【書籍化お知らせ用】悩みは尽きません!(注・夫がいるから大丈夫ですが!)
私は、褒められるのに慣れていない。
母に褒められて育った記憶はあるけれど、早くに亡くなってしまったし、父に褒められた記憶はあまりない(そもそも口べたな人だった)。
父が公爵になってからは、公爵令嬢となった私も他の貴族たちに「弱小貴族のくせに」とか「運だけで成り上がった」とかさんざん貶められ、親戚にまで「とにかく小さくなってやり過ごした方がいい」と言われた。
父が亡くなって私が公爵になってからは、言わずもがなだ。
だから、アルフェイグに私という人間を褒められたときは、社交辞令だと思った。
「年下で・亡国の未成年王族で・監視されている」アルフェイグが、「年上で・一応公爵で・彼を保護している」私を尊重したり私の機嫌を取ろうとしたりしているのは、当たり前だと。
けれど、そうじゃなくて……
アルフェイグは、自分を含む誰かと比べることなく私のいいところを見つけ、まっすぐに褒めてくれたのだ。そして、私を好きになってくれた。
グルダシアにおける女公爵の立場を知っても、同郷で私より若くて美しいパルセが現れても、一途に私だけを見てくれた。「僕には君しかいない」と。
男なんてこりごりだと思っていた私にとって、アルフェイグみたいな人は初めてで、強く惹かれずにはいられなかった。
そうして、私たちはアルフェイグの成人の儀式にかかわる事件のさなかに恋に落ち、愛し合い、結婚にまで至った……のだけれど。
長年染み着いた考え方というのは、なかなか抜けないものでして! 何しろ男には、夢などこれっぽっちも持てない日々を過ごしてきたものでして!
つまり、まだ私は、この幸せが続くのかどうか、ちょっとだけ心のどこかで疑っていたりする。
そんなわけで、どこぞで聞きかじった愛憎話──結婚したら夫がいきなり豹変して妻を虐げるようになったとかそういう類の──が起こる可能性について、本当にほんのちょっとだけ考えて、心の片隅で警戒していたわけだ。
結婚式の翌朝。
先に目覚めた私は、そっと上掛けから抜け出してベッドに腰かけ、アルフェイグの寝顔を見つめていた。
彼の寝顔を見るのは、『止まり木の城』で彼を見つけた時以来だ。綺麗な人だと思ったけれど、今もやっぱり綺麗。
こんなに綺麗な顔が、昨夜は熱に浮かされたみたいになって、私を抱きながら何度も名前を呼──
(うわうわうわ)
叫びたいのか歯を噛みしめたいのかニヤけたいのか、とにかく口の周りの筋肉が大混乱を起こして痙攣しそうになり、私はパッと両手で押さえ込んだ。
(あぁ……顔が熱い……)
身動きした振動が、伝わったのか。
アルフェイグの目が、うっすらと開いた。
視線がゆっくりと上がって、私の顔で止まる。
はっ、と息を呑んだ私は、少し緊張して彼を見た。
「……お、おはよう」
するとアルフェイグは、パッ、と目を見開いたと思ったら、とろけるような笑みを見せた。
「おはよう、ルナータ。あの時と同じだね」
「えっ? あっ……そうね」
『止まり木の城』で彼を目覚めさせた時、そういえば私は言うに事欠いて、「おはよう」などと言ったのだ。
彼は枕に頭を載せたまま、目を細めて私を見つめた。
「あの時、アンドリューとマルティナを従えて僕を見下ろす君は、まるで女神みたいだった……」
言いながら身体を起こし、そっと手を伸ばして、私の頬に触れる。
「僕と結婚して、想像と違うと思ったら、ごめん」
「な、何……? どういうこと?」
「今まで僕は、とても君を愛しているつもりでいたけれど、ただの『つもり』だったってことが昨夜よくわかった」
ドキッ、とする。
『結婚して豹変する夫』の話が、再び暗雲のように心の中で蠢く。
けれど、アルフェイグの瞳には、昨夜のような熱が再び籠もり始めていた。
「今までのは序の口だったんだ。その先があった。僕は君を、もっと深く愛する。止められる気がしないんだ。どんどん、深く……」
短いキス、そして続く言葉が、私の唇をくすぐった。
「覚悟しておいて」
再びベッドに引き込まれ、抱きしめられる。愛おしさをたっぷり込めたキスが、何度も降ってくる。
私の心の中の暗雲は、まるでグリフォンの翼であおられたように、散り散りになって消えていった。
宣言通り、アルフェイグは私を深く深く愛してくれた。
私を否定しない、私と誰かを比べない。それだけでも十分、心地よくて幸せなのに、いつも私にキスと愛の言葉をくれる(それ以上もだけど)。
普段の生活でも、オーデンの地をよりよくしていこうという同じ目標に向かって、ともに歩ける。
困ったら相談できるし、疲れたら連れだって森に出かけられる。
それぞれ馬に乗って、木漏れ日の下を進んでいきながら、私はじっとアルフェイグを見つめた。
彼は優しい表情で、私を見つめ返す。
「何?」
「いいえ、ちょっと……不思議な気分になって」
私は、軽く首を傾げた。
正直な気持ちが、勝手に口からこぼれる。
「あなたと出会う前、私、一人でどんな風にこの森を歩いていたかしらって、一瞬思い出せなかったの。あなたがいない生活が、もう、考えられないみたい」
すると、アルフェイグは胸を突かれたような表情になってから、嬉しそうに微笑んだ。
「ルナータ、もう屋敷に戻ろうか」
「え、出かけてきたばかりよ?」
「早く二人きりになりたい」
「な、何で、急に! 今日は渓流に行きたいのっ、マルティナも来ているだろうしっ」
私はドギマギしながらベロニカに合図を出して走り出し、アルフェイグは残念そうに後をついてくるのだった。
そんな日々を送る私たちの元に、さっそく舞い降りてきたものがある。
「ん? 何か、変わった匂いがするわ」
朝食の席で、私が顔を上げると、給仕してくれていたモスリーが「あっ」と声を上げる。
「もしかしたら、自分かもしれません! 整髪料を変えたので! すみません!」
「そう。別に、嫌な匂いじゃないから大丈夫よ」
私は笑い、彼はホッとしたように下がっていったけれど、斜め向かいに座っていたアルフェイグが目を丸くして私を見ている。
「ルナータ」
「ど、どうしたの」
「僕には全く嗅ぎ取れなかった。……匂いに、敏感になっていない?」
「え」
私まで思わず、目を見開く。
「それって」
「うん」
「でも……あ。今月……」
「心当たりが?」
真剣な顔で身を乗り出されて、私は目を泳がせながらうつむいた。
「……ある」
「医者を呼ぼう。セティスに言って」
勢いよく立ち上がったアルフェイグが、グラスを倒して「わっ」とあわてる。
「アルフェイグ、そんな急ぐようなことじゃ」
「そ、そうか、ごめん。でも」
アルフェイグはひとまずグラスを起こし、座り直して深呼吸すると、手を伸ばして私の手を握った。上気した顔で言う。
「すごい。最高だ。ありがとう、ルナータ」
私は動揺しながら彼を押しとどめる。
「あのっ、まだ確定じゃないから。使用人たちには言わなくても」
「毎日ルナータを気遣う人々にこそ、真っ先に知らせないと」
「そ……れもそうかしら、でも、んんん」
意外と恥ずかしくてどうすればいいのかわからないものなのだと、私は初めて知った。
その後、大興奮のセティスが医者を手配した結果、私の妊娠が判明することになる。
アルフェイグは涙目になるほど喜んだ。
けれど、私は正直、不安や戸惑いの方が強かったのだ。
夜──
明かりを落とした寝室で、じっと天井を見つめて横たわっていると、隣からささやき声がした。
「眠れない?」
「…………」
そっと寝返りをうって身体を寄せると、私の身体に回っていたアルフェイグの腕がさらに私を引き寄せた。
「アルフェイグ……」
「うん?」
優しい声は、私を正直にさせてくれる。
思っていることを、口にしてみた。
「この子が女の子だったら、可哀想」
「跡継ぎのこと?」
すぐに返事があって、私はうなずく。
「私の子だから、女の子でもきっと、爵位を継ぐという話になると思うの。でも……きっと言われるわ、男だったらよかったのにって。もちろん守ってあげたいし、そうするつもりだけど、私の両親は……」
考えたくないけれど、私は早くに両親を失っている。
私も父のように早くに死んでしまったら、爵位を継いだ子はどんな風に生きていくんだろう。
涙の気配を感じたのか、アルフェイグが私の瞼に唇を触れさせる。
「せっかく、一人だった頃の気持ちを忘れてたのに、思い出してしまったんだね」
その通りだった。
私は、生まれてくる子が私のような目に遭ってほしくないと思っているうちに、アルフェイグに出会う前の人生を、その頃の気持ちを、心の中で追体験していたのだ。
私はサッと涙を拭いて、ごまかすように軽口をたたく。
「アルフェイグみたいな人に出会えれば、きっと大丈夫なんでしょうけどね」
アルフェイグは、ふふ、と笑ってから、言った。
「ルナータ。この子には、もっと大きな味方がいるじゃないか」
「え……?」
少し頭を起こすと、闇に慣れた目に、アルフェイグの瞳がキラキラしているのが見える。
彼は私の髪を撫でた。
「ルナータ・ノストナという、女公爵の実績だ。ルナータが守ったオーデンという領地、そして幸せに暮らしてきた領民たちを知れば、次代が女公爵だとしても、誰も侮ることなどできないよ。僕ももちろん味方だけど、それはおまけみたいなものだ。ルナータの人生が、子どもを守る」
「私、そんなには」
「そんなに、だよ」
自己評価を下げかけた私を、アルフェイグは引き留め、そしてうなずいた。
「大丈夫」
「……そう、かしら」
私はまた、アルフェイグの腕の中に戻った。
ぎゅっ、と、彼の両腕が私を抱きしめる。
「女の子でも男の子でも、安心して産んでほしいし、生まれてきてほしい」
「ん……」
私はそっと、自分のお腹に触れた。
(私とアルフェイグの間に生まれて幸せだと、この子が思えるといいな。……そうね。きっと大丈夫)
じわじわと、喜びがこみ上げてくる。
「ありがとう。とても、楽しみになってきたわ」
ようやくそう言えたのに、今度はアルフェイグがこう言った。
「僕も最高に楽しみだけど、実はひとつだけ、心配事が……」
「え、あなたが心配事?」
驚いて彼の顔を見ると、彼は真顔でうなずく。
「だって、この子もおそらく、変身するだろう?」
「あ」
アルフェイグはため息混じりに言った。
「成人までは変身しない掟とか色々、僕が教えてやらないと。僕自身は王族たちや魔導師からよってたかって教わったけど、今は僕しかいないんだから。あっ、服のことも考えないといけなかった、そこはルナータ、助けてくれる? うーん、責任重大だ」
大げさにそう言ってうなっていても、楽しみにしているのが丸わかりで。
私は思わず、笑ってしまったのだった。
(※おかげさまで他社さんからの書籍化が決定しました。詳しくは近況ノートへ)
女公爵なんて向いてない!~ダメ男と婚約破棄して引きこもりしてたら、森で王様拾いました~ 遊森謡子 @yumori
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