書いてた小説の負けヒロインが家に押しかけてきて責任を取れと迫ってきた

すかいふぁーむ

第1話

 まず思ったことは少し休んだほうがいいかもしれないということだ。

 だってそうだろう?

 いくら妄想が好きでそれを文字に起こしてしまうような人間でも、幻覚まで見始めたらそれはダメなサインだ。


「何突っ立ってるんですか。早くこっちきてください」

「えーと……はい」


 ダメかもしれない。幻聴までセットだ。一度病院で診てもらうべきだろうか?

 趣味の小説で寝不足になりながら仕事を続けてたのは流石にやりすぎだったんだろう。うん。


「私は怒ってます」

「そうですか」

「なぜかわかりますか?」

「いいえ」


 うん。話し方までそうだ。

 間違いない。


「私は姫野真希。貴方が書いた小説のヒロインです」

「負けヒロインだけど」

「こら! それで怒ってるのになんでそうデリカシーがないんですか!」

「いや、えっと……ごめん?」


 なぜか家に帰ったら自分の小説のヒロインが家にいた。

 なんで?


 ◇


「完結だ!」


 感無量だった。初めて書いてみた現実恋愛ジャンル。なんとランキングにも載せてもらえて、それなりの人に読んでもらった作品だが、ついに決着をつけた。


「感想は……まあそうなるよなぁ」


 ダブルヒロインではじめた作品。選ばれなかったヒロインを推してた側の感想はまあ……阿鼻叫喚だった。


「俺が書いた物語にここまでの感情を持ってもらったことが幸せだな」


 物語は主人公の一目惚れから始まった。

 学園の聖女、誰にでも当たり障りなく接する完璧美少女でありながら、誰にも真の意味で心を許さない孤高の存在。姫野真希。

 物語の終盤ではかなり打ち解けて来た結果話し方までだいぶ柔らかくなってきたけどな。


 主人公はそんな学園の聖女に普通にアプローチしたところで撃沈は明らかだった。

 そこに顔を出したのが本作で最終的に主人公と結ばれたショートカットの活発美少女、天音真琴あまねまこと。真琴のアドバイスに従って行動していくうち、徐々に真希の気を引くことに成功していく。

 一方で真琴との距離も縮まっていき、感想欄は「ネタバレ、真のついてる方とくっつく」とか書き込まれて遊ばれていた。


「とにかく良かった」


 思い描く限りの理想を詰め込んだヒロインである真希と、主人公を引っ張り応援するうちにお互いに惹かれていく真琴。

 真琴のアドバイスもあり一時は付き合うに至った真希だったが、もはや途中からは真希の登場シーンは減り続けていく。そのあたりから真希は負けヒロインと呼ばれはじめていた。


 まあ、何はともあれひとつの物語が幕を閉じたんだ。それはとても良かったし、俺にとっても満足感がある。

 ランキングもまた完結ブーストで駆け上がらせてもらい、良いことづくしだ。


「あとは書籍化打診とかくればなぁ……」


 次の夢を追いかけながら、俺は一旦、日常にもどった。


 そのはずだった。


 ◇


「責任を取ってください」

「なるほど……」


 俺の前に現れた真希は紛れもなく本物だった。

 幻覚だと信じておっぱいを揉もうとしたら思いっきり引っ叩かれた。うん、確かにそういう強気なところとかさ、絶対サービスシーンを生み出さないところとか、俺が作ったヒロインだなと思う。


「ほんとに信じられないデリカシーの無さですね! 生みの親とは思えない!」

「ごめんな?」

「全然反省してませんね?!」


 とにかく話はこうだ。

 主人公と結ばれなかった彼女に責任を取る必要があるらしい。


「責任って……なんだ?」

「それはっ! その……もうっ! 言わせないでください!」


 え? なんだこの雰囲気?


「そうは言ってもあの話をねじ曲げるのは無理だぞ?」

「え? はぁ……そんなことは願わないですよ。私だってあの二人のことは好きなんです。知ってるでしょ? 一番」

「まぁ……」


 三人の仲は終始、良好だった。

 真希は心の底から二人が好きだったし、二人にとって真希もそうだった。


「とにかく、責任をとってもらわないと」

「責任……責任なぁ……」


 何をすればいいんだろうな?

 理想を詰め込んだヒロインなんだ。そりゃこうして目の前にいればそれだけでもうこちらは心臓の動きが早まる。

 そんな状況で「責任をとれ」と言われれば少なからず期待してしまうんだが、果たしてそれでいいんだろうか……。


「誰よりもわたしを理解している貴方なら、どうしたいかくらいわかりますよね」

「いや……」


 物語の登場人物というのは作者の思惑なんて容易に超えてくる。特に真希なんてその典型だったからな……。


「はぁ……」


 ため息も絵になる辺りはほんとに好みを詰め込んだかいがあるわけだが……。

 どうしたものかな。


「主人公と付き合いたいわけじゃないんだな?」

「いやーだって、私は彼を好きにすら、なれなかったじゃないですか」

「あぁ……」


 形だけのカップル。

 真希が主人公を好きになった気持ちは、そのまま真琴への感情と同じものにしかならなかったのは事実だ。要するに恋愛感情ではなく、友人としての気持ちを超えられなかった。

 だから肝心のキスシーンで逃げて、自分で負けヒロインを決定づけた。


 そんな考えを頭の中で巡らせていると、痺れを切らした真希が顔を赤らめて目を合わせずにこう告げてきた。


「私にを、おしえてください」

「なるほどな……」

「うー……もうっ! こんなの言葉にしたら恥ずかしいに決まってるじゃないですか! また私を辱めて遊んでますねっ!?」

「お前辱めに合う前に絶対回避してただろ!?」


 着替えを覗く絶好のラッキースケベチャンスで部屋にきっちり鍵をかけてる徹底ぶりだったからな!


「もう……とにかく、そういうことです。わかりましたか?」

「あぁ……」


 一応要求は理解した……。

 ただこれはかなり難題だ。


「あの二人の生みの親でもある貴方なら、出来るでしょう?」


 真希のきれいな瞳がまっすぐ俺を見つめた。


「俺、そういう経験ないからなぁ」

「はぁあ?! じゃあ何であの二人はいつもあんないい雰囲気だったんですか!?」

「そんなもん俺が知りたいわ!」


 物語の登場人物を書き手が完璧にコントロールしていると思うなよ!? 気付いたらいちゃいちゃするし気付いたら負けてるし気付いたらこうして目の前に……いやそれはおかしい。


「とにかく! 負けヒロインを作った責任、取ってもらいますからね!」

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