ほたる狩り
@Teturo
ほたる狩り
「父ちゃん、また捕ったよ!」
少年は夜露で濡れた土手を駆け上がってきた。彼は誇らしげに握りしめた右手を、私の前に突き出した。
「今晩は調子がいいじゃないか。達也」
彼の指の間から、ヌルヌルとしたミミズ状の生物が頭を出した。ミミズは苦しげに体を震わせると、キュウキュウと鳴き声をあげた。
「逃げるなよ。コイツ」
達也はミミズの頭を喰い千切った。緑色の体液をまき散らして、ミミズは息絶えた。それを手早く腰に付けた籠の中に放り込むと、彼は満足そうに口元を拭った。
放射能を含んだ小雨も止み、いつの間にか星空が現われた。私は思わず夜空を見上げた。
「何してんだよ。父ちゃんも早く捕まえなよ。僕の方が働いているじゃないか」
達也は大人びた口調で、そう言った。私は思わず苦笑する。確かに今夜は、彼の方が好成績なようだ。五歳の少年にひけを取るとは、私も年を取ったものだ。
実際に三十五歳と言えば年寄りだ。現在の平均寿命がどれほどなのか知る由もないが、私自身、後何年動けるのだろうか。
このうす気味悪いミミズも、今では貴重な食料だ。この季節手に入れられる物としては、最も味が良い。だから彼は今日の外出を、かなり前から楽しみにしていたはずだ。
しばらくの間、私達は時間を忘れて体を動かした。曲げ続けていた背中が痛み出した頃、達也が声をあげた。
「どうした? 毒蛭にでも噛まれたか?」
「父ちゃん。あの光っているの何だ?」
彼の指差す方角を見て、私は一瞬、目を疑った。ユラユラと頼りない光は・・・
「螢だ!」
そんな馬鹿な。環境変化に極端に弱い彼らが、今の地球上で生き残れる訳がないのに。
私は我を忘れて、たった一つの光を追いかけた。悪戦苦闘の三十分後、私は懐かしい光を手に入れた。
螢を見たことのない少年は、興味津々で私の手の中を覗き込んだ。
「変な臭いがする。これ食べられるの?」
「これは食べられない。見るだけだ」
それを聞いた途端、彼の興味は半減したようだ。それでも私から螢を受け取ると、しばらく見つめていた。じっとしていると絡み付いてくるツタ植物を払い除けて、頭の後ろをポリポリと掻いた。
「ふーん。きれいだね」
「無理しなくてもいい。そろそろ帰るか。腹、空いたろう」
「うん。この虫もたくさん集めれば、夜、本が読めるかもしれないね」
別れの唄を思い出して、私は息子の髪の毛をかき回した。
「あれ? 父ちゃん。もう一つ」
どこからともなく、新たな螢がこちらに向かって飛んできた。螢はしばらく迷ってから、少年の手に止まった。どうやら、仲間の光りに誘われたらしい。
「うわっ」
新たな螢の光で、少年の顔が微かに照らされる。随分と長い間、彼は螢を眺めていた。
「まるで、お星様みたいだ」
私は思わず腕時計を見た。これは奇跡的に動いている、世界でも僅かな機械の一つだろう。
「なぁ。その螢は逃がしてやらないか」
「どうして?」
「きっと彼らは恋人同士だからさ。訳は帰り道に話してやる」
彼の視線は、何度か私と螢を往復した。やがて決心したように、その手を開いた。
手のひらの恋人達は、お互いを確認するように光り、しばらくして連れ添って飛び立った。
少年は、いつまでも名残惜しそうにしていたが、私の腕に飛びついてきた。後何年、私は彼を受け止めることができるのだろう。
「父ちゃん。何であの螢達は恋人同士なんだ?」
「それはな」
私達は小川の音に押されながら歩き出した。頭上に広がる天の川も、あの忌わしい戦争で枯れなかったらしい。
今日は七夕。今頃、牽牛も織姫を見つけられただろうか。
ほたる狩り @Teturo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます