二十回目のハッピーバースデー

無月兄

藍 side (1)

「ようこそ大人の世界へ!」


 そんな言葉と同時にクラッカーが鳴り、集まった友達から祝福の言葉をかけられる。

 今日は私、藤崎藍ふじさきあいの二十歳の誕生日、一つ大人の階段を上る日。と言うわけで、こうして友達が集まってお祝いの席を作ってくれた。


「みんな、ありがとう」


 二十歳になって誕生祝いなんて。中にはそんな風に言う人もいるかもしれないけど、こんな風に祝ってくれるのは素直に嬉しい。今朝両親からおめでとうと言われた時も、やっぱり嬉しかった。


 なのにどうしてだろう。今だって十分嬉しいはずなのに、どうしてもこんな風に思うのは思ってしまう。

 一番好きな人に、直接会っておめでとうと言ってもらいたかったと。



◆◆◆◆




「あら、もう帰ってきたの? てっきり、もっと遅いか、友達の家に泊まるのかと思ってたわ」

「明日、朝から大学の講義があるからね。その代わり、何人かは週末にまた集まるつもり」


 わたしの家は喫茶店兼食堂をやっているけど、帰宅した頃には既にお店は閉めていて、両親共に母屋で寛いでいた。

 だけどわたしが帰ってくるのはもっと遅い時間になると思っていたのか、この時間の帰宅に少し意外そうな顔をする。とはいえ、帰ってきたわたしを見てお父さんはなんだか上機嫌だ。


「せっかく二十歳になったんだし、父さんと一緒に一杯やるか?」

「じゃあ、ちょっとだけ」


 本当は、お酒は既に友達と一緒にちょっとだけ飲んでいたけど、お父さんが嬉しそうだったから黙っておく。

 お母さんも加わり親子三人で飲んだお酒は、まだそこまで美味しいとは思わなかったけど、改めて、二十歳になったんだと実感できたような気がした。


「二十歳。大人、か……」


 片付けを両親に任せて、二階にある自分の部屋に入ったところで、ふとそんな言葉が漏れる。まだ学生の身の上ではあるけれど、これで法律上は晴れて成人、大人になった。誕生日は毎年やって来るけど、これだけ節目となる日はそこまでないだろう。

 だけど思う。いくら年齢を重ねても、それだけで大人になんてなれやしないと。


 そっとスマホを取り出し、今日届いたメールをチェックしながら、差出人の欄から一人の名前を探す。

 やっと見つけた、その相手の名前は『ユウくん』。だけどよく見ると、彼から最後にメールが来たのは昨日のこと。それに気づくと、ついため息が漏れた。


「メールもなしか」


 ユウくん。もちろんそれは愛称で、本名は有馬優斗ありまゆうと。わたしの恋人──なんて言えたらよかったんだけど、実際はそんなんじゃない。彼はずっと前から近くに住んでいるご近所さんで、わたしよりも七つ歳上のお兄ちゃんみたいな人。わたしが小さい頃から、妹みたいに可愛がってもらっていた。

 お兄ちゃんみたい、妹みたい。少なくとも、ユウくんはきっと、今でもそんな風に思っているだろう。わたしが、お兄ちゃんとは違う想いを持ってあなたを見ているなんて気づきもしないで。


 だけどそれも仕方ない。だってユウくんにとって、多分わたしはまだまだ子供なんだろう。どれだけわたしが成長しても、その分彼もまた成長する。七つと言う決して小さくない年の差は、決して変わることはない。


 だけど二十歳なんて大きな節目を迎えた今なら、少しは違って見てくれるかも。なんて、妄想じみた都合のいい期待も、少しはしてた。してたんだけど、その結果がメールも電話もなしだ。

 とはいえ、これは仕方ないところもある。


「はぁ~っ、どうしてあんなこと言っちゃったんだろう」


 数日前彼に言った言葉を思い出しながら、深い深いため息をついた。




◆◆◆◆





 喫茶店兼食堂をやっている我が家。学生の頃のユウくんは、そこで夕食を取るというのがほとんど日課になっていた。さらにそれから、まだ小さかった私の遊び相手をしてくれたり、勉強を教えてもらったりするのも、ほとんど日課みたいなものになっていた。

 それは本当に毎日って言っていいくらいで、会わなかった日を探す方が難しいくらい。


 だけどユウくんが大人になって仕事を始めると、しだいにその頻度も少なくなっていった。その日はユウくんはうちに来たけど、それも数日ぶりのことだった。


「お仕事忙しいの?」

「まあ、少しはな。もう少ししたら楽になると思うけど」


 ユウくんはそう言って笑ってくれたけど、本当は疲れていることくらい、顔を見れば分かる。

 こんな時、働くことの大変さを知っていたら、何か気のきいた言葉でもかけてあげられるかもしれない。どけど社会に出ることも、お金をもらって仕事をすることも、それがどれだけ大変なのか、経験したことのない私には全然分からなかった。


「それより、もうすぐ藍の誕生日だったな。その日は、もっと余裕持って仕事を切り上げられるようにするよ」


 わたしの誕生日には、ユウくんがうちに来て直接祝ってくれる。それは、毎年欠かした事のない定番で、わたしもいつも楽しみにしていた。

 だけど……


「えっと、ごめん。誕生日の日は、友達に祝ってもらうことになってるんだ」

「えっ……」

「だから、その日はユウくんとは会えなくて……ごめんね」


 申し訳無さそうに言うと、少しだけユウくんが寂しそうな顔になる。だけどそれもほんの一瞬で、すぐにまた笑顔に戻った。


「そっか。楽しんで来なよ」




◆◆◆◆




 そんなやり取りがあったのが数日前。そして二十歳の誕生日を迎えた今日、当然ながらユウくんとは会っていない。私が、会えないなんて言ったから。


「はぁ~っ」


 自分のしたことを思い出し、もう一度深くため息をつく。実はあの時点では、友達がら祝ってくれるのは決まっていたものの、その時間はわたしの都合に合わせると言われていた。つまり、友達と会うのはもっと早い時間にして、その後ユウくんと会うことだってできた。できたはずなんだ。

 なのに私は、それをしなかった。


「だって、仕方ないじゃない。会いたいなんて言ったら、どんなに忙しくてもムリして来ちゃうから」


 自惚れじゃなく、それだけユウくんに大事に思われてるって自覚はある。昔はそれが単純に嬉しくて、ワガママもたくさん言った。だけどもう、考えなしのお願いでユウくんを困らせたくない。

 わたしだってもう大人なんだから、それくらいの気遣いはしなきゃ。そう思った。

 少なくとも、その時は。


「でもせめて、メールくらいは欲しいよ」


 本音を溢しながら、同時に自分が情けなくなる。

 大人なんだから、なんて言っておいて、誕生日にお祝いのメッセージがないから拗ねるなんて、まるっきり子供だ。

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