病人と死体

 こんな腐れきった町で一体誰が希望を持つものか。

 俺は結核をわずらった。不治の病にかかったわけだ。

 当然、闇医者だらけのこの町でまともな薬を手に入れることができるはずもなかった。

 あるのは一時的に痛みを和らげることが出来るアヘンくらいだろう。

 流石の俺でも麻薬漬けのまま死ぬのは御免だ。そもそもそんなものを手にするための金もないのだ。

 この町には病院が無いし、俺には帰る家すら無いので、基本的には適当なボロ屋を見つけてはそこで朝が来るまでやり過ごす日々を送っている。

「それにしてもこの町には何処を探しても死体があるなぁ⋯⋯もう見飽きたぞ」

 たまに生きているのか死んでいるのかも分からん者達が歩いているが、圧倒的に死体の数が多いのだ。歩いている者達は大量の死体とそのへんの石ころとの見分けがついていないようだった。

「ごほっ! ごほっ! ⋯⋯また喀血かっけつか」

 病人もそろそろ末期の状態だった。今彼に出来ることはまともな病院を探すことではなく、大人しく死期を待つことと、無駄な足掻きをすることだけだった。

「どうせこんな所で死ぬなら、最後にこの町のボロ屋でも巡っておこうか⋯⋯」

 そう言い病人は次々と人が化けて出てきそうなボロ屋を転々とした。


「ここは以前病院だったらしい。患者のカルテや薬品が散らばってるな⋯⋯」

 そう言って病人は次の建物へと行く。

「次は⋯⋯恐らく服屋か? そこらじゅうに布が落ちている」

 こうやって病人は様々なボロ屋を巡っては、その様子を記憶に刻んでいった。

 そして——

「なんだこの建物は⋯⋯? 壁や屋根にひびこそ多数あるが、他のボロ屋とは何かが違う」

 病人が思わず立ち止まったのはある古本屋の前だった。

「この町にこんな穴場があったのか、せっかくだし入ってみるか」

 中に入ると他の建物とは違い、少しは店らしい部分が残っていた。特に印象に残ったのは本が沢山あるという点だ。

「このご時世によくもまぁこんなに本が残っていたものだ」

 病人はどんな本が残っているのかと気になり手にしてみた。

「なんだこれ⋯⋯タイトルと作者が書いて無いじゃないか。いや、それも一冊二冊ではない、まさか全ての本に書いていないのか?」

 本棚を全て見ると確かにそれらが書いていなかった。

 そして病人は本の中身を見てみることにした。

「なになに⋯⋯『人間の値段について』だと?」

 細かく見れば図鑑のように、人の臓器やらの絵の近くに数字が書いてある。

「まぁ当然、心臓と脳みそは数字がでかいな。だが、肺も負けてはいないな」

 これらの本の中身はほとんどが人の身体についての本であった。

「それにしても、何故このような本がこんな町に?」

 病人は奥の部屋にも行ってみることにした。

「この部屋、下から隙間風が吹いているようだな。何かあるのか?」

 病人が床を調べていると地下へと続く仕掛けがあった。

「こんな隠し通路があったのか、一体何があるのやら」


 病人は薄暗い階段を下り、長い廊下を渡っていくと、一つの扉があった。

「さてはて、一体店主は何を隠しているのか見させてもらおうか」

 扉を開けると、目の前には手術台の上に乗った大量の死体があった。

「なるほど、ここで死体を解体して外に売ろうというのか」

 流石の病人でもここには長居はしたくなかったのか、それらを見終わった後に速やかにその場から離れてしまった。

「俺は末期の状態だが、冥土の土産にあんなものを持って行こうとは思わないな」

 そんなことを言っているとゆっくりと扉が開き、一人の老人が出てきた。

「なんじゃ? こんなところに客がいたのか」

「じいさんこの店の店主か? 長いナイフなんか持ってどうした?」

「おや、ちゃんと隠していたつもりなんじゃがな。安心せい、護身用じゃよ」

「本当かねぇ、とてもそうは見えないがね。例えば、この町にたまに来る旅人なんかを襲ったりとかね」

「鋭いのぅ。長年ここに住んでいる者は分かっておる」

 老人はここの店主かと思ったがそうではないらしい。確かにこの町は狂人共の集まりというイメージがあったが、これ程までとは。

「俺はこの店の地下室を見た。口封じに殺すなら好きにしろ。だが俺の体は全く売れないと思うがな」

「おぬしは肺結核患者か……わしが直接手を加えなくとも勝手に死ぬとは思うが、おぬしはどうするつもりじゃ?」

 そんなもの聞かれなくとも答えは決まっている。

「この場からさっさと逃げるだけだ!」

 病人は隠し持っていた液体の睡眠薬を老人に向けて投げつけた。これは先ほど病院からくすねてきたものである。

 老人は今怯んでいる。今がチャンスだと病人は一目散にその場から逃げ出した。

 病人は決して振り返らず、古本屋が見えなくなるくらいの所まで逃げた。


「ここまで来ればもう追っては来ないだろう……クソ! あのじじい逃げ際にナイフで背中を刺して来やがった……」

 後数日は生き延びることができると思ったのだがな。ここまでか……

 死に損ないの病人よりかは死体の方が気が楽なのかもしれないな。

 そんなことを思っていると、遠くから男が一人歩いて来た。

「あの男は俺のことを死に損ないの病人と思うに違いない……だが安心しろ。俺も今から死体になるからよ」

 そして病人は死体になるまで、あの男が古本屋に近づかないように祈るのだった。

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たぁくみ @tkm54948335

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