エピローグ

 風光る午後。今年もトキワマンサクの小さな花が可憐に咲いた。花枝はなえは古いシャンソンを歌いながら、丈の伸びてしまった雑草を引っこ抜いていた。トネリコの木の根元に、ひときわ大きな草を発見する。

「あらやだ。これは手強いわ」

足を前後に開き、腰を入れて引っ張る。

「きゃあ」

反動でひっくり返ると、長い根っこに土が絡みついていて地面に穴が開いてしまった。そこに、緩衝材に包まれた何かを発見する。

「何かしら、このプチプチ」

手に取ると、中には水色の封筒のようなものが見える。

「元晴さん、ちょっといらして!」

「どうした、花枝さん」

居間から主人の元晴が顔をだした。彼は数年前から、意識的に妻を名前で呼んでいる。

「土の中から封筒が出てきたの。怖いから開けてみて」

「……なんだろう、貸してみなさい」

古びた封筒に宛名は無い。開いてみると、写真と手紙が入っている。



『父さん母さん、無事こちらにたどり着くことが出来ました。

 1993年は、色々なものが新鮮で面白いよ!

 写真の子は巴流がこっそり飼っている野良犬のチビくんです。

 お土産に、こっちの時代の物をたくさん買って帰るつもりです。

 愛をこめて。可鈴より』



「何だ、これは?」

「般若みたいな顔の犬ね、かわいらしい」

「花枝さん、注目すべきはそこじゃないだろう?」

「1993年?」

「一体これは、どういう事だ。今日は二人とも天文サークルの会合に出かけているだろう?」

元晴は白髪の髪を掻き毟る。

「あら、この写真、二人とも指輪をしているわ」

二人は顔を見合わせる。

「もしかして……新婚旅行か?」

「あら大変。あなたの研究がうまくいったのかしら?」

「飛んでいるということは、そうに違いない!」

「やったわね! すごいわ元晴さん」

元晴と花枝は手を取り合って、ぐるぐるとスキップした。


「この事は、二人には秘密にしておかなくっちゃ」

花枝は緩衝材の土を払いながらウィンクした。

「そうだね。近い未来まで、埋めておこう」

そうして二人はまた、丁寧に梱包して、土の中へ手紙を戻した。



「ただいまぁ」

娘が帰宅した。

「母さん、今日ね、すっごく良いことがあったの」

「ふぅん。もしかして、巴流くんにプロポーズされたの?」

母の言葉に、娘は口をあんぐりと開けた。

「……どうしてわかったの?」

「ふふふ。母さんはすごいのよ」

娘は「来月籍を入れるわ」とさらりと言って、ピッチャーの水をグラスに注いだ。

「そうだ、新婚旅行のお土産には、桜屋の『さくらんぼ最中』を買ってきてくれる?」

台所から花枝が言った。それは、彼女が若い時分に好きだった和菓子だが、店主が亡くなって食べられなくなってしまったものであった。

「どこにあるお店?」

娘は首をかしげた。

「図書館の脇にのよ。きっと買ってきてね」


−Fin−




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宇宙を越えて 翔鵜 @honyawan

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