藍 side (2)

 そんな事を思いながら、何度目か分からないため息をついた時だった。

 トントンと部屋のドアを叩く音と、ドアの向こうからお母さんの声が聞こえてきた。


「藍、入ってもいい?」

「うん、いいけど」


 いつもなら、こんなに改まって入ってくることなんて無いのに、どうしたんだろう。

 首を傾げながらドアを開けた瞬間、そこでわたしの思考は止まってしまった。


「ゆ……ユウくん!?」


 ドアを開けた目の前にいたのはお母さん。そしてその隣には、ユウくんの姿があった。


「それじゃ、後は二人でごゆっくり」


 驚く私をよそに、お母さんはそう言うと、クスクスと笑いながら一階へと降りていく。

 そうして二人きりになったところで、改めてユウくんに視線を移した。


「どうして……」


 スーツ姿なところを見ると、仕事が終わってすぐにやって来たんだというの分かる。もしかすると、けっこうムリして来たのかもしれない。


「急に来て、それもこんな夜遅くにごめんな。誕生日おめでとうって、それだけ言いに来たんだ」

「あ、ありがとう。でも、わたしがいつ帰ってくるかも分からなかったじゃない」

「ああ、もしかしたら会えないかもって思ってた。だから、連絡だって入れられなかった。だけど出来るなら、やっぱり直接会っておめでとうって言いたかった」

「だけど、毎日お仕事で忙しいし、疲れてるんじゃないの?」


 だからこそ、ユウくんにムリしてほしくなくて、今日は会えないって伝えたはずなのに。


「疲れてるよ。だから、藍の顔を見て元気になりたかったんだ」

「ユウくん……」


 我ながら、なんて単純なんだろう。ユウくんにムリさせたくなくて、わざわざ会えないなんて言ったのに、こうして目の前にいてくれるとやっぱり嬉しい。おめでとうって言われて、元気になるって言われて、舞い上がりそうな気持ちになる。


「それにしても、あの小さかった藍がもう二十歳か。なんだか嘘みたいだな」

「もう、いつの話をしてるの。わたしだってもう大人なんだから」


 本当は嬉しくてたまらないのに、それを素直に伝えるのが恥ずかしくて、ちょっとだけむくれてみる。


 それに、気づいてほしかった。七歳って歳の差は縮まることはないけど、子供の頃の七歳差と今は違うって。今はもう、ユウくんの隣で恋をしていても、全然おかしくないんだって。

 こんなことに必死で拘るところが、まだまだ子供な証拠なのかもしれないけど。


「ああ、分かってる。大人になったし、きれいになったよ」

「────っ!」


 それは、いったいどういう意味で言ったんだろう。

 ユウくんが私にきれいや可愛いなんて言ってくれるのは今までにも何度もあって、珍しいことじゃない。決して、深い意味は無いのかもしれない。

 だけどやっぱり、言われる度に期待する。言葉の先にある何かを望んでしまう。


「そ、そのうち、ユウくんの妹も卒業するかもよ?」


 動揺を隠しながら、冗談めかしてそんな事を言ってみる。だけど、本当は本気だよ。


 今の私は、ユウくんに比べるとやっぱりまだまだ子供だし歳の差はけっして埋めることはできない。けれど、これから、隣に並んでおかしくないように成長することはできる。子供じゃなくて、妹じゃなくて、一人の女性として側にいられるように。


 ユウくんが──私を妹のように可愛がってくれている彼がこれを知ったら、いったいどう思うかな。

 それを考えると、少しだけ怖くもある。だけど、いつかきっと、この想いを伝えるんだ。それが、大人になったわたしの、誰にも言えない大きな目標。


 だからユウくん。それまでもう少しだけ待っててね。

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