優斗 side
ドアを開けて出てきた藍は、俺の顔を見るなり目を丸くしていた。当然か。
『ごめん。誕生日の日は、友達に祝ってもらうことになってるんだ』
『えっ……』
『だから、その日はユウくんとは会えなくて……ごめんね』
そう言われたのは、ほんの数日前のこと。申し訳なさそうに言う藍を前に、なんとか必死になって笑顔を作り答えた。
『そっか。楽しんで来なよ』
ちゃんと上手に笑えただろうか。わざわざそんな心配をするなんて、よほど動揺していたんだろう。だけど俺にとって、それはなかなかにショックな出来事だった。
藤崎藍。近所に住んでいる、七つ年下の妹みたいな女の子。いつも側にいるのが当たり前で、誕生日を祝うのだって毎年のことで、二十歳の節目を迎えた今年も、当たり前のように祝えるものだと思っていた。
だけど、もうそんなことを言ってる時期はとっくに過ぎたのかもしれない。
少し前、俺がまだ学生でいた頃は、毎日のように会っていてた。だけど社会人になって仕事を始めて、少しずつ会えない日が増えていった。
そして、そんな俺以上に変わっていったのは藍だろう。
出会った頃は、まだ子供だった藍。だけどそんな彼女ももう二十歳で、一人の大人へと成長している。ずっと妹として、子供みたいに思っていた俺にとって、なんだかそれはとても不思議に思えた。
嬉しい反面どこか寂しく感じるのは、俺の我が儘だろうか。
そして、今日がその二十歳の誕生日。本当ならこうして会いに来る予定なんてなかったし、おめでとうの言葉も、メールか電話で伝えるつもりだった。
だけど──
「急に来て、それもこんな夜遅くにごめんな。誕生日おめでとうって、それだけ言いに来たんだ」
藍の誕生日を祝いたい。電話やメールじゃなくて、直接会って。結局のところ、俺がここに来た理由は、そんな子供じみた願いからだった。
藍だってもう大人になるって言うのに、こんなことにうじうじ拘るのはどうかと自分でも思ってしまう。
だけど同時に、仕方ないだろうと開き直りもした。大事に思う人の大切な日。直接祝いたいと思って何が悪い。
「あ、ありがとう。でも、わたしがいつ帰ってくるかも分からなかったじゃない」
「ああ、もしかしたら会えないかもって思ってた。だから、連絡だって入れられなかった。だけど出来るなら、やっぱり直接会っておめでとうって言いたかった」
実はこの少し前に、一度藍の両親には、電話で伺ってもいいかを、そして藍は帰ってきているのかを訪ねていた。
これで無理ならさすがに諦めていただろうけど、幸いなことに彼女はいた。
「だけど、毎日お仕事で忙しいし、疲れてるんじゃないの?」
確かに、疲れていると言われれば、大いに疲れている。最近仕事が立て込んでいて、連日の残業続き。今日だって、帰ってくるのがこんな時間になってしまった。
だけど、だからこそ、なおさら一目でいいから藍に会いたかった。
「疲れてるよ。だから、藍の顔を見て元気になりたかったんだ」
「ユウくん……」
我ながら、なんて単純なんだろう。さっきまで確かにあったはずの疲れも、数日前から感じていた寂しさも、藍本人を目の前にすれば、全て忘れてしまう。
それは、藍が俺にとって、大切な妹みたいにな存在だから────と言うわけでは、きっとないのだろう。
いや、出会った頃は、今からほんの少し前までは、確かにその通りだったんだけどな。
「それにしても、あの小さかった藍がもう二十歳か。なんだか嘘みたいだな」
昔のことを思い出しながらそう言うと、藍は少しだけ、不満そうにむくれてみせた。
「もう、いつの話をしてるの。わたしだってもう大人なんだから」
そんな事とっくに知ってるよ。
藍こそ、ちゃんと自分で気づいているのかな? 少し前までまだ子供だと思って見ていたのに、驚くほどの早さで大人になっていったことに。それに──
「ああ、分かってる。大人になったし、きれいになったよ」
「────っ!」
きれいも可愛いも、今までに数えきれないくらい言ってきた。だけどいつからだろう。それに込める意味が変わっていったのは。
「そ、そのうち、ユウくんの妹も卒業するかもよ?」
冗談めかしてそんな事を言う藍。そんな彼女は、きっと気づいていないのだろう。俺の中ではもうとっくに、子供でも妹でもなくて、一人の女性になっているということに。
今だって平静を装ってはいるけど、実はその笑顔にドキッとしていることに。
藍が──俺を兄のように慕ってくれている彼女がこれを知ったら、いったいどう思うだろう。
それを考えると、少しだけ怖くもある。だけどいつか、この想いを伝えたい。
妹とは違う、愛しい君に。
二十回目のハッピーバースデー 無月兄 @tukuyomimutuki
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