「あたしスターさん。今あなたのところに来たわ」
烏川 ハル
「あたしスターさん。今あなたのところに来たわ」
一時限目が終わった、休み時間。
愛用のスマホが鳴った。
電話に出ると……。
「あたしスターさん。今、削除ファイルの中なの……」
来た! 内心の興奮を隠しつつ、俺は電話を切る。
そして。
二時限目が終わると、また。
「あたしスターさん。今、課金アイテム売り場にいるの……」
続いて、三時限目の後。
「あたしスターさん。今、隣のページよ」
もう、まもなくだ! 俺は自分のページを開いたまま、四時限目の授業を受ける。終わると早速、スマホが鳴った。
「あたしスターさん。今あなたのところに来たわ」
俺はニンマリ。
スマホを耳から話して、画面に目を向ける。
表示されているのは、WEB小説のページ。少年アオと金髪ヒロインのメルテ、その二人旅を描いたSF大作『アオの地球』だ。
何を隠そう、作者はこの俺。三年間、毎日コツコツ連載してきた甲斐があって――加えて俺自身の「読者を増やすための努力」もあって――、ランキング上位をキープする人気作品なのだ!
「メルテ、また一つ星が増えるよ……」
作中のヒロインに呼びかける形で呟く、俺の目の前で。
今この瞬間、
――――――――――――
四時限目が終わった、休み時間。
気分転換のつもりで、
そろそろ夕方だが、まだ空は青い。
大学の授業は四時限目で終わることが多いのに、今日は五時限目まである。少し憂鬱ではあるが、次の時間も同じ講義室なので移動の必要はないのが、せめてもの慰めだろうか。
「いい天気だわ……」
青空に癒されて、何気なく口にしてから、ふと室内に視線を戻すと。
外の爽やかな景色とは対照的に、窓際の席には、いかにも暗そうな男が座っていた。
ニヤニヤ笑いを浮かべて、ジーッとスマホの画面に目を向けているが……。
チラッと覗き見えてしまったそこに映っていたのは、幸恵には理解不能なものだった。
少し気持ち悪く感じた幸恵は、友人たちのところに戻り、尋ねてみる。
「ねえ、あの窓際の、一番後ろの男の子……。いつも、あそこに座ってるよね?」
「ああ、あの、時代遅れのデニムジャケット着た子? そういえば、いつもあそこで、いつもスマホにかじりついてるわね」
同じく不審がる友人もいたが、中には、事情通の者もいた。
「ああ、彼だったら……。彼がスマホを手放さないのには、理由があってね。彼、私たちには聞こえないものが聞こえて、見えないものが見えてるらしいの」
「何それ?
「聞こえないスマホって、あれじゃないの? ほら、中二病ってやつ。かかってきてもないのにスマホを耳に当てて『俺だ。組織に追われている。今、すぐそこまで来ている』みたいな……」
いくらか興味がわいたらしい友人たちに対して。
事情通の彼女は、顔を曇らせながら、首を横に振った。
「違うのよ。どうやら、ここが少しおかしくなっちゃったらしいの」
指でトントンと、自分の頭を叩く事情通。
「彼、スマホで小説投稿するのが趣味だったんですって。ところが、頑張って書いた小説がダメになって……。それ以来、そのショックで、ね」
ああ、そうか。
話を聞いて、納得する幸恵。
ならば、彼の目に映っていたものは、幸恵とは違っていたのだろう。あんな面白みのない画面ではなかったのだろう。
なにしろ。
幸恵が見た彼のスマホ画面には、真っ白な背景に真っ赤な文字で、次のような一文が書かれていただけなのだから。
『このユーザーは違反行為のため、運営に削除されました』
(「あたしスターさん。今あなたのところに来たわ」完)
「あたしスターさん。今あなたのところに来たわ」 烏川 ハル @haru_karasugawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます