海に落ちても、また空に昇って、地上に降り注ぐようになっています。


「じゃあ、どこに落ちるか、水樹くんにもわからないんだ」

 水樹はうなずいて、樹に背中を預けました。

「そのおかげで、いろんな場所で、いろんな人間を見ることができたよ。でも、舞に出会わなければ、僕は樹として一生を過ごしていたかもしれない」

(水樹くんは、大好きな舞ちゃんと一緒にいたくて、同じ学校に通っているんだ)

「誰も水樹くんの正体に気がつかないのは、水樹くんの力が働いていたからだね」

「うん。でも、だんだん力が弱くなっていてね。僕の場合は寿命なんだけど。あと、二年くらいなんだ」

 二年後といったら、エマたちが小学六年生に進級する年です。

「だってまだ、葉っぱもこんなに元気なんだよ?」

「本当はほとんど力がないんだ。もうすぐ僕は、また種になって、空へ昇るんだ」

 水樹が寂しそうに笑います。だから舞は水樹を避けたり、声を上げたりしたのでしょう。この先に待っている、お別れを認めたくなくて。

「水樹くん、それでいいの? これじゃあ舞ちゃんも、水樹くんも可哀想だよ」

 エマは、水樹が自分の気持ちより、樹としての運命を受け入れているような気がしました。これではまるで、水樹が自分で、人として好きな人と過ごした時間を否定しているようです。

(それに、水樹くんをこんな悲しい顔でいかせたくない。このままお別れしたら、後悔する)

「でも、僕は舞との約束を破ってしまった。もう、謝っても許してはくれないよ」

 水樹は力なく、首を振りました。

 約束。エマはその言葉で、あることを思いつきました。

「水樹くん。私、いいこと思いついた」

 エマは水樹に耳打ちしました。エマの思いつきに、水樹は驚いた表情の後、泣きそうな顔で笑いました。


 日曜日、舞は静まりかえった校舎の中を歩いていました。水樹に呼び出されたのです。

 舞は水の樹の前で別れてから、ずっと水樹と話をしていません。舞が水樹と目を合わせないようにしているのもありますが、水樹もなにやら、クラスの子たちと忙しそうにしていたのです。

 自分が知らない水樹の一面を、誰かが知っている。そのことが、舞をさらに不機嫌にさせました。今では、水樹以外の子たちとも話をしなくなりました。

(やっぱり水樹は、あたしのこと好きじゃなくなったんじゃない。また謝ってきたら、今度こそ絶交してやる!)

 舞は、水樹に指定された教室のドアを、力いっぱい開けました。

 ドアを開けた瞬間、給食のかっぽう着を着たクラスの子たちが、宮下先生のオルガンに合わせて歌い始めました。

 結婚式の時に流れる合唱曲です。舞は驚きのあまり、その場で固まってしまいました。突然の出来事にも驚きましたが、黒板にカラフルなチョークで書かれた字が舞の目に飛び込んできて、さらに唖然としました。

『水樹くん☆舞ちゃん 結婚おめでとう!』

 固まる舞に、女の子たちがウキウキしながら近づきます。

「舞ちゃん待ってたよ! おめでとう!」

「シンデレラの衣装をウエディングドレスにするの、大変だったんだからね!」

「お母さんから借りてきたウエディングヴェール、汚したら承知しないからね」

「ちょっと待ってよ! 結婚式とか、あたし知らないんだけど」

 舞が、女の子たちを制止しながらいうと、

「だってこれ、舞ちゃんへのサプライズだもん」

「エマちゃんの提案なんだ。水樹くん、六年生になったら転校するんだって。だから転校する前に結婚式を上げて、水樹くんと舞ちゃんを仲直りさせようって」

「水樹くんの一ファンとしては、これで本当に水樹くんが舞ちゃんのものになるのかーって、ちょっと抵抗あったんだけどね」

 と、女の子たちがくちぐちにいいました。

(あいつ、もしかして水樹の正体を……)

 舞は、かっぽう着合唱団の中からエマを見つけて、にらみつけました。エマは苦笑いを浮かべて、楽譜で顔を隠しました。


 女の子たちにウエディングドレスを着せられた舞は、女の子たちが折り紙で作った青い花のブーケを持って、ため息をつきました。

(あたしへのサプライズってことは、水樹も準備に加わってたってことよね。なによ、馬鹿水樹のくせに。あたしのこと好きじゃなくなったんじゃないの?)

 舞は、水樹への悪態を頭の中に並べます。ですが、キッと結んだくちびるが、今にもほどけそうなぐらい震えていました。

(とっととこんな学芸会みたいなこと終わらせて、水樹を問い詰めてやるんだから!)

「舞」

 舞が顔を上げると、目の前に水樹が立っていました。水樹も舞と同じように、シンデレラの王子様役で着ていた衣装を作り直した、真っ白なタキシードを着ています。金色の髪と緑色の目がとても映えています。

 女の子たちも、ぼうっと水樹に見とれています。それは舞も一緒で、ヴェールに隠れた顔が赤くなります。

「きれいだよ、舞」

 水樹の白い肌にも、柔らかい桜色が浮かんでいます。

「な、なにいってんの……水樹のくせに、あたしになんてことさせんのよ」

「ごめん」

「あたしのこと、好きじゃなくなったんじゃないの」

「そんなことないよ。僕は舞が好きだ」

 女の子たちが、二人の会話を静かに見守ります。男の子たちは小さい声で、「ヒューヒュー」と、はやし立てようとしましたが、宮下先生に止められたようです。

「舞。遠くへ行っても、君が大人になっても、僕の気持ちは変わらない。再会したら、正式に結婚を申し込むつもりだよ」

 舞は、優しく笑う水樹の目を見つめました。

「……馬鹿水樹。大人になったあたしが、他の人と付き合うかもって、考えなかったわけ?」

 舞がすねたようにいうと、水樹は「考えたよ。でも」といって、ヴェールの上から、舞のおでこにキスをしました。

 一瞬の出来事だったので、舞も、クラスのみんなも、反応できませんでした。

「その時は、その人から舞を奪うだけさ」


 女の子たちの黄色い声から抜けだし、エマは教室の後ろで涙をふきました。

「エマちゃん。アレやるよ!」

「うん!」

 エマは明るい笑顔で女の子たちのところへ戻ると、

『水樹くん! ずーっと大好きだよ!』

 水樹ファンの女の子全員で、水樹への最後のラブコールを送りました。

 水樹はラブコールに振り返り、屈託のない笑顔を浮かべました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

水の樹より愛をこめて 遥飛蓮助 @szkhkzs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説